2 青年〜大人
十年後。彼らは十代後半となっていた。髪は伸び、高く結んでいる。ポニーテールといえばわかりやすいであろう。上半身を脱いでおり、逞しい筋肉を持っている。直文は真刀を軽々と片手でふるい、剣舞をして見せていた。
ゆっくりと振るわれる刀には、日差しが当たり白く輝く。
足取りも舞うようであり、千鳥足ではない。刀手で刀を振るい、美しく待って見せる。刀を片手で持てるはずがない。しかし、それは普通の人間であればの話だ。直文の腕は十分に筋肉質であり、刀を片手で振る筋力は余裕である。
音楽もない中行われる剣舞は、見るものが目に引く。
一通り終えると、直文は
その剣舞を見ていたもう一人は拍手をして笑っていた。
「さっすが、なおくん。剣舞、完璧だったよ」
同じように浴衣を着ていた二人だが、茂吉は直文のように着崩していない。剣舞を見るように直文が頼んだからだ。
「もっくん。どうだった?」
「相変わらず出来がいいよ。組織で神様が客人としてくるから、その
凄いよね。見事な
「俺の名前は直文だ」
「わかってるって」
茂吉は笑う。
彼は自分の名を
出来ることも増えてきており、
十年経っても変わらない様子に、茂吉は難しそうに直文を見た。
「……けど、相変わらず無表情だし淡々としているね」
言われ直文は顔をうつむかせる。
「声変わりはしたのに、なんで声色と無表情は変わらないのだろう」
茂吉も長く彼の近くにいたからか、直文の気持ちがわかるようになってきた。
「……うーん、それがお前という個性と思うけど……無表情無機質なままはやだ?」
落ち込む直文に聞くと、本人は何度も首を縦に振る。無表情を保つことは隠密に役立つが、日常生活に支障をきたす。茂吉以外の仲間や先輩が反応に困ることが多いのだ。
二人はしばし黙考していると、遠くから鷹の声が聞こえてくる。
実際の鷹ではなく、鳴き真似の練習をしているのだ。鷹の鳴き声を暗号として、扱うこともある。
その声を聞き、直文は思いついた。
「そうだ、声色だ。声に感情を込めるよう頑張ってみる。たぶん百年以上はかかると思うけど頑張る」
「具体的すぎるな。……まあいいよ。俺も付き合うさ」
茂吉は苦笑いをして、直文の声色練習に付き合うことにした。声色だけはなんとか気持ちを出せるようになる。しかし、表情については改善しなかった。
数十年がたち、茂吉が直文だけでなくある狸の半妖の少女の面倒を見ることになる。直文も面倒を見るのを手伝うこともあり、互いに助け合って仕事をこなしていく。
無論、この時の直文も表情に感情は出なかった。
歳が三桁になると、声色で感情を出せるようになってきた。見た目は二十代後半で止めてある。
そんな直文に転機が
歴史の年表を指し示すとなれば、江戸時代初期頃だろう。
直文のある任務が終えた。
それは、大昔に廃村で囚われた少女を助けるというものであった。その少女と交流して仲良くなった直文は無表情ではなくなった。
その少女と直文の仲はとても良いものであった。しかし、非情という言葉がある。その交流した少女と直文は別れたのだ。
何故無表情でなくなったのか、あのあと直文は茂吉から教えられた。その後、直文は自室に一日籠もっている。部屋の前の廊下で茂吉は心配そうに部屋の前を見ていた。
食事も取ってないため、軽く食べれる雑炊を土鍋に入れて盆で持ってきた。取りやすいように椀と匙をつけている。茂吉は考えようとするが、先に行動に移すことにした。
「……おーい、
障子戸の向こう側から恐る恐る声をかける。すると、「茂吉」と力のない声が聞こえた。淡々とした声ではないことに茂吉はびっくりし、物音が聞こえる。戸の前に歩いてき、開けて姿を表した。
茂吉はその姿を見て目を丸くした。
「えっ……直文。その姿を……大丈夫じゃないよな!?」
目が腫れていた。赤くもなっており、目からはまだボロボロと涙が出ていた。艷やかな髪もボサボサになっており、服装も乱れている。直文は元気なさそうに頷き、苦しげに話す。
「うん……凄く涙が出るし……顔の筋肉も痛いし……胸もきゅうって締め付けられるし……寝てれば治るかなと思ったけど……治らなかった……」
茂吉は直文の変わりように驚く。彼が表情を崩した日も驚いたが、直文が感情的になる姿を初めて見たからだ。初めての気持ちに戸惑う直文に、茂吉は優しく笑う。
「……直文。恋っていう病に効く薬はないんだよ」
「……恋って病なのか?」
元気のない直文の天然に茂吉は苦笑いを浮かべた。
「
直文を部屋に入れて、布団の上に座らせた。お盆を置いて食べられる分だけすくい、直文に渡す。椀から伝わる雑炊の暖かさに、彼はホッとし茂吉に顔を向ける。
「……ありがとう。茂吉」
「気にするなって。冷めないうちに食べな」
促され、茂吉の言う通りに匙で掬って食べていく。黙々と食べる。椀に雑炊が無くなったら、掬って食べる。これを何度か繰り返す。
食べる中、茂吉は聞く。
「……食欲は?」
「……あまりない。けど、食べないと力が出ないだろ」
茂吉は目を丸くし、心配する。
「無理するなよ」
「……してはない」
「意地になってない?」
「なってない。……元気にならないと、俺のしたいことが出来なくなる」
匙を口にし、
「……
茂吉に言われ、直文は食べる手を止めた。食べていたものを飲み込み、椀と匙を強く握る。
「…………茂吉は、大切な人がそばにいて羨ましいよ」
「うん」
頷くと、再び多くの涙を流しながら茂吉に顔を向けた。
「俺は、今更、あの胸に穴が空いた感覚の理由を知ったよ。あの子にたくさんの景色を見せたいと思った。たくさんの楽しいことをさせたいと思った。けど、あの子は、あるべき場所に向かわなきゃならない。それはわかっている。わかっているのに、わかっているはずなのに……」
椀と匙が手から落ちる。カランと音がし、直文は
「っ……俺は……俺は……この腕の中から彼女が消えてしまうのが……とても悲しくて、とても嫌だと思って、しまったんだっ。本当にはあのまま、俺と一緒にいてほしかった……。役職として、そう思っちゃだめ、なのに……」
顔をうつむかせて行き、直文は胸を中央を強く掴みつぶやく。
「……人を好きになると……こんなにも苦しいんだ……」
直文と交流した彼女は、あの世へ向かわなくてはならなかった。しかし、行かないでほしかったのが彼の本音である。役目と本音で相反し、彼は苦しんでいるのだ。茂吉は何となくわかり、苦笑した。
「……それ、俺も何となくわかるなぁ。……でも、俺の場合は直文と違う。好きだけど、これはいけないって感じの苦しみ。彼女を赤ちゃんの頃から面倒見てるから余計にね。親心が同居して気持ちによく蓋をしていた」
「……お前もお前なりに苦しんでたんだな。もっくん」
目の涙を手で拭いながら直文は言い、茂吉は首を横に振る。
「なおくんほどじゃないよ」
「……そんなこと、ないよ」
直文は謙遜すると、茂吉も謙遜する。また直文が謙遜すると、また茂吉が謙遜する。五回ほど同じやり取りが続く。しばらくして、二人が互いに顔を見合わせる。先程のやり取りからおかしさを感じたのだろう。二人は楽しげに笑っていた。
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