番外 麒麟と狸の小話
1 少年期
木造の格子窓から漏れる風を頼りに、障子戸を開けて風通しを良くしている。そんな、とある部屋にて。
「ねぇ、君。なんで笑わないの?」
畳の座布団の上に正座で座る男の子に声をかけた。また声をかけたのも男の子。二人は反物をきて、髪を結んでいた。
座布団で座る男の子は、西洋の人形のように可愛らしい顔をしているが声をかけられても無表情であった。声をかけた男の子は目がクリクリとしており、
「笑う、何だ、それは」
無機質に話す彼に、声をかけた張本人は「あらら」と苦笑してみせた。
「君、本当に笑わないんだね。たかむらさんの言う通り、
直文くん」
「違う、私は、
堅苦しく無機質に話す直文の目の前で男の子は指をふる。
「ちっ、ちっ。残念ながら違うよ。俺には茂吉って名前があるの。そして、君には直文という名前が与えられた。だから、もっくんって呼んで!」
「……名前、二つあるのか?」
首を横にかしげる彼に、茂吉は強敵だと感じ首を横に振って笑ってみせた。
「違うよ。茂吉が本当の名前であって、もっくんっていうのは……名前というより仲良くなりたい意味で名乗ってるもう一つの名前!」
「……仲良く?」
表情は変わらないが、直文は不思議そうである。
「へぇ、知らないんだー」
からかうようように言う茂吉だが、彼も仲良くすることについて詳しく知らない。ただ育ての親でもある組織の上司から仲良くてこいと言われたのだ。仲良くなるとは、打ち解ける親しくなる。いがみ合わず協力し合うこと。知識にあっても、真の意味で茂吉は人の気持ちがわからない。
子供の頃の二人はまだ未熟であった。すなわち、ときは戦国時代の末。織田信長と明智光秀が存命の時。
これは、高貴な血を引く半妖の二人の歩む小話である。
直文は名付けられてから、組織に来てから間もない。唐突にやってきた茂吉という男の子に話しかけられ困っていた。顔や声には出てなくとも、雰囲気でなんとなくわかる。茂吉に仲良くすることについて、煽られてただ戸惑うばかりだ。
当の茂吉も内心で上司の悪態をつきつつ、彼とどう歩み寄ろうか悩んでいた。
二人の間に沈黙が続く。
どうすればいいか分からないが、直文は知るにはどうすればいいか教わっている。直文は立ち上がって茂吉の前に来る。
「茂吉と、いったか。仲良くするとは、何だ? まずどうすればいい?」
知らないことは聞けばいい。調べればいいと。茂吉は聞かれてどうしようか考えるものの、すぐに思いついたことを口にする。
「じゃあ、さ。かけっこして遊ぼう!」
──暖かな日差しが照りつける中、二人は
茂吉がかけっこして遊ぼうといったのは、一つ上の年代や同世代が同じように遊んでいるのを目にしたからだ。茂吉も和に入れられたことはあったが、自分から進んで行う子ではなかった。
かけっこならば簡単に遊べる。子供ながらそう思ったのだろう。
広い場所につくと、直文は不思議そうに茂吉に聞く。
「かけっことは、なんだ?」
「えっ? それも知らないの?」
今度こそ茂吉は目を丸くした。
茂吉は彼を見て落ち込んでいるのだと、何となく把握する。落ち込んだ子供を何をすればいいのか、形だけ真似して
「ご、ごめん。君は
「知らない、私が悪い。……申し訳、ない」
無表情で声色は無機質であるが、謝っている気持ちは茂吉は伝わった。逆に申し訳なくなり、彼は直文の背中を軽く叩く。
「大丈夫、大丈夫! 俺だって知らないこと多いもん!」
「そう、なのか?」
「そうそう」
茂吉は頷き、直文は「そうか」と呟いて真正面を見る。茂吉はやり方を教えた。
「かけっこっていうのはね。俺と君が走って戦うの、どちらかが向こうの木に触ったほうが勝ち!」
大きな木の上が見えた。
「……あっ、走るのことはわかる?」
「それは、わかる」
うなずくと茂吉は楽しげに笑ってみせた。
「そっか! じゃあ、「よーい、はじめ!」の「はじめ」で一緒に走り出そう」
明るく言い、直文は茂吉に頷く。
「それじゃあ、よー……い……」
茂吉は走る準備をすると、直文も見様見真似をして走る準備をする。直文が準備し終えたのを見て、「はじめっ!」と茂吉は声を上げた。
真っ先に茂吉が走り出し、直文が少し遅れて走り出す。
直文は運動
日差しを頭の上から感じる。多くの汗が流れていく。風が吹くと汗の流れた箇所に当たって涼しく感じた。茂吉も同じように汗を流して感じている。
足に力を込めること。地面を蹴ること。風を走って浴びる。日差しの熱さを体感する。肺が苦しく、息苦しい。
直文は何もかもが初体験である。しかし、茂吉より体力はなかったのか、足がもつれ彼はコケてしまった。全身が地面に当たる。顔にもあたり、地面の感触を感じる。
木に触って茂吉は振り返って気付く。
「って、直文くん!?」
茂吉は慌てて倒れている彼に駆け寄り、膝をついて直文に声をかける。
「直文くん、大丈夫かい!?」
「……大丈夫……かもしれない」
両手を使って起き上がり、腰をつく。幸い怪我はないが着物や肌に砂がついた。直文は茂吉に顔を向けて、口を動かす。
「かけっこはすごい。みているものが次々と変わっていく。胸がどきどきする。息が苦しい。でも、すごい」
直文は早口で喋る。初めて見る姿に茂吉は驚く。このときの直文は楽しいという感情がわかっていない。全身がジンジンすると思ったらしく、直文は口にする。
「だが、前がじんじんする。これはなんだ?」
「なんだ……ってなんだじゃないよ!? 鼻から血が出てるじゃんかぁ!」
茂吉は慌て、直文は鼻から血が出てることに自覚なく小首をかしげた。
直文を組織の医者に見てもらい、処置をする。全身をキレイな水で洗い痛み止めを塗る。鼻血が止まった後、直文は自身の部屋に戻る。茂吉もついて来て、部屋の中に入ると頭を下げた。
「直文くん、ごめん! 俺がちゃんとしていればよかった……!」
「そうなのか?」
聞かれて、茂吉は驚いて顔を上げる。直文は無表情のまま、不思議そうに見ていた。
「私が、転んだ。それだけなのに、ごめんなさい、なのか?
私が悪い。それだけ、だろ」
「……」
茂吉はあんぐりとして口を開いたままになる。
他者が悪いのではなく自分が悪い。全面的に悪いと思っているのだ。
「……まさか、ここまでひどいなんてね」
「? 何が」
「ううん、なんでもないよ。なおくん」
「……なおくん?」
無表情で不思議そうに聞く直文に、茂吉は自身を指さして笑って頷く。
「そっ、なおくん! これは親しみを込めて呼ぶ名前でもあるよ、直文くん。仲良くなりたいから、俺のことも気軽にもっくんって呼んで」
直文は相変わらず無表情で驚かない。だが、不思議そうにじっと見ており、茂吉につぶやく。
「……もっくん」
「なぁに、なおくん」
茂吉は返事をすると、直文はキョトンとするように瞬きをしている。その様子がおかしく茂吉は笑っていた。
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