🦊ex 九本の狐の尾は向日葵に絡みつく

 八月の最中。奈央は大会の一年代表の選手に選ばれた。県大会でいい成績は収められたが、上には上がいる。

 一部の生徒は悔しさを噛み締め、その一部は悔しみながらも自己ベスト尽くせたことを喜んでいた。奈央は後者であり、自己ベストは出せたと考えている。

 そんな大会帰りのあと。田中奈央は最中に陸上部の先輩から声をかけられた。人気のない場所に連れてこられて、彼女はどうしたのだろうと小首を横へと傾げる。

 夏のジャージ姿で上着をしている先輩と後輩の奈央。奈央は走る際は髪を一つに結んでいる。首にかけられたタオルで汗を拭いながら、彼女は少し背の離れた男の先輩に不思議そうに聞く。


「先輩。どうしました?」

「あのさ……俺どうやら田中のこと好きみたいなんだ。付き合ってくれないかな」


 真っ赤な顔で告白された。向日葵少女は雷に打たれた衝撃を受ける。告白されたのは一度だけ。山野やまのの告白をカウントしていいかはわからない。しかし、彼女は告白されたという真実に頬を赤くした。

 彼女は呆然としたのち、動揺を示した。


「へ、へっ!? 好き!? 先輩、私の事好きなんですか!?」


 男の先輩は首を横に振り、気まずそうに奈央を見た。


「ああ。……なんか、年上の人と付き合ってるって噂あるけど。噂なんだろ?」


 奈央は学校に噂として出回っていると知り、頭を抱えそうになった。正確に言えば付き合ってはないが、外堀は埋められている最中。もうすぐ迫っている。

 卒業まで恋愛ご法度を上げている上に好きな人はいる。故に、彼女のチョロさは発揮しせず、即答や返答はなかった。何と返答すればいいのかあぐね、奈央は目線をそらしながら人差し指で頬を掻く。


「え……あの……まあ、確かに噂といえば噂……なんですけど……正確性にかけるというか……」

「っ……どっちなんだよ。俺はいないと思って、言ってるんだぞ」


 苛立ちと焦りを見せる男の先輩に、奈央は困ったように笑う。


「そ、その、好きな人はいるんです。だから、その告白はごめんなさい。受け取れません……」


 男の人から告白を受けたのは出来事は喜ばしい。奈央は好きな人とは両思いである。好きな彼を裏切れなかった。告白を断ると男の先輩は納得行かない顔をする。見た途端に不味いと奈央は直感し、後ろに下がった。


「……なぁ、本当にだめなのか……? やっぱり付き合ってるって噂は……本当……なのか?」

「えっ、いえ、その……」


 男の先輩が近付いてくる。奈央は困惑しながら退しりぞいていくと両肩を掴まれる。背後から引き寄せられ、奈央の頭の上から声がする。


「あー、いた。こんなとこにいたのか。探したぞー?」

「はっ?」


 男の先輩は驚き、奈央も聞き覚えのある声に驚く。顔を上げると、ヘルメットとゴーグル。スタイリッシュな服を着こなしている人を見た。


「八一さん!?」


 ゴーグルを外し、八一は微笑んでみせた。


「Hi お嬢さん。見つけた。いい反応してくれて嬉しいよ」


 いつの間にいたのかはわからない。奈央は八一が居ることに、安心した表情を見せた。急に現れた八一に男の先輩は言葉を失う。八一は男の先輩に目を向けて彼女を両腕に閉じ込めた。

 彼女の頭を上に顔を乗せて、怪しく微笑む。


「おにーさん。何か、奈央にようかい? 何が迫っていたようだけど──」


 獣の瞳を見せて、口角を吊り上げた。


「まさか、この子に何かする気だったのか? 答えろよ」


 殺意を込め、声色を低くする。明らかに普通ではないと肌で感じたらしい。男の先輩は涙目になり声を上げた。


「な、何でもありませんっ! ごめんなさい!!」


 自身よりも大きい男に凄まれ、男の先輩は背を向けて逃げ出していく。八一は去る姿を見て舌打ちをした。奈央は助かったと肩の力を抜くと、呆れたように彼から強く抱きしめる。


「まったく……。なーお、いつからモテ期に入ったんだ。告白を断ったのはいいけど、さっきの状況は少々はいただけないなぁ。危なくなったら逃げなよ」


 何処からか、今までの告白を見たようだ。奈央は恥ずかしくなって反論する。


「でも、先輩から話したいことがあるって言われれば、ついていくしかないでしょ!?」


 普通なら先輩から用事があると言われればついていく。部活の件で大切なことかもしれないと思うはずだ。すると、奈央の言葉に八一は真顔になる。怖いほどの真顔に奈央はびくっと震え、彼から注意を受けた。


「だとしても、警戒心は持て。あの先輩も私も男だ。男は女よりも強く出来ている。男に対処できる方法知らないのに、ホイホイついていくな。いいな?」

「っ……うっ、はい」 


 真面目な説教をされて、反省をする。八一は「よろしい」と微笑み、腕から開放してくれた。彼はヘルメットを外し、上着のチャックを開ける。夏真っ盛りの八月であるゆえに、暑いのだろう。しかし、動作の一つ一つに苛立ちを感じた。奈央は八一が怒っているように思え、恐る恐る聞いてみた。


「八一さん。なんか、怒ってない?」

「怒ってない怒ってない」


 軽く言う。奈央は嘘だと見抜き、彼に近づく。


「やっぱ、八一さん。おこっ」


 言葉が詰まる。八一の顔が近づいてくるからだ。顎を軽く持ち上げられ、頬に軽く口づけをされる。リップ音も立てられた。向日葵少女は目を丸くし、八一は顔を放しあっかんべーと舌を出した後、意地悪く笑う。


「お疲れさん。ご褒美持って、奈央の家で待ってるからな」


 頭を優しく撫でて、八一は背を向けていった。向日葵少女は顔を赤くしてふるふると震え──


「っ八一さんのばかぁぁぁっ!」


 好きな人に向けて罵声を上げた。






 罵声を背後から受けて、八一は楽しげに笑っていた。

 奈央の応援に八一は来ていた。帰ろうとする間際に、男の先輩らしき人物にホイホイついていく姿を目撃。気が気でなくなり、後を付けた。

 案の定告白であり、彼が焦ったのは言うまでもない。奈央は男の人に告白するより告白されたい派。チョロく告白されてイエスを出すのではと不安があった。そんな奈央は好きな人がいるのを理由に断る。彼の中では喜びと安心、愛しさがこみ上げた。だが、告白を受け取れない男の先輩が迫って来るのを見て怒りが湧いた。

 向日葵少女の指摘は嘘ではなかったのだ。八一はヘルメットを抱えながら苦笑する。


「お嬢さんは本当に私を見ているよ」


 感心をし、立ち止まって思いつくように悪戯いたずらっ子の微笑みを浮かべた。


「そうだ。さっきの奈央の先輩に悪夢でも見せて、近づけさせないようにしよう。本当なら見せしめで殺りたいけどそんなわけいかない。あーあ、奈央を幸せにできるならいいけど、あの先輩とやらはそんな感じじゃないもんな。見込みのない男だ。どんなのにしよう」


 どんな悪夢を見せようか愉快げに考えながら、妖艶ようえんな表情で呟く。


「奈央は渡さない。あいつの心と体も笑顔も魂も、ぜぇんぶ」


 私のものだ。


 力強く歩道を踏んで、バイクを停めてある場所へと向かう。



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