🦊2 序章

月下の駿府

 カランコロン。下駄げたの音が町に響く。

 カランコロン。提灯の明かりが頼りの中、男性はゆっくりと歩く。平成へいせいの世のように、各地で照明があるわけではない。月明かりと、家屋から漏れる光が頼り。

 ふわふわした髪を束ねた茶色に近い黒髪を持ちながら彼は歩く。こしには刀、羽織はおりを肩にかけて下駄げたで歩いていく。

 三日月は駿府すんぷを照らす。周囲のお堀近くを歩く彼は、堀の水に浮かぶ月を見てため息を吐いた。


「あの人はなんでここにいけって命令したんだか」


 見回りついでのお散歩道を彼はゆっくりと歩む。城の見回りの者とは顔見知りになるほど、お散歩の道と一つとなっている。かつては天下の家康いえやすが住んでいた駿府城すんぷじょうは、その名残なのか城下町も整っていた。

 だが、町並みに電柱はない。ネオンもなく、電気の明かりもなく現代家屋やビルもない。あるのは、木造と障子のある建物。昼間になれば暖簾のれんをかけそうな入り口がある。

 大きな武家屋敷を通り、長屋を通り、寺社地を通り。町の道にはいくつもの綺麗きれいな水の流れる用水路ようすいろか流れていた。駿府すんぷ用水ようすいと呼ばれるものだ。

 彼は町並みを見ながら空を見る。


《八一。君にも僕や茂吉のように大切だと思う人物が現れるよ》


 かつての親友兼相棒の言葉を思い出して、彼は息を吐く。ため息をつくと幸せが逃げると言うが、精神を整えるために必要な行為だ。吐く度に心の重荷が減っていく。大切だと思うのは親友と組織の仲間ぐらいなものだと、彼は考えくちびるを動かす。


「なんか、面白いこと起きないか……」


 平成へいせいの世ではない江戸時代えどじだいの世で彼はため息を吐く。



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