7 狐憑き
獣道を慎重に進む中、奈央の背後から声がかかった。
[奈央ちゃん!]
「っ……えっ、麹葉さん!?」
振り返ると白い狐が慌てて
「何で、後をついて来たのですか!? 麹葉さんは依乃ちゃんの元にいてください!」
[お馬鹿!]
ぺちんと肉球のビンタを受け、奈央は間抜けた顔になる。
[八一様の元に向かうのはいいわ。いいけど、その後どうするの!? ここは雨が降る山。下手をすると遭難するわよ。現に、貴方が向かっている方向は八一様がいる場所ではないわ。……冷静になりなさい。このまま焦っても、八一様の所に向かう前に死ぬわよ]
見た目が白い狐でも、彼女は奈央よりも長く生きた神使だ。年上として、麹葉は正しく奈央を導く。説教を受けて奈央は我にかえり、頭を下げて謝った。
「……ごめん、なさい」
[……いいわ。でも! 無茶はしないで。貴女は人で脆いんだもの]
不安げに語る麹葉に、奈央は深く反省をする。友人を心配させ叱られる時点で、自分の間違いを直していかなくてはならない。八一にも間違いを直して貰いたいのだ。顔をあげて奈央は狐の友に頼む。
「……八一さんが半妖でも死ぬときは死にます。だから、麹葉さん。私を八一さんの元に連れていってくれませんか?」
[……どうして?]
「一喝入れてやらないと気がすまないから!」
怒りの発言に麹葉は目を丸くした。
八一が黙っていたのは、悲しませない配慮であろう。苦しませたくない考えからであろう。
わかるが
「麹葉さん。その肉球ビンタ。八一さんにもぶつけましょう! 私も一発入れてやるつもりですから!」
太陽を思わせる微笑みは周囲を元気にさせてきた。先輩や友人だけではなく、八一と麹葉にも元気を与えてくれる。麹葉は目を見張った後、楽しそうに笑って見せた。
[……ふふっ……ふふっ、奈央ちゃんったら……]
笑うのをやめて、麹葉は奈央の
[ねぇ、奈央ちゃん。狐憑きって知っているかしら]
「……狐に憑かれることで、その人がおかしな行動をとる。私達の時代では病気の症状の一つと聞いてます」
狐憑きの知っている範囲を述べた。
狐憑きは狐が人に取り憑いておかしな行動をとらせる。医学は、病気症状の一種として取り扱っている。その狐憑きの言葉が何故出てくるのか。彼女は姿勢を整えて、奈央に顔を向ける。
[天気は激しい雨、ここは大谷崩れに近い場所。八一様がいる場所は、普通の人には辿り着かない。だから、私は貴女に憑いて神通力を与えるわ]
「……えっ!?」
奈央は驚く。
神通力とは霊能力の一つではある。また仏教の
麹葉は申し訳無さそうに彼女に話した。
[私は位が低い神使だから、そんなに授けられるわけじゃないけど、ないよりあった方が八一様の元へ安全に辿り着ける。……だから、貴女に取り憑かせて。大丈夫。貴女の
奈央の為に言っているのは分かる。だが、問題は取り憑いた後だ。
「……麹葉さん。貴女との約束……果たせますか……?」
[──大丈夫。果たせるわ]
麹葉は力強く頷いた。
狐に憑かれた人間は異常行動を起こすが、麹葉は少女を苦しませる真似はしない。
判断を迫られる。麹葉の提案を受け入れるか
眉に力を込めて、彼女は口を開いた。
「麹葉さん。すみません。お願いします!」
彼女のだした答えに、麹葉はにっこりと笑って体を白く発光させた。そのまま彼女の胸に飛び込んで、体の中へと入っていく。奈央はびっくりしながらも麹葉が完全に中へと入り込むのを見届けた。彼女は立ち上がって、周囲を見る。
瞬きをして、
周囲に色のついた流れのようなものが見え、透明な獣が遠くでゆっくりと歩いているように見える。また人の囁きのようなものが聞こえて、体が軽くなったように思えた。前よりも、身の奥から力が湧き出る。
「……これなら行けるかも!」
彼女は足に力を込めて、駆け出した。
足が軽くて、奈央は驚いた。濡れているはずの地面を滑らず、コンクリートの上を走っているようだ。
走っていると、切通のように段々とした岩の道が見えた。そこを飛び乗って降りていく。目の前にある大きな岩を容易に飛び乗って踏み台にし、木々の太い枝に乗る。
「……っ! 乗れた! 忍者みたい! 麹葉さん。すごいです!」
瞳を輝かせて子供のようにはしゃいで、麹葉に声をかけてみる。返事のようなものはわからないが、胸の内側に暖かいものが頷いたような気がした。
胸の内にある急く思いが、本来の目的を忘れさせない。奈央ははしゃぐのをやめて前を見る。奥に白銀の炎と黒い炎がぶつかり合うのを感じて驚く。白銀は八一、黒い炎は夜久無と理解する。
力を感じ取れて、遠くに微かだが激しい音のぶつかり合いも聞こえる。
「……八一さんが、
確信を得て、彼女は飛び乗れる木々へと移りながら向かった。奈央は運動神経はいいが、木々に容易に飛び乗れるほどの身体能力はない。麹葉に授けられた神通力のお陰だろう。自身の中にいる麹葉に、奈央は瞳を潤ませて感謝を口にした。
「麹葉さん。ありがとう……」
速度をあげる。
障害物を乗り越えて、山の斜面を下っていく。目の前を見ると、開けた場所を見えてきた。足に力を込めて勢いよく、飛んでいく。跳躍力が人並みではないのに驚くものの、奈央は近くで戦っている彼らを見つけた。
夜久無は鋭く伸ばした爪と手に黒い炎を
夜久無に押されているように見え、奈央は声をあげた。
「八一さんっ……!」
急いで向かわなくてはと考える。無我夢中で進めているとき、急に冷静なることがあろう。奈央は下を見て、冷や汗を流した。
「……これ、どうやって降りればいいんだっけ……?」
高く跳んだのはいいものの、着地する方法を考えていなかったのである。彼女は運動神経がよくても、専門的な着地の方法はわからない。これは、憑いた麹葉も突っ込みたくなるものである。なんで高く跳んだのよと。
着地点ならぬ落下地点へ真っ逆さま。奈央は悲鳴をあげた。
「いやぁぁぁ!
やーいーちーさぁぁぁん!
たすけてぇぇぇぇっ!」
声に気付いて、八一は首を向けるとぎょっとした顔になる。夜久無も姿を確認して、
八一は慌てて攻撃を防いで、夜久無の腹に勢いよく蹴りを入れ、ふっ飛ばす。八一は駆け出して落下地点へと向かう。
「っらぁ!」
奈央が落下するよりも早く、彼が辿り着き受け止めた。
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