6 今回の作戦の真相

 まだ狐達が戦っている最中。

 麹葉の向かう安全地帯にて。依乃の血色がよくなっていく。奈央は優しく背中を撫でながら友人を気遣っている。霊媒体質を目の当たりにして、友達の抱える問題の事の大きさを知った。八一の組織に保護される理由も納得ができる。何とかしてあげたいと考えていると、依乃が顔を向けてくる。

 申し訳なさそうに謝ってきた。


「ごめんね、奈央ちゃん。お守りがあるのに、迷惑をかけちゃった……」

「そんなこと無いよ! でも、お守りがあっても気持ち悪かったってことは、あの糞狐の取り込んだ悪霊が多かったてことでしょう? なら、はなびちゃんは悪くない。あの××××狐が悪い!」


 放送禁止用語を使用して、夜久無に悪態をつく。依乃はクスッと笑うものの、不安げに空へと首を向ける。


「前に教えられたけど、悪霊を食べるとどんな妖怪も力は得るけど狂うんだよね。……じゃあ、狐のあの人は大丈夫かな。大谷崩れは私達の時代でも土砂崩れが起きやすい場所なのに、あんな場所を戦場にして大丈夫かな……」

「それは……」


 言われてしまえば、不安がある。

 現状でこれだけ悪条件が揃えば、彼の大丈夫は信用して良いかわからないからだ。奈央は今まで八一を信じることしかできない。できなかった。帰れる唯一の頼みである彼の大丈夫を今まで信じてきた。

 しかし、今はどうなのか。

 彼個人は信用できる。帰すのは嘘ではないだろうが、拭えぬ疑心がある。

 直文と麹葉の反応。聞かされてない作戦の詳細。仲間、協力者であるならば、作戦の内容を奈央や依乃に話すべきであろう。だが、その内容すら二人に聞かされてないのだ。いや、あえて聞かせてないのだろう。

 奈央は疑問を口にする前、遠くから多くの足音が聞こえてくる。

 奈央と依乃は身構えた。雨の中とはいえ、熊や動物はくる。警戒をして奥からやって来るものを見ると、元の姿に戻った麹葉であった。


「麹葉さん!?」


 奈央が声をあげて驚くと、麹葉は奈央の姿を捕らえて駆け足でよってくる。


[奈央ちゃん! この術……そっか八一樣の隠形の術ね。良かったわ。何もなくて]


 安心する彼女に奈央は話しかけた。


「作戦通り、いってますか? 麹葉さん」

[……ええ、怖いほど順調にね]


 間をおいて返事をする。世話になった呉服屋に居た際の麹葉の反応が異なっており、奈央も気付いていた。また彼女の物言いが向日葵ひまわり少女の中で確信へと変わる。


「何か隠してませんか」


 麹葉は問われて全身を強ばらせる。反応を見逃さずに奈央は問い詰めていく。


「呉服屋を発つ前の朝。貴女の様子がおかしかったです。……宿屋にいる時、作戦を話すときも八一さんの様子がなんかおかしかったです。何を隠しているのですか?」


 問われて麹葉は黙り続けようとした。しかし、約束をした奈央を瞳に入れて、麹葉の目からはボロボロと涙が出る。雨避けの術をかけているお陰で、彼女が泣いているのかよくわかった。彼女が雫を地面に落としながら打ち明けた。


[ごめんなさい。本当にごめんなさい…………言うなって八一様から言われたの。ごめんなさい。私は友達といってくれたあなたを裏切りたくないのに、貴女を傷付けたくないのに]

「……麹葉……さん?」


 戸惑いを見せる奈央に白狐は打ち明けた。


[八一様は、あそこを、大谷崩れを自らの死地にする気なの]


 話された真実は少女達に、特に奈央に衝撃を与える。奈央は理系や外国語の勉強が苦手なだけで、死地の言葉の意味は解る。いや、ここまで来てその言葉の意味を実感してしまったのだ。

 大雨の中、大谷崩れでの戦い。いくら半妖といえども無事ではすまない。呆然としている奈央の横で、依乃は声をあげた。


「っ待ってください、麹葉さん。彼らは強いのですよ。この大谷崩れでどんなことが起きても、彼らは身を守る術を持っているはずです。死地になることがおかしいのではありませんかっ!?」


 疑問は正しく一理ある。桜花の半妖は強く多種多様なものがいる。空を駆けるものがいれば、海の中を泳ぐものもいる。転移する術もあるのだ。この場で起こるであろう災害は避けきれるはずだ。しかし、麹葉は首を横に振っている。否定する理由を話してくれた。


[あの方は、八一様は夜久無を道連れにして死ぬつもりなの。桜花の組織として、貴女を未来に帰すの任を果たすために。…………いいえ、八一様は絶対に貴女を帰す為にここで死ぬつもりなの!]


 八一が死ななくてはならい。

 奈央を揺さぶるには十分な一言だった。人は自身の生殺与奪権せいさつよだつけんを自らの手にしている。何かのきっかけ無しでは捨て去ることができないはずだ。この時代の人物の生死観は知識にあっても実感はない。また組織の半妖の生死観もよくわかってないのだ。

 向日葵ひまわり少女は麹葉を勢いよく抱き上げる。目尻めじりから雫をこぼした。瞬きをする度に、涙は落ちていく。八一が死のうとしている衝撃と悲しみはほおに伝う涙が表す。

 奈央は顔を俯かせて、口を開いた。


「どうして……どうして、どうしてっ! あの人が死ななくてはならないのですかっ!? 麹葉さんっ!」


 酷い顔を見せたくなく、彼女は訴えながら問う。問われて麹葉は耳と尻尾をたらし、依乃は静かにほおに滴を伝わせる。奈央は身の内から沸き上がる悲憤ひふんが抑えきれなかった。

 彼女は八一と約束をしたのだ。記憶を無くしても会ってアイスを奢る。下らないものだが、彼女にとっては八一の思い出にしてほしい約束。死ぬと約束が果たされなくなるのは誰もがわかる。


「どうして……何ですか……」


 奈央の掠れた声に、麹葉は泣き出して話を続けた。


[……八一様は死ぬのが、正しい時間軸だから。例え、歴史に影響はなくとも、この点は組織として……変えてはならない。八一様が生きてしまえば、確実に時間軸が狂う。……久田様との隠れて会話したのを聞いていたの……]


 話を聞いて奈央ははっとする。


「タイムパラドックス……」


 直文が来る前に、八一と麹葉に話した。彼女を正しい未来に帰すには過去を変えてはならない。歴史の中にとっても些細な出来事であっても、組織にとっては変えてはならない真実がある。

 麹葉は依乃を一瞥いちべつして、まぶたを閉じた。


[久田様は奈央ちゃんを未来に帰すだけじゃなくて、たいむぱらどっくすを防ぐ為に過去に来たの。……彼の本当の任務は組織に関わる過去の出来事を改変させないことよ]


 打ち明けられて依乃は驚愕していた。八一が死ななければ、直文が殺す予定。即ち、仲間殺し。八一も知っているのだろう。仲間の手を汚す必要もなく、自ら死ぬ状況を作り上げ今死のうとしている。直文がかんばしくない表情をしていた理由も判明し、麹葉は謝り続けた。


[……ごめんなさい、本当にごめんなさい]


 悲痛な謝罪に奈央は顔をあげて、何度も首を横に振り続ける。 


「っ……麹葉さんは、悪くない。わるくないです。ごめんなさいっ……ごめんなさい」


 謝って奈央は涙を流し続ける。

 今となってみれば、協力者という彼女の立場は都合がいい。この時代に起きる辛い出来事を忘れることができるのだから。だが、奈央個人がその辛い出来事を許せるかどうか。彼女は友人に目を向けて、通学鞄と麹葉を渡した。


「……鞄と麹葉さんをよろしく」

「……奈央ちゃん?」


 動揺を隠せない依乃は友人の顔を見た。泣きながらもそこには揺るがない意志が目の前にある。依乃と麹葉は言葉を失い、友の言葉を聞いていた。


「私、八一さんの所に行ってくる。依乃ちゃんはここにいて」


 奈央は背を向けて、平坦な道を歩き出した。依乃は気付いて、制止の声をあげる。


「ダメっ。ダメだよ! 奈央ちゃん! やめて!」


 制止の声を大きくしても、何度も声をかけても、奈央は止まることはない。遠ざかっていく友人の背を見つめることしかできなかった。麹葉が腕から抜け出して地面に着地する。


[私は奈央ちゃんを追うわ。依乃ちゃんはここにいて!]


 白狐は告げて、奈央の後を追った。普通の人よりも、神使である麹葉に任せた方が奈央も無事である。麹葉に謝罪と感謝を呟いて、依乃は両手をにぎって二人の無事を祈った。


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