5 八一にとっての光
彼女の姿が見えなくなり、気配も遠ざかる。彼女達のいる安全地帯まで行ったのだ。八一は息を吐いて、探し続ける夜久無に声をかけた。
「やっほー、お兄さん。花嫁となるお嬢さんを探しているのかな? ならここにはいないぞ。私が隠したからな」
反応して首を向ける。いないと聞き、八一の姿を確かめて黒い
[返せ、返せ、返せぇぇぇ!]
雷が響くがごとく怒声が全体へと広がった。笑いながら八一は
夜久無が駆け出した。手から伸びた鋭い爪を構えて向かってくる。八一は生やした尾を消して身軽さを優先。目の前に夜久無が現れる。鋭い爪を突き刺そうとするが、寸前で
「そんなにお嬢さんが欲しいの? でも、あげない。あれは誰のものでもない。これから私のにする予定だからあげない。べーだ」
舌を出してわかりやすく煽り、夜久無の排出する黒い
[っぐぅ!?]
苦しげな声をあげたあと、夜久無は大きく後退した。八一は
八一は目を細めて、余裕の無さを見せる。
「……さて、どの機会で仕掛けようかねぇ」
相手を殺してしまえば、三人の未来の帰還は容易ではなくなる。未来にゆく為の手順を踏む方はかなり時間がかかってしまうのだ。
タイミングを計る為に、八一は隙なく見据える。夜久無が
「
手をかざし八一の言霊と共に強い風が放たれた。夜久無を吹き飛ばす。彼は地面にぶつかることなく、体勢を整えて着地をした。着地すると同時に、八一は
「発」
夜久無の顔の火傷が赤く発光した。相手は
苦しむ夜久無を見つめて、八一は
「彼女はお前には似合わない。あの微笑みは日陰者に向けるものじゃない。私も同じ日陰者だが、お前にはもったいないね」
[ひかげ、チガウ、ボク……イチバぐぶぼぉあああっ!]
彼にかけられ呪いに夜久無は
あられもない姿で地面を転がりこんで、もがいて苦しむ。夜久無の姿を滑稽そうだが、氷のような瞳で見る。
夜久無から目を向けられた。その向けられた同族嫌悪に八一は安心し、
苦しむ姿を見ながら、かつて恵まれていた狐に彼は口を開く。
「お前には分からないだろうな。周囲から異質な目で見られる興味と嫌悪の瞳を。父親からは子とは扱われず、弱り逝く母の面倒を見られる境遇を。あの人に引き取られるまで、私の味わった屈辱と悲哀の思いを。……ああ、何も分からなくて当然だったな。申し訳ない」
八つ当たりに近い形で、彼は自身の過去を思い出していた。
生まれて引き取られるまでの間、唯一の支えは母しかいなかった。父親からは顔を見たくないと面をつけての生活を強要され、暴力と悪態を受ける日々。周囲の狐からは父親の言葉の影響を受けたのか、汚れた半妖、地獄に魂を売った同族と言われる。
病で母を亡くしてから暫くして父親から勘当され、上司に引き取られた。
組織に引き取られてから、自身が意味嫌われていた理由がわかった。だが、手を尽くさず母を見殺しにした狐の父親は憎んでいる。禁忌を犯さずとも、自身の手でいつしか父親を殺したいと考えたことはあった。
だが、組織の仲間や仲間の死に触れて復讐の思いはなりを潜めている。
奈央の明るさに触れて、暗い思いはない。
《八一は
かつて相棒の言葉に八一は一瞬だけ微笑んで、夜久無を見た。
「だが、私は同じ日陰者として、お前を許さないようだ」
異なる境遇でありながら、自ら日陰に落ちていった狐にイラつきを感じている。落ちた日陰者が
「私は地獄へと既に魂を売った桜花の半妖で罪人。組織の任と約束の為に果たさなくてはならない。彼女を帰すために」
彼の言葉に反応して、夜久無は
[……ならバ、ナゼ、戦うバショを、ここにした。なぜ、こんな時期、こんなバショに]
戦う場所と状況についての疑問をもつほどの思考は保てるらしい。夜久無の疑問は最もである。足場の悪い大谷崩れ。激しい大雨で何時でも土砂災害が起きても可笑しくはない。八一は微笑みながら手で狐の形を作った。
「そりゃ、ここが格好の良い場所だからさ。さぁ、夜久無。私とお前でこんこーんと
挑発する彼に触発されて、夜久無はゆっくりと立ち上がって黒い
夜久無の両手から黒い炎が出る。手に
「
言霊と共に白い炎が
夜久無の出す炎は悪霊を取り込んだことによる
夜久無は舌打ちをして地面を蹴りだした。八一は残っている
きぃんっと鋭い音が響く。
夜久無の手に宿した黒い炎と八一の
彼が狙っているタイミングがあるようだ。どうしようかと、考えていると空から声が聞こえた。
聞き覚えある声。八一は首を向けてぎょっとする。夜久無が攻撃の手を思わず止めるほどであった。
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