5 八一にとっての光

 彼女の姿が見えなくなり、気配も遠ざかる。彼女達のいる安全地帯まで行ったのだ。八一は息を吐いて、探し続ける夜久無に声をかけた。


「やっほー、お兄さん。花嫁となるお嬢さんを探しているのかな? ならここにはいないぞ。私が隠したからな」


 反応して首を向ける。いないと聞き、八一の姿を確かめて黒いもやを煙としてだす。表情は怒髪天どはつてんと形容できる。


[返せ、返せ、返せぇぇぇ!]


 雷が響くがごとく怒声が全体へと広がった。笑いながら八一は合口あいくちを出す。

 夜久無が駆け出した。手から伸びた鋭い爪を構えて向かってくる。八一は生やした尾を消して身軽さを優先。目の前に夜久無が現れる。鋭い爪を突き刺そうとするが、寸前で合口あいくちの刃で防いだ。互いの顔を見て、八一は怪しく告げる。


「そんなにお嬢さんが欲しいの? でも、あげない。あれは誰のものでもない。これから私のにする予定だからあげない。べーだ」


 舌を出してわかりやすく煽り、夜久無の排出する黒いもやの量が増える。子供っぽいが効果はあり、夜久無には効果てきめんのようだ。八一は空いている片手で柳葉飛刀りゅうようひとうを出して、至近距離に投げた。間近で投げられるとは予想していなかったらしく、懐に深々と刺さる。


[っぐぅ!?]


 苦しげな声をあげたあと、夜久無は大きく後退した。八一はこしにある柳葉飛刀りゅうようひとうさやから抜きだして、片手に幾つか納める。忌々しそうに懐に刺さった武器を夜久無は抜く。傷をおった箇所は肉が溢れて傷が塞がっていく。悪霊を食ったことで再生能力が上がったのだ。

 八一は目を細めて、余裕の無さを見せる。

 

「……さて、どの機会で仕掛けようかねぇ」


 相手を殺してしまえば、三人の未来の帰還は容易ではなくなる。未来にゆく為の手順を踏む方はかなり時間がかかってしまうのだ。

 タイミングを計る為に、八一は隙なく見据える。夜久無が此方こちらを見たとき、八一は直ぐに片手にある柳葉飛刀りゅうようひとうを振り返って後ろに二本投げた。夜久無は背後に現れる。動きを見破られたことに驚き、飛んでくる二本の刃を爪で弾いた。


爽籟そうらいっ!」


 手をかざし八一の言霊と共に強い風が放たれた。夜久無を吹き飛ばす。彼は地面にぶつかることなく、体勢を整えて着地をした。着地すると同時に、八一はいんを切る。


「発」


 夜久無の顔の火傷が赤く発光した。相手はひざをついて苦しみ出す。生かさず殺さずの加減をするのは難しい。特に帰還の方法となるものを手中に収められているならば、難易度は上がる。

 苦しむ夜久無を見つめて、八一は飄々ひょうひょうとした演技をする。


「彼女はお前には似合わない。あの微笑みは日陰者に向けるものじゃない。私も同じ日陰者だが、お前にはもったいないね」

[ひかげ、チガウ、ボク……イチバぐぶぼぉあああっ!]


 彼にかけられ呪いに夜久無はたおれた。

 あられもない姿で地面を転がりこんで、もがいて苦しむ。夜久無の姿を滑稽そうだが、氷のような瞳で見る。

 夜久無から目を向けられた。その向けられた同族嫌悪に八一は安心し、自嘲じちょうの笑みを浮かべた。同じ狐から見られるのは、嫌悪と恐怖、気味悪がれる目で十分だ。

 苦しむ姿を見ながら、かつて恵まれていた狐に彼は口を開く。


「お前には分からないだろうな。周囲から異質な目で見られる興味と嫌悪の瞳を。父親からは子とは扱われず、弱り逝く母の面倒を見られる境遇を。あの人に引き取られるまで、私の味わった屈辱と悲哀の思いを。……ああ、何も分からなくて当然だったな。申し訳ない」


 八つ当たりに近い形で、彼は自身の過去を思い出していた。

 生まれて引き取られるまでの間、唯一の支えは母しかいなかった。父親からは顔を見たくないと面をつけての生活を強要され、暴力と悪態を受ける日々。周囲の狐からは父親の言葉の影響を受けたのか、汚れた半妖、地獄に魂を売った同族と言われる。

 病で母を亡くしてから暫くして父親から勘当され、上司に引き取られた。

 組織に引き取られてから、自身が意味嫌われていた理由がわかった。だが、手を尽くさず母を見殺しにした狐の父親は憎んでいる。禁忌を犯さずとも、自身の手でいつしか父親を殺したいと考えたことはあった。

 だが、組織の仲間や仲間の死に触れて復讐の思いはなりを潜めている。

 奈央の明るさに触れて、暗い思いはない。


《八一は頑張がんばってきたんだから、もう自分の幸せのために動いても良いと思うよ》


 かつて相棒の言葉に八一は一瞬だけ微笑んで、夜久無を見た。


「だが、私は同じ日陰者として、お前を許さないようだ」


 異なる境遇でありながら、自ら日陰に落ちていった狐にイラつきを感じている。落ちた日陰者が向日葵ひまわりの少女を手にしてはなら無い。自身にも同じようなものだと自嘲じちょうしながら語る。


「私は地獄へと既に魂を売った桜花の半妖で罪人。組織の任と約束の為に果たさなくてはならない。彼女を帰すために」


 彼の言葉に反応して、夜久無はもだえながらも口を動かす。


[……ならバ、ナゼ、戦うバショを、ここにした。なぜ、こんな時期、こんなバショに]


 戦う場所と状況についての疑問をもつほどの思考は保てるらしい。夜久無の疑問は最もである。足場の悪い大谷崩れ。激しい大雨で何時でも土砂災害が起きても可笑しくはない。八一は微笑みながら手で狐の形を作った。


「そりゃ、ここが格好の良い場所だからさ。さぁ、夜久無。私とお前でこんこーんとおどりゃんせ?」


 挑発する彼に触発されて、夜久無はゆっくりと立ち上がって黒いもやを強く出す。顔にある赤く発光した火傷は、黒いもやで覆われて消える。食った悪霊で呪いの痛みを軽減けいげんさせているのだろう。

 夜久無の両手から黒い炎が出る。手にまとわせており、八一は仕掛けてくると理解して合口あいくちを構えた。


佳宵火かしょうか


 言霊と共に白い炎が合口あいくちの全体に宿る。夜久無と八一は間合いをゆっくりと詰めていき、同時に駆け出して其々の炎を掲げていた。爪と合口あいくちの刃が触れると互いの炎が打ち消しあい、二人は大きく下がる。

 夜久無の出す炎は悪霊を取り込んだことによる瘴気しょうきの炎だ。八一は正の気を集めて宿した浄化の炎であり、相手の炎との打ち消しあったのだ。

 夜久無は舌打ちをして地面を蹴りだした。八一は残っている柳葉飛刀りゅうようひとうを投げていくものの、夜久無に簡単に避けられる。こしにある柳葉飛刀りゅうようひとうはない。八一は厄介そうに表情をゆがめて、打ってでた。

 きぃんっと鋭い音が響く。

 夜久無の手に宿した黒い炎と八一の合口あいくちの白い炎がぶつかり合う。夜久無の攻撃の凄みが増していき、八一は防ぐのが精一杯になって舌打ちをした。仕掛けるタイミングが少なくない。

 彼が狙っているタイミングがあるようだ。どうしようかと、考えていると空から声が聞こえた。

 聞き覚えある声。八一は首を向けてぎょっとする。夜久無が攻撃の手を思わず止めるほどであった。


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