2 祭と学生の両立
静岡の大道芸はオーディションから選ばれた大道芸人が参加できる。本当にいいと思った大道芸人の芸の投げ銭箱にお金を入れていく。投げ銭スタイルであり、入れるものは現金である。
舞台は街中だ。大道芸人が芸をするスペースに観客が集まるのだ。ガイドブックにはオーディションを勝ち抜いたもの。またワールドカップであるがゆえに、優勝者たちも招いて芸が行われるのだ。組織の上司なら『こうしちゃいられねぇ』と椅子から立ち上がって机を越えるだろう。しかし、現実を見よ。成人男性を騙る400歳以上(一部を除く)半妖たちよ。そして、少女たちよ。
依乃は珍しく憂鬱そうにシャープペンを走らせ、ノートを用いて数学の問題を解く。澄は社会や法律の教科書とにらめっこ。奈央は涙目になりながら科学の教科書を見ていたが、すぐに涙をこぼし悲鳴を上げた。
「わぁぁ──ん!! なんで、すぐ近くに学力テストなんてあるのー!!!
しかも、大道芸が終えた週明けぇぇ!!!」
悲痛とも言える奈央の声。状況と現状もあってか、依乃も同意した。
「うん……わかるよ、奈央ちゃん。仕方ないといえど……この状況でのテスト勉強とか身に入らないというか……。……うん」
「……今回、はなびちゃんも同じように苦しんでるから少しホッとするよぉ……。うっ……うっ……ごめんね、不謹慎で……」
二人の後輩の苦悶の表情に澄は複雑そうに話す。
「まあ、二人の気持ちもわかるよ。私も組織の一員といえど学生の身だからね。……こんな状況でテストなんてしたくないよね……」
先輩の言葉に後輩の二人は頷く。
11月頭初旬。依乃と奈央と澄。彼女たちは現在直文たちのシェアハウスにて、しばらく宿泊している。現在、夜の時間帯にてリビングで勉強会をしていた。建前としてはテスト勉強ではある。目的は陰陽師たちから守る。シェアハウスに張られた強固の結界は『儀式』シリーズの効力を弾く。念のために結界は更に強固なものにしており、建物の中も更に清浄となっていた。依乃の隣にいる直文はパソコンでタイピングをしながら悩ましげに話す。
「元々決められた予定を勝手に変えることはできないから仕方がない。あっ、依乃。問3の答え違うよ」
「えっ、あっ!」
依乃は気付いて、すぐに消しゴムで消す。
同じように隣りにいる八一は、向日葵少女の問題を見ながら耳元に顔を近づかせる。
「なーお。ここ……違うぞ」
「ひぃえ!?」
吐息のある低い声に奈央は悲鳴を上げた。耳元で艶のある声を出され、顔を赤くしながら八一から身を離す。彼女の反応に八一は笑っていた。
「あっはっはっ、いい反応だなぁ。お嬢さん」
「っ! 八一さん!」
顔を向けて怒る奈央に八一は笑いながら「悪い悪い」と頭を撫でている。
そのやり取りを見ながら澄は苦笑し、後ろに首を向けた。茂吉がお盆に飲み物と少しつまめる菓子を持ってきている。恋人と目が合い、茂吉は微笑む。
「みんなの進捗はどうだい? 澄」
「依乃は現状あってテスト勉強に身が入らない。奈央はいつもの通り。私もはなびとと同じ状態だよ。茂吉くん」
「……まあ、そうだね。こればかりは仕方がないか。はーい、皆。俺からの心ばかりの餞別ね」
テーブルに人数分の飲み物が入ったマグカップ。茶菓子が置かれる。休憩に奈央は涙目で喜び、依乃はマグカップを手にしてホッとする。
「……ありがとうございます。寺尾さん。……ところで佐久山さんと真弓ちゃんの分は……」
依乃は感謝とともに茂吉に二人の飲み物と茶菓子について尋ねる。
真弓もここにいるのだ。
啄木と真弓は陰陽師の件もあってからか、しばらく啄木のシェアハウスから通う事となった。保護者の葛と友人の重光には話をつけているらしく、滞在の許可をもらっている。
リビングにいない理由は定員オーバーではなく。今までの復習、今後の予習のためである。部屋は防音になっており、外に声はもれないのだが。
「〜〜っ!!」
「──っ!」
ドアからの声が少しだが聞こえる。怒る声と情けない泣き声。どれだけスパルタをしているのか。むしろどれだけやらかしていたのか。依乃は内心で応援をしながら、マグカップのお茶を飲んだ。
テスト前ということもあり、主に依乃たち(特に教職である直文)は早々に決着をつけたかった。大道芸は五日間行われる。平日は学校で勉強をし、午後の部活はあえて体調の悪さを訴えて早退をしてさぼる。
初日は大道芸の行われる場所を下見し、巡るルートについて簡単に考える。
二日目は分散した。
八一と奈央はバイクを乗って葵区周辺の異変を調べた。茂吉と澄は二手に分かれて、町中に怪しい人物が動いていないかを調査。
啄木と真弓はシェアハウスにいる。男女が一軒家の屋根の下、何事もないわけない。真弓の高校では12月の初めには期末試験もある。兄公認その親友お墨付き故に、テストを見るように啄木は頼まれている。故に、何事もないわけではない。また彼女が陰陽師に狙われているのもあり、外に出すつもりはなかった。
依乃は出掛け着の姿であえて、変装用の眼鏡をかけ髪型を変えて出かける。
ガイドブックを見るふりをしながら帽子を被りなおす。動きやすいように、髪を一つにまとめ、長ズボンや長袖の秋用の服にしている。ボーイッシュな格好で化粧をせずにいた。駿府城公園内で彼女はキッチンカーで売られているケバブを食べながら周囲を見る。
設置された舞台にスタッフやボランティアなどのいるテント。大道芸の装飾が所々にある。静岡の大道芸のモチーフとなったキャラクターの看板が遠くに見える。人々は楽しげに大道芸を見ている。屋台で食べ物を買い、イートスペースで食事。大道芸を見ようと歩いてくる人物がいた。
ケバブの生地に染み込んだ肉の味と辛味のあるソース。その辛味を和らげるように野菜も多く入っており、依乃も普通に食べれる。
膝にもう一つの紙袋の入ったケバブを置いて、彼女は今の自分の感覚を知る。不穏な気配や悪寒などを感じることはない。お守りがフィルターになっているとはいえ、そこまで酷いものはないようだ。
「依乃」
声をかけられ、顔をあげる。結んだ髪を髪を横にたらし、紺色のカーディガンと白い長袖のワイシャツを着ている。ズボンに靴。アクセサリーなどは茂吉や八一などからアドバイスを得て、彼自身コーディネートしたようだ。
何を着ても直文は様になるゆえに依乃は頬を赤くする。直文は彼女にペットボトルを持ってきていた。
「はい、ホットミルクティー。無糖のやつでよかったよね」
「……はい、直文さん。ありがとうございます……」
ペットボトルを手にし、依乃は自分の分のケバブを置いて、直文に膝の上にある紙袋を出す。
「どうぞ。普通のですが、これでよろしかったですか?」
「! 俺の分も買ってくれたの? ありがとう! 嬉しいよ!」
びっくりした後に破顔して喜ぶ。雰囲気からも伝わる喜びに、彼女は照れを感じた。直文は隣に座り、「いただきます」といった後に一緒にケバブをかじる。彼の飲み物も同じミルクティーのようだ。にこにことケバブを綺麗にかじり、彼女の隣りにいる。長身のイケメンが嬉しそうにケバブを頬張る姿は目立つといえば目立つ。ケバブを買ったことが嬉しかったのか、依乃は不思議そうに聞く。
「あの、直文さん。そんなにケバブを買ってくれたのが、嬉しかったですか?」
彼女に聞かれ、直文はケバブをかじる前に動きを止めた。質問に彼は顔を向けて表情をほころばせた。
「うん。買ってくれたのも嬉しいけど、君が隣りにいて一緒に同じもの食べて飲む。……要はね、好きな君と一緒に過ごせることが嬉しいんだ」
「……そ、そうなのですね……。……はぐっ!」
依乃は顔をゆでダコのようにして、ケバブをかじって咀嚼していく。
気障なセリフを吐いても許される人と許されない人がいる。直文は許される人に属している。仲間がいれば直文に向けられるツッコミが聞こえるであろう。依乃も言うことはあるが頻度は少ない。
依乃はケバブを食べ終え、口をハンカチで拭う。なんとか気恥ずかしさから抜け出そうと、依乃は今回の目的についての話を出した。
「……ごちそうさまです。……でも、『影とり鬼』や『偽神使』のような悪い気配は感じませんね」
遠くから気持ち悪さを感じない。直文はケバブのソースを指で拭い、依乃の話に乗る。
「前のような『影とり鬼』は条件を揃わせて襲わせた。鬼門と裏鬼門のほうに良くないものはないから、今警戒すべきなのは『偽神使』だ」
前に襲われた黒い獣たち。あれは『偽神使』だ。茂吉たちの報告と『偽神使』の怪談を見て、『偽神使』の元は何かは想像できる。しかし、『偽神使』の何の要素をとっているのか。
「……『お招き童』は招くもの。『影とり鬼』は影をとって意のままにし連れ去る。『偽神使』はなんの要素を……?」
「相手を確実に連れ去る。怪談にある『送祭り』を再現するんじゃない。『儀式』シリーズの内容を再現しようとしている」
内容の再現をするためにそれぞれの怪異を使っている。儀式シリーズの怪談の最後の投稿者も連れ去られるものであった。巡りの神を再現するために『変生の法』を取り入れるのだろう。
今回の作戦はうまくいくかどうか不安もあり、依乃はペットボトルを手にする。
ホットミルクティーのペットボトルの蓋を開け、彼女は口をつけて飲む。紅茶の渋みと苦味をミルクがまろやかにする。少し甘みを感じて、口の中のスパイシーさを柔らかくしてくれる。
依乃はふぅと息をついて、襲いかかってくるであろう『偽神使』の警戒をしていた。
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