3 狐たちのカフェ休息
大道芸の舞台もあり、通行止めになっている箇所がある。しかし、八一たちの目的は駿府周辺の異変観察である。
二人乗りの大型バイクは道路を駆け抜ける。だいぶ走らせたこともあり、二人は休憩のためにバイクから降りる。駿府城公園からかなり離れており、コーヒーチェーン店にてより二人は飲み物を頼んでいた。
奈央は飲みたいものは事前に決めていた。
いわば呪文の注文。正式には飲み物にカスタムするものだ。また主食とするものも長い故、挑戦として口にしようとする。
「とーるきゃらめるすちぃまうほわいともかしろっうぃ」
中々発音しにくく奈央は苦戦。店員さんも困ったような顔をしていると、八一が代わりに注文をする。
「トールキャラメルスチーマーウィズホワイトモカシロップウィズエクストラホイップクリームとグランデチョコレートチップエクストラコーヒーノンファットミルクキャラメルフラペチーノウィズチョコレートソース。
あと、あらびきソーセージパティでスクランブルエッグのイングリッシュマフィンとベーコンとほうれん草のキッシュ。一つずつで」
流暢に言う八一に向日葵少女は驚き、店員は笑顔で対応をする。
「はい、ありがとうございます。オーダー、入ります」
注文が繰り返され、奈央は悔しそうに頬をふくらませる。向日葵少女はお財布を出そうとするも、先に財布を出した会計も八一が済ませてしまっていた。空いている席に座り、八一が頼んた品を持ってくる。
「はい、お嬢さん。トールキャラメルスチーマーウィズホワイトモカシロップウィズエクストラホイップクリームとあらびきソーセージパティでスクランブルエッグのイングリッシュマフィンだ。私はグランデチョコレートチップエクストラコーヒーノンファットミルクキャラメルフラペチーノウィズチョコレートソースとキッシュだな」
噛まずに流暢に言いながら奈央の目の前に出される。
香りと見た目でお腹が鳴りそうで、向日葵少女は鳴らないようにお腹に力を入れた。
キャラメル風味のホットミルクにホイップクリームとキャラメルソースのマグとマフィン。八一はマグではなくプラスチックのカップ。カップのサイズは少し大きなものだ。キャラメルフラペチーノを土台にコーヒーを増量し、チョコレートソースとチョコレートチップを追加したものから、牛乳から無脂肪乳に変更させたものである。
注文も言えず会計もされ、奈央は拗ねた顔をした。
「……からかってない? 八一さん」
「うん? まあ注文のことに関しては若干からかった。けど、奢ったのはからかった詫びだ」
いつも奢ってもらってはいるが、実際に八一たちは普通の人よりも稼いでいる。何で稼いでいるかは、聞かなくてもいいだろう。気になる人に向けてのヒント。彼らは裏稼業もしている以上。
そつなくこなす八一に若干の苛つきを感じぼやく。
「……スマートにこなす八一さんがムカつく」
「ふふっ、褒め言葉か? ありがとう」
意地悪く笑い、八一はストローで頼んだものを飲んでいく。
頼んだものも合わせて、かなりの高カロリーであるが今の奈央にはありがたいカロリーであったりする。奈央は口の中の甘みが体に染みていくのを感じ、ふぅと息をつく。
飲み物を飲んでいると、八一はストローから口を離す。
「今、かなりお腹空いて、疲れを感じてるだろ?」
「えっ……えっ? 八一さん。わかるの?」
奈央はかなり驚く。顔に出したつもりはないうえに、彼の背後に乗って顔も見えていない。苦笑して八一は奈央の額を優しく小突く。
「奈央のこと、私がわからないとでも思ったか?
神通力の多用に長時間使用、学校授業を更に受ける。部活はないといえど、普通の人間が神通力を使うのってかなり疲れる。それに、この機会は何のための休憩だと思うんだい。お嬢さんを休ませるためだぞ」
稲穂の優しい色のように微笑む彼に、奈央は顔熱を持つのを感じてマフィンを手にする。
「……ありがとうございます」
照れ隠しにマフィンをかじる。ソーセージのパティの塩味がスクランブルエッグの味を引き立て、口の中の甘みを吹き飛ばしてくれる。だが、八一の頼んだものもかなりの高カロリーであり、キッシュも重みがある。
「……八一さん。珍しいね……普段はカフェでもコーヒーだけなのに」
「奈央と同じだよ。前のように駿府を監視していてね。式神を通して色々と見ているんだ。まあ、維持するのにも力がいるからこうして補給をしているのさ」
奈央が江戸時代の葵区に来ていたとき、八一は駿府城下の全体に式神を放っていたのだ。今回も同じことをしているようだが、今初めて力がいる作業なのだと把握する。
バイクに乗りながら式神の処理した情報を把握する。マルチタスクすぎるのもあり、奈央は頭を軽く下げる。
「本当にお疲れ様さまです。八一さん」
「いえいえ、こちらこそお疲れ様です。お嬢さん」
丁寧に言うと丁寧に返された。八一はキッシュをフォークで切り分けて口に運ぶ。ホイップクリームが乗ったマグに口をつけて、先程の疲れを吹き飛ばし英気を養っていく。
マフィンを食べていると、八一が話しかけてくる。
「けど、良かったのか? 有無言わせないものはあったかもしれないが、私の付き添いなんて断っても良かったぞ。有里さんと直文に付き添って一緒に大道芸を見るのもありなんだからさ」
「うーん……大道芸を見るのはいいんだけど、依乃ちゃんが狙われてるのになんかこう自分が楽しいのをし続けるのもやだなって。だから、少しでも友達を助けれるなら助けたいの」
お皿の上にマフィンを置き、依乃の名前が盗られていたときの自分を思い出す。
彼女に付き添い、一緒にいるだけだった。『死因:入園』のときも、過去に連れ去られていたときも、率先して依乃は奈央を守ろうと動いてくれていた。
「……はなびちゃんが名前が盗られてたときなんて、私は本当に何もできなかったから、これからははなびちゃんを助けにいきたいなって」
依乃が狙われたときに、奈央がかばった理由の一片だ。友達という理由もあるが、今度こそ助けたいという思いも奈央の中にある。今回彼についていくのはそれだけでない。奈央は苦しげに八一を見つめる。
「それだけじゃなく、てね。……八一さん……勝手にいかないよね?」
目線と表情で察したらしく、一瞬だけ目を丸くした。奈央の中ではまだあのときの八一の死が忘れられない。過去であっても、感じたことが彼女の中では過去ではない。表情を柔らかくし、心底優しく笑いながら彼は奈央の手の上に手を重ね頷く。
「大丈夫だ。奈央。私はどこにも行かないよ」
「……うん」
小さく頷く彼女に、八一は役得だと笑うように話す。
「いや、そうして君の表情を曇らせることができるのは私の特権だと思うと優越感があるなぁ」
いい雰囲気をぶち壊される。奈央はジト目で八一を見る。
「……八一さん。台無しです」
「ふふっ、悪い悪い。けど、流石に今は良い雰囲気にはなってられないぞ」
「わかってますー」
返事をして八一は一笑した後彼女から手を離した。「あっ」と声を上げて、八一は奈央に自分の飲んでいたドリンクを見せる。
「そーだ。お嬢さん。これ、味見で飲んで見る? スッキリとした甘さで美味しいぞ」
「えっ!? いいの? 八一さんの気になってたんだ……!
あっ、これじゃあふこーへーだね。じゃあ、はい、私のもどうぞ! 味見!」
と差し出され、八一はきょとんとする。何を意味するのか、今の奈央はわかっていない。八一は目配せした後、頬を赤くさせて笑顔になった。
「ああ、サンキュ。奈央」
互いに飲むものを一時だが交換する。八一のものをストローで吸って飲む。奈央は美味しいと感想を言い、八一は興味深そうに味見をしている。
また間接キスであると彼女が気付くのは、店を出てからであった。
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