4 狸たちも小休止

 大道芸の音楽が駿府城公園の方から聞こえる。

 葵タワーの上にいる茂吉は身隠しの面をつけて、タワーから葵区の町並みを見張っている。澄は青葉シンボルロードという通りにいた。ウォーキングストリート部門のアーティスト。大道芸人とも言えるだろう。

 選出されたアーティストたちが呉服町通りという場所で演出を行う。車の通行禁止の看板が置かれたところまで。大道芸人がパフォーマンスをするため。観客と大道芸人が交流もできる。そして、投げ銭システムもある。

 ストリートでパフォーマンスするためか、格好は目立つようにしている。青葉シンボルロードで行われているパフォーマンスに、客は目が釘付けになっている。一目見たあと、澄は残念そうに息をつく。


「今年は皆と楽しめると思ったんだけど……まさかの事態になったな」


 一昨年は依乃と奈央で楽しんだ。長く開催しているだけあり、パフォーマンスも釘付けになる。今年は茂吉と一緒に楽しめると思ったが、陰陽師側が厄介な問題を持ち込んできた故に難しくなった。

 仕方ないといえば、仕方がない。大切な後輩が狙われているならば、澄も見過ごせない。気を取り直し、電話を起動させた。


「もしもし、茂吉くん?」

《はーい、もしもし。とーる。もしかして、落ち込んでたかい?》

「……本当、茂吉くんは見抜くね」


 声色一つで見破られ、澄は苦笑した。電話越しの茂吉は笑うかのように答える。


《だいたい、何かあった落ち込んだときは俺に相談してただろう。……今年の大道芸。楽しむ時間を与えなくて申し訳ない。澄》


 心情すらも見透かされ、澄は可笑しそうに笑いたくなった。


「茂吉くんは謝らなくていいよ。……本当、今でも私のことがわかるんだね」

《俺の隣りにいる澄の気持ちはわかるけど、今の君は知らないよ。本当に当たっているかも分からない》


 冷たいように言うが不安げな声色が含まれており、澄は優しく微笑む。


「当たってる。この私は前の私でもあるんだ。君はちゃんと私を理解しているよ」

《……そう》


 少しほっとしたようにも、残念そうにも感じた。彼の反応に澄はなんとも言えなくなる。まだ彼は諦めていない。自分を代償に澄を普通に生きさせようとするのを。一緒にいたい澄にとっては諦めさせたい。故に、側にいてさせないように見張っているのもある。


「複雑そうな返事はやめてよ。茂吉くん」

《前向きにけんとーさせていただきます》


 信用できるか怪しい言葉を軽く返され、彼女は呆れつつ状況を聞く。


「そっちはどう?」

《八一が情報収集しているだろうけど、今のところ駿府城下に異常はない。安倍川の向こうと、愛宕山城の向こう以外はね》

「……えっ? まさか、何がいるのかい?」


 澄の質問に真剣な声で《ああ》と返事が来る。


《多くの動物霊。しかも、外来種が多い。外来種はその場で殺処分されることもあるから、集めたんだろう》


 神が核としている『儀式』ならば、『偽神使』の元となる動物霊を集めるのも可能だ。外来種の動物霊など、何処でもいる。創作の怪異の生まれる元にもなり得るのだ。『偽神使』の怪談の内容を思い出していると、茂吉は呆れたように話す。


《今回の『偽神使』は人の自業自得が目立つよね。人の自業自得からの自業自得な怪異『偽神使』を作るか。今、作る気配はなさそうだけど、見張り続けてると俺はその現場を目撃することになりそうだ》

「……そう」


 哀れみの表情で彼女は返事をした。澄は人には好感を持っているが、悪どい真実もよく知っている。確かに、今回の『偽神使』の怪談は人の自業自得から生まれた。一部の外来種などは人が持ち込んだゆえに自業自得。または因果応報で被害を出している。複雑な心境であり、澄は分からぬようにため息を吐く。


《今、落ち込んでるだろ?》


 電話越しから茂吉に言い当てられ、澄は一瞬だけ目を丸くし苦笑した。


「流石、茂吉くん」

《わかるよそれぐらい。君が俺のことをわかるように》


 背後から足音が聞こえる。


「俺も澄の事がわかるよ」


 背後から声が聞こえ、彼女は驚いて振り返った。通話はぶちっと切れ、ツーツーと音だけ。ヘアバンドをしていない秋服姿の彼がいた。髪をオールバックにし、後ろで一つにまとめている。陽キャやパリピ寄りのような明るい服を着ているのではなく、流行に合わせた服を着てハットを被っていた。普通におしゃれな服であり、澄は目を丸くする。


「茂吉くん。ビックリした……」

「ふふっ、だぁいせーこーってところかな。驚かせた仕返しさ」


 いたずらっ子のように微笑む彼に澄は聞く。


「もしかして、小腹空いたからきたの?」


 茂吉はぱちんと指を鳴らして、困ったように笑った。


「大正解。燃費の悪さだけは敵わないからね。近場の店で食べるから、なんか奢るよ」

「じゃあ、近くのフルーツのケーキ屋さんで食べたいな。茂吉くんも知ってる有名なやつね」

「あっ、あそこか、いいね。けど、あそこのお店の中で食べられるのはいつまでなのか。俺としては気になるかな」

「じゃあ、もしできなくなった時は、テイクアウトして私がお土産で持っていこう。その時は私に美味しいお茶入れてほしい。絶対に。その先もずっと、ね」


 この先の約束を取り付けた。茂吉が何処かで消えようとしているのはわかっている。彼を知りすぎている彼女だからこそ、見抜いている。言われ、茂吉はふぅと息をつき足を止めた。片腕を曲げて手を腰に当て、また深いため息を吐く。


「……澄さ。ここ最近、俺を求めるよね」


 呆れたような声を出しながらも、わずかに頬が赤くなっている。悔しそうな表情に優越感が湧き上がり、澄は笑顔を見せた。


「だって、私は君に可愛がられてきたからね。十数年もそばにいなかったんだ。甘えたくなるよ」


 直球に言うと頬を更に赤くし、顰めっ面で突っ込む。


「どストレートに言うな。はぁ……この一件が終わったら、一緒に食べに行こう」


 何度かのため息を吐いて約束をする。茂吉自ら約束を出すとは思わず、彼女は目を丸くする。まだ澄での一件は諦めていない節があるはずなのだが。目を丸くする彼女に、茂吉はデコピンをした。


「いたっ」


 澄は額を抑える。馬鹿力が定評の茂吉だが、彼女にしたデコピンは軽く痛みが来る程度。澄はデコピンした本人に目を向けると、意地悪い顔をしていた。


「言っておくけど、俺は諦めてないからね? そこ忘れないように」

「……わかってる」


 苦笑する澄に優しく微笑み、頭に手を置いて撫でる。


「だから、俺の手綱握りたかったらちゃんと掴みなよ。澄」


 すぐに撫で終え、茂吉は歩いていく。若干の早歩きに澄は照れているのがわかり、口元を緩めた。茂吉に呼ばれる前に急いで彼の後を追っていく。

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