5 陰陽師見習いは試験勉強

 シェアハウスのリビングにて。多くの教科書をテーブルに広げて、メソメソと泣いている真弓がいた。


「うちも大道芸みたいわぁ……」


 苦手な勉強をやっている最中であり、ノートの上で涙目になっている。教科書片手に啄木は深いため息を吐く。


「あのなぁ……陰陽師のことが気になるはわかるが、そもそも十二月の初めに期末試験があるなら。真弓の場合は今のうちにやらないと間に合わない。授業をしっかりと聞いてたのは偉いけど、宿題や復習をやらないのはいただけないぞ」

「うぐ……」


 正論を言われ、彼女は黙る。啄木がついてからは陰陽師の無理な仕事はしていない。授業は眠らずちゃんと受け、規則正しく学生生活をしている。しかし、真弓は宿題や復習などはしていない。どうやら、やることがすっぽ抜ける。即ち、ど忘れしてしまうようだ。教科の科目ごとに興味あるのはいいが、宿題や復習をサボるのは良くない。

 啄木は呆れつつ、再度息を吐いて説教を続ける。


「興味を持つことはいいぞ? けど、宿題や復習をしないのは今後大変になるぞ。せめて、平均点近いか。少しは越えろ。あの梅雨の奇跡を見せてみろって」


 陰陽師業の中止を言い渡された追試のとき。平均点を超えたあの日。兄の葛や友人の重光からは梅雨の奇跡と呼ばれている。火事場の馬鹿力というべきか、真弓自身も驚いた。あの力を出せるかどうかは、真弓にはわからない。


「……でも、啄木さん。あれは……陰陽師のお仕事がしばらく禁……」

「期末乗り越えたら、陰陽師に関するご褒美。乗り越えられなかったら、葛と話してしばらく陰陽師の仕事に関わるの禁止にしてもらうことになってる」

「もー! そういう事言うんやからぁ……! も~やるよ……!」


 禁止と言われてしまえばやるしかない。陰陽師も好きというのもあるが、少しでも被害を減らしたいという気持ちから動いている。禁止といえば、啄木は本当に禁止にさせるので容赦がない。

 仕方なく、彼女はノートと教科書に向かい合う。啄木は少しだけ微笑した後に教えていった。

 今日やった科目を丁寧に教え、一科目終えると真弓は息をつく。休憩に入る。啄木は飲み物を淹れ直そうと立ち上がった。

 真弓はふぅと息をつき、時計を見る。

 本当ならば運動部で部活動するはずだが彼女は自分の意志で退部した。陰陽師に狙われる恐れもあり、前のように狙うのであれば校内に侵入する可能性もある。流石に、お世話になっている同級生が迷惑被るのは我慢ならない。

 進路の一つを失ってしまったのは惜しいが、頑張るしかないと真弓は拳を作る。甘い匂いが漂ってくる。ココアの香りだ。


「ココア、できたぞー」

「あっ、ありがとう!」


 目の前に置かれる。啄木も同じココアのようだ。近くに座り、啄木もコップを口づけて飲み始める。眼鏡が曇りつつある様子を見ながら、真弓は何気なく話す。


「啄木さんって……気遣いできる男ってやつだよね」


 言った瞬間、啄木は不敵に微笑む。


「褒め言葉として受け取るが、気をつけろよ? 真弓。

配慮や気遣いって信用や信頼を生むための行為でもある。相手方を利用する第一歩。詐欺やスパイがよく使うんだ」

「……な、なるほど」

「俺達の場合は自然とできるように教えられているだけだ。けど、立場は裏組織だから普通に嫌がれよ」

「えっ、普通にいい人すぎる啄木さんを嫌がれとは無理では?」


 今までの経緯と啄木の性格の一面を知る真弓は正直に言う。正直の感想に啄木は言葉をつまらせ、頬を赤らめる。


「俺はいい人じゃないって。ったく、ココア飲み終えたら休憩終わりにするぞ」


 強引に話を終わらせられ、真弓は少しだけむっと不満げな表情を見せる。が、今は話が聞けるチャンスであり、啄木に真弓は質問をする。


「はい、啄木さん。創作怪談の怪異について。気になることあるんだけどいいかな?」

「ん、どーぞ」


 啄木はココアを飲みながら挙手する真弓に返事をする。許可が下りたことで、真弓は気になっていた質問を話す。


「今回の『儀式』シリーズもそうなんだけど……創作の怪異というよりも伝承に伝わる妖怪は元々材料とかあれば簡単に作れるものなの?」


 質問に啄木は首を横に振る。


「いいや、非常に難しい。材料が揃っていても作り手の技量が伴ってなければ難しい。特に力の強い妖怪や特殊なものとなるとさらに技量と材料はエグくなる。無茶と難易度を例えると、現在作り方の詳細がわかってない真な曜変天目茶を今すぐ量産しろって言ってるようなものだ」

「……ようへん……? ……あっ、あの国宝の! 茶碗の中身がキラキラのやつ。確かに作るの難しそう……!」


 授業で受けたものであり、真弓は思い出して話す。曜変天目茶碗は国宝の指定されている貴重な茶碗。現存するものは少ない。贋作を出回らせる事はできても、真作を大量生産するのはできない。できたときでも、職人や専門家がいないと難しい。

 理解した真弓に啄木か話す。


「例えをわかりやすく言うと、労力と費用と時間がかなり掛かるし作るのは難しいんだ。そして、創作怪談は話自体が本体。更にわかりやすく言うと、創作怪談がレシピで怪異が料理。組立図が創作怪談で出来上がったものは創作の怪異といえる」


 創作の怪異は、創作話自体が本体である。素があれば筍のようにできてくる。だが、創作の怪異ができるのはその話自体の認知度による。低いものであればあるほど、その怪異は生まれにくくある。『儀式』シリーズはあえて事件を引き起こし『あの都市伝説が現実に起こっている』と認識させる。不安にさせることで、認知度を上げているとも言えよう。

 インターネット社会が普及していくたびに、怪異は増えるであろう。真弓は厄介さにげんなりしていると、彼は複雑そうにマグカップを握る。


「……ちゃんとした材料があれば強力な怪異は生み出せるといえば生み出せる。……が強力である分……存在が不安定になるケースもあるが……」


 不安そうに話す。彼に真弓は不思議そうにしていると、表情をすぐに切り替えて話題を戻す。


「悪い。話を戻すと強力である分、その怪異を作れるかどうかははっきり言って決まってる」


 啄木は鳥の形をした式神の形代を出してつぶやく。鳥の姿となって、部屋の中を飛んでゆく。


「九尾の狐、酒呑童子や『大嶽丸』などの三大妖怪。動物系から変生するもの、元より意志がある力から変異したものはまずできない。いまこの部屋を飛んでいる鳥が死んで何らかの過程を得て、妖怪に生まれ変わる。分かりやすく、これを変生型と言うか。だが」


 彼が指をパチンと鳴らすと、鳥は瞬時に鳥の形をした形代に戻り床に落ちていく。再度、啄木が指を鳴らすと形代は消えてた。


「あの『悪路王』のように俗説や諸説の多い妖怪などは、それぞれが異なる人格で生まれる。これは、誕生型と言おう。自然発生するものもこの型だな。あと『大嶽丸』がこの面に属していても誕生は難しい」

「あっ、そこはさっき言った曜変天目茶碗の例なんだ」

「正解。あの『大嶽丸』は鈴鹿山の賊徒と怨霊の魂が変生した形と言えるから変生型になる。けど、この面があるとしてもやるのは難しい。創作怪談もいくつか型が別れるけど、結構細分化されるから判別は難しいな」


 妖怪の生まれ方は大きく二つ。魂が変質するのが変生型。自然発生して生まれてしまうのが誕生型。真弓は近くにあるメモでわかりやすくまとめた。怪談ともなると、複合や全く異なる生まれ方をしているのは確かだ。

 今回の『儀式』シリーズは製作途中であるゆえに、どの方にも当てはまらない。穏健派のトップは何を企んでいるのか。真弓は上司の考えを知りたくなった。

 穏健派の方は『変生の法』を使ってたが、すぐに死んだ妖怪や怪異ではなく地獄から呼んだ魂を入れる。黄泉から釣り竿で釣り上げているとも言えよう。ガチャ要素や釣りに例えると俗物じみて、真弓はなんとも言えない顔をした。


「ガチャ要素ありとか……釣りとか……なんでも例えちゃだめだね……。『変生の法』の凄さがなくなってく……。法陣と力量ある陰陽師がいれば何処でもできるけど、これ……ただのお手軽ってことにもなる」


 啄木は失笑し、破顔してみせた。


「っはは。まあな。普通に使ってる豆電球とか、無線通信とか。今では当たり前になってるものが、昔はすごい技術だったりする。電話やスマホだって昔じゃあり得ないぞ?」


 言われ、真弓は気付いたらしく高揚させて何度も首を縦に振る。当たり前のものが昔ではすごかったのだ。見方によって凄くなる。


「質問の答えの総括は『材料と技量さえあればできる』だ」


 ココアを飲みながら答え、真弓はマグを両手に掴みながらいい顔をしなかった。


「こうして話すと、『儀式』シリーズを作り出す現状って本当に異常なんだね。……会長は何をしたいの……」


 微妙な立場にいることに真弓は苦しくも疑問が尽きない。思考の迷宮に落ちたように思え、甘いココアを飲んでいく。気付けばマグの中は空。真弓は飲み終えたら勉強すると思い出し、肩を落とす。そんな彼女に啄木の声がかかった。


「まだ俺が飲み終わってないから、休憩は終わってないぞ。安心して休憩しろよ」


 顔を向けると、啄木がたっぷりと残っているココアのマグを見せる。ココアを飲み終えたら、休憩の終わり。といったが、それは個人にとってではない。啄木の優しさに感謝し、彼女は「はい!」と元気よく返事をした。

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