5 兄と合流

 ドンッと家全体が揺れる。

 真弓は驚き、学生達はすぐに家の中にあるベッドの下に頭を隠した。揺れは一瞬だけであり、真弓は目を丸くしていく。しばらくして彼らはベッドの下から頭を出した。一人の学生は首を回す。


「い、今のは……?」

「あの、君たちなんで頭をベッドの下に隠したの?」


 疑問そうに真弓に聞かれ、学生の二人は物言いたげな顔をする。


「……えっ、お姉さん。地震とか揺れが来たときは、机か頭が隠れるような場所で頭を隠すの……知らないのですか? まず、頭を守るって教えられるのですが……えっ?

まさか、『おはしも』……おさない、はしらない、しゃべらない、もどらないを知らないわけ無いですよね……?」


 地域によって違う防災訓練の言葉。『おはしも』はおさない、はしらない、しゃべらない、もどらない。この単語の頭を取ってできたものだ。

 呆然と言われ、真弓はきょとんとする。


「えっ? おはしも? それ、ご飯を食べるものじゃなくて?」


 言った瞬間に学生たちはぎょっとし、困惑し始めた。


「えっ!? これ防災訓練の基本ですよ!? あの震災があったのに知らないなんて……お姉さん。地震のときは自分の身は自分で守らない駄目なんだから、本当に自分を大切にしないと駄目です!」

「ん゛っ!」


 年下から注意をされ、真弓は女らしからぬ声を出す。

 ぐさりと心にダメージを受け、効果覿面こうかてきめん。兄やその友人、啄木からもよく怒られて叱られているが、何気ない注意はかなり聞く。しかも、まだ中学になって間もない子から言われ効果は更に倍増だ。


「……た、確かに……確かにね……うん。確かにうん……そうだね……君たちの言うとおりだね……。おはしも……ね……絶対におぼえておくね……」


 切なげに言う彼女に少年たちは不思議そうに首を横に傾げる。廊下からバタバタと音がする。真弓たちは気付いて、廊下を見た。

 部屋の前から離れていくようだ。真弓たちが何が起きているのかは把握していない。だが、動けるチャンスができた。

 刀を腰にかけて、真弓は鍵を開けてドアを少し開く。廊下に化け物が居る様子はない。遠くに行ったらしく、動くなら今しかない。ドアを開けて学生の二人に声をかけた。


「二人とも、廊下に出れるよ。……この近くで脱出場所を探そう……!」


 少年たちは不安げだが従うしかなく、真弓と共に部屋を出ていった。

 紙と鉛筆を手に真弓は簡単に地図を作る。廊下の長さと部屋の位置を確認し、簡易な地図を作る。

 ドアを開けて部屋の中を確かめつつ、入室をする。

 窓を見る限り、彼女たちがいるのは二階のようだ。窓を開けられるか出られる場所がないかを確かめた。学生に開けられそうな場所を探してもらいつつ、彼らのいる場所一台を急いで調べる。

 調べる限り、窓は開かない。また最初に想定していた以上に中が広い。

 階段が二つほどある。中央にある階段と隅にある階段。中央の階段は大凶の相であり、家を立てるときに作ってはならないとされている。

 中央の方からはあまりいい気配がせず、中央の階段には向かわないよう三人に話す。

 瘴気しょうきが濃い部屋には入室せず、場所だけを簡単に書いて済ます。いつくかの部屋を回るが、最後の部屋で、人は窓を手にかけて両手で開けようとする。

 窓は開き戸である開く様子はない。

 押引でも開かず、元々固定されたかのように動かない。窓を強く叩きさやごと刀で窓を叩いたり、手身近なもので叩いたりするが効果はない。


「……うそだぁ……」


 一人の少年は泣きそうな声を上げて、彼らは腰をつく。異界化の影響で強度がましているらしく、真弓は頭を抱えたくなった。

 彼女は簡易地図を見直す。

 中央に階段、離れた端にもう一つ階段がある。中央の階段を取り囲むように、部屋があるが囲い廊下という悪い運を呼び寄せるもの。部屋の位置もよろしくない。また家具、かつてあったインテリアなども風水的にも大凶。意図的に悪くするように作られたのだろう。土地の相も重なって、確実に『ひとつなぎの屋敷』になる。

 目的の浄化は鬼門の位置に札を貼ることだが、地図を作ったのは鬼門の位置を確認するためだ。方位磁石はなく、鬼門の位置を把握は難しい。スマホやガラケーを持ってしても難しく、GPSも機能しない。通話機能もない。

 真弓は不安が襲いかかるが、彼女は頬を叩いて少年二人を驚かせた。


「ここは二階なんだ。一階がまだあるよ。……玄関なら出れるかもしれない。少し休憩したら、まずそこを目指そう」


 少年達は頷いて棚や椅子の上で一旦休むことにした。

 真弓は携帯の時計を見る。午後になってきており、日が高く暑い時間となってきた。少年の一人が不思議そうに声を上げる。


「けど……ここ……涼しいな。外の暑さが嘘のよう」


 少年の言うとおりである。

 中で暑さの影響を受けることはなく、涼しさを感じられた。外からの影響を遮断していると考えられる。『ひとつなぎの屋敷』の怪談の話では、入った途端に発狂してしまう恐れがあるという。怪談を語った主と仲間は強い守護霊に守られたか運が良かったのだろう。

 啄木から与えられた札で、真弓と近くにいる二人は影響は出ていない。しかし、長居は出来ない。少年の一人が静かに倒れるのを二人は目撃したからだ。真弓を目を丸くし、彼にしゃがんで駆け寄る。


「──君、大丈夫!?」


 身を起こすと、その少年は顔色を悪くして苦しげに胸を押さえている。Tシャツがじんわりと濡れるほどであり、明らかに様子がおかしい。


「い……ぃっ……あぁ……!」


 苦しげに声を上げる。一人の少年も駆け寄り、声をかけた。


静雅しずまさどうしたんだ!?」


 倒れた少年は静雅という名前のらしい。静雅は札の影響で少なからず守られてはいたが異界の影響は深刻だった。受け続けて、静雅は体調を崩したのだ。

 どうすればいいかとふっと考え真弓は息を呑み、歯を噛み締めた。

 すぐに己の愚かさに気付いたのだ。倒すばかりでは人は救えず、多くの知識と経験があれば彼を助ける術が思いつく。今彼女の出来るを考え、ポケットからハンカチを出して静雅の顔を拭う。上半身も拭けるだけ拭いて、ハンカチを仕舞う。

 育ち盛りの歳ではあるが、まだ真弓が背負える身長であるのが救いである。彼を背負い、少年に声をかけた。


「ええっと、君! 私からはなれないでね。出来る限り、急いで出られる場所を探そう。周囲に何かの来ないか見てて。その時の声掛けは静かにね!」

「……えっ、あっ……はい!」


 返事をし、少年はドアを開ける。真弓は周囲を見つめ、来ないのを確認して走り出す。移動はしにくくなるが、置いていくわけにはいかない。

 隅の階段に真弓は足を向ける。

 速歩きでむかい、学生に周囲の警戒を頼みながら向かう。気配は辿れなくとも、視界で見える。階段の近くまで来ると、角の物陰から影が見え学生の一人が声を上げた。


「! お姉さん! 階段から何か来る!」


 彼女は足を止めると、階段からその人が現れた。姿を表して、顔を見て目を丸くしていた。


「──っ真弓!?」

「おにい……ちゃん!?」


 葛であった。



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