6 今度こその作戦開始

 兄の姿に安心し、おぶっている少年を落としそうになる。真弓ははっとした顔で、すぐに抱え直した。葛は今の状況を見て、息を呑む。


「真弓。背負っているその子はどうした?」

「お兄ちゃん。あのね、この家の影響を少しずつうけて倒れちゃったの。……だから、出来るだけ早くこの子を外に出したいの」

「っそれは不味い。真弓。その子は俺が背負う」


 慌てて葛はおぶっている少年を背負う。身軽になったことにホッとするが、物陰が覆われることに気付き、真弓は振り返る。

 少年は汗や涙、顔から出ているもの全て出して震えた。葛も気付いて、顔を向けて表情を引きつらせる。真弓は気持ち悪いといったような顔をしていた。

 多くの人間が体の姿で繋がったような姿といえよう。文字や口に出すのもはばかられるほど、凝視したくないものである。


「「ひーひとーひーとひゅーまんひゅーまん」」


 四人に襲いかかろうとしている。啄木から言われたことを思い出し、真弓は急いで一枚の札を投げた。


「っ退魔たいま急々如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 札が光り、化け物はびくっと震える。

 

「「ひぃっ!」」

「っ! 早く逃げよう!」


 真弓は少年の手を引き、三人は急いで階段を下っていった。

 階段を降り、三人は一階の廊下に辿り着く。階段から離れていき、音を立てながら地を駆ける。背後から追いかけてこなくとも、なるべく距離を取りたいものだ。しばらくして、彼らは足を止めて息をつく。

 葛と真弓は息を切らしながら、周囲を見回す。

 追いかけてくる気配はなく、真弓が連れ出した学生はしっかりと近くにいる。

 学生は腰が抜けて床に座り、震えだして泣く。


「うわぁぁぁ──ん。もうやだよぉ、帰りたいよぉぉぉっ! おかぁーさん、おかぁさぁぁんっ!」


 涙腺や感情のせきが決壊して、ボロボロに泣き出す。真弓は壁によりかかり、涙目になっていた。


「……ひ、ひとつなぎの化け物……残酷すぎ……っ! 気持ち悪いし……なんで人がけったいなことに……!」


 妹の疑問に兄の葛は息をとぎらせながら答える。


「っ……ここに、入ったら……本当に、最後、なんやろ……!

けど、俺達が、こうして、意識を保って……はぁ……られるのは……啄木さんのおかげ……」


 真弓は啄木の札を出し、見つめる。

 啄木の用意した札のお陰で狂わずにいられる。彼がこの件で本格的に力を貸してくれなければ危うかっただろう。真弓は突っ込んでいった故に、後の啄木の行動を知らない。兄がこの建物の中にいる理由を知らない。

 息を整えてから兄に聞く。


「ねぇ、お兄ちゃん……なんでここに?」

「っ、緊急事態ともなれば、助けに行くだろう……。それに、今啄木さんがひとつなぎの化け物を引き付けてくれてる。その間に、こいつらを外に出すって話になった。合流してこいつらを外に出したら、連絡用の式神をとばせとのことだ」

「……うん、なるほどね。把握したよ。お兄ちゃん」


 教えられた内容を真弓は理解した。

 啄木からも二人の救出を優先しろと遠回しに言っている。心配するが、啄木がおとりとなっている時間を無駄にするわけにいかない。葛は息を整え終えたあと、二人に声をかける。


「……とりあえず、ここから出るぞ。お前もそれでいいな?」


 泣いている少年は黙って頷き、真弓に手を引かれながら歩きだした。

 兄妹は少年の嗚咽おえつを聞きながら、気配を探りながら向かう。

 すると、また大きな揺れが建物全体に伝わる。急に気配が鮮明となり、化け物の気配が中央に向かっていく。

 中央の階段がある場所であろう。今と先程の揺れは啄木が引き起こしたものらしい。行かなくてよかったと、真弓は息をつく。

 中央階段に向かえば、確実にひとつなぎの化け物と遭遇していたからだ。

 窓から差し込む光を浴びながら、彼らは長い廊下を急いで走る。

 神経を研ぎ澄ませば、悲鳴が聞こえてくる。異界化した建物にいる化け物も騒ぎに駆けつけるはずだ。


「……見えた! 玄関だ!」


 葛は声を上げる。真弓は見ると、開いている出入口から光が差し込み心地よい陽の気が入ってくる。

 葛は静雅をしっかりと背負い、四人は外に出た。


 空気が美味しく、家の中のように陰気で埃臭さがない。

 山から見下ろす町並みは変わらず、青々とした山と煌めく駿河湾するがわんの海。空は少しずつ夕暮れの時間となる色に変化しつつある。外に出れて、二人は胸を撫で下ろす。門前で車が止まっている。

 車のドアを開けて重光が出てきた。


「葛、真弓ちゃん!」 

「重光か。……良かった。こいつらを預かって欲しい。一人は家の影響にやられて、一人はもう恐怖で完全にだめになってる」


 葛は背負っている静雅という少年を葛に託し、真弓は泣いている少年を塀の外に出す。重光は静雅の顔を見て険しい顔をした。


「っ……こいつは……不味いな! 待ってろ。確か、啄木さんのバッグに清めの水がある」

「えっ、そんなのあったのか……?」


 呆然とする相方に重光はあるものを手にして見せる。啄木に渡された同じ式神だ。


「この式神が飛んてきて、伝言が書かれてたんだよ。ほら、『影響受けたやついるならバックの中にある清めの水を飲ませろ』って」

「……すごい。万全だな」


 何か起こることを想定して、陰陽師側で起こりそうな問題の準備をし終えているようだ。葛は感嘆し、重光は少年を抱え直す。


「この子を涼しい車内で寝かせる。君も一旦車の中に乗るよな?」


 少年は鼻をすすって頷く。重光は車を開けて、静雅は後部座席に座らせる。車内からは嬉しそうな声が聞こえた。残された少年が不安げになっていたようだ。助けられた少年は車に足を向けるが、兄妹に振り返る。


「あの! お兄さん、お姉さん……!」


 大声で呼び、彼は涙目になりながらも頭を下げた。


「助けてくれて、ありがとうございます! それと迷惑を掛けて……本当にごめんなさい……!」


 感謝と謝罪を述べ、少年は背を向けて車の方に向かっていく。

 しっかりと感謝と謝れるらしく、少年は悪い子ではないようだ。兄妹は微笑み合い、葛は懐から式神を出す。


「……とりあえず、連絡用の式神を送るぞ! 送、急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 葛がドアに向かって投げ飛ばし、闇の中に消えた。

 待っている間、葛は車の後ろの荷物入れから羅針盤を出す。磁気が効かない場合、特殊な羅針盤や太陽の位置で方角を確認するしかない。

 その間、何があったかを真弓が簡潔に話す。

 数分の内に、闇から白い紙の鳥が飛んでくる。早い様子に驚きつつ、葛は式神を二本指で取る。ボールペンで書かれている内容を二人は視界に入れた。


【良くやった。俺は引き続き、おとりに専念する。作戦の遂行だ】


 作戦開始の合図とも言える手紙。葛と真弓は顔を見合わせ、武器を手にして再び屋敷の中に入っていった。

 玄関の近くにいると遠くから悲鳴が聞こえ、衝撃が何回も伝わる。かなり激しくしているようだ。何体かの邪悪な気配をするものが啄木の方に向かっている。


「まず、一階だ。真弓。簡易的な地図と羅針で鬼門裏鬼門の確認を」

「うん!」


 二階の地図を向きに合わせ、中央に羅針をおいて兄妹は位置を確認する。部屋の中が広く、天井が高くなっているのが救いであった。ねじれていた場合、時間だけが消耗する。

 簡易地図を作って正解であった。部屋の位置を確認し、葛は横に顔を向ける。


「二階がこうなら……一階での鬼門はあっちか」

「まずどうする? おにい。二手に分かれる? 一緒に行く?」

「……啄木さんの体力の消耗を考えたい。が……いや、こういう判断本当は良くないんだが、まだ化け物の悲鳴が何度か続いているから大丈夫のような気がするんだ……」


 よく耳を澄ませば、遠くから「痛い」など「ひぃぎぃ」など悲鳴のお祭りが止まってない。兄妹は一筋の汗を流し、息を呑む。

 体力がよく続くと。ひとつなぎの化け物におとりになるだけで凄いはずが、啄木の実力は二人にとって予想以上であった。

 葛は妹の顔を見て聞く。


「一緒に行くか?」

「うん、ひとつなぎの化け物と遭遇したら直ぐ退魔の札を投げて、逃走……だね?」

「ああ! よし、じゃあ行くぞ!」


 三善兄妹は共に廊下の奥へと向かっていった。



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