7 二人組の仲の良さ

 三善兄妹が囚われた少年を助けている最中。啄木側では。

 エントランスのように広い空間にまだ彼はいた。変化をした啄木は浮かびながら部屋の周囲を見つめる。

 床にはピクピクと動く足。刻まれた手。ひとつなぎの化け物の胴体のすべて。ひとつなぎの化け物が細かく切り刻みれながらも微動している。

 一匹その虫が入れば百匹はいるというあの虫の生命力以上だろう。足と手がくっつこうとビタビタと動き出し、床に落ちている目玉が勝手に動き周囲を乱す。詳しくは言えぬほどのグロテスクな光景。目にも当てられない光景を目にしても、なお啄木は淡々と分析をし続ける。


「ひとつなぎの化け物はこの状態で生きてるってことは……やっぱり内容どおりか。哀れなもんだ」


 啄木は刀を構え直し、背後にいるひとつなぎの化け物。真弓と葛が遭遇した化け物である。彼は振り返りざまに刀を振るおうとする前に、耳元で声を聞く。


《僕も居ること、忘れないでくださいね?》


 刀をピタッと止めると、何もない場所から黒い手袋をした両手が現れひとつなぎの化け物の動きを止めている。


「「うごかな、うごかな、い! なんで、なんでっ!」」


 複数の口が動き出し、啄木は何もない場所に声をかけた。


「忘れてないって。というか、最初から手伝えよ。あの二人を誘導するくらいできるだろ」

《仕事の範疇はんちゅう外ですよ。それ》


 安吾の両手のようだ。部屋の中で安吾の声が響く。


《そもそも、処理をするのが僕たちの仕事で手伝いは仕事じゃないですよ》

「はい、本音は?」

《ええー、それじゃあ面白くないじゃないですかー》

「……今、八一と茂吉が揃ってなくてよかったわ……」

《お望みなら、やっちーともっきーを呼びますよ?》

「やめろ。団子」

《安吾です!! 食べたいのはみつかけ団子ですけどね! 買ってきてください!》

「直球に要求述べんなよ!? みつかけって青森じゃねぇか!!

静岡から遠いし、ぜってえーにイヤだよ!」

《随分前に長崎のカステラ所望した人にいわれたかねぇーですよ!》


 ギャンギャンと漫才が繰り返される中、ひとつなぎの化け物は呆ける。

 しかし、啄木は刀を構え直し、化け物の胴体を斜めに斬りつけた。化け物は切りつけられ、安吾の両手により掴まれた胴体はぐしゃりと握り潰される。

 上半身と言える胴体が折れ、両手が風景に溶けて消える。潰されたものは床に落ちていき、化け物は手足を動かして「痛い」と声をあげながら苦しむ。

 漫才をしているからとはいえ、油断しているわけではない。目の前にいる化け物なんぞ方法問わずに殺すのが可能というだけだ。


「……おっ」


 啄木は驚きの声を出し、廊下の方に顔を向ける。勢いよく飛んでくる式神を指でとり、その式神を見た。

 僅かに葛の霊力がまとっており、啄木は安心したように息をつく。


「……これが飛んできたってことは、助かったってことか。良くやった」


 刀をさやに収め、啄木はボールペンを出す。


【良くやった。俺は引き続き、おとりに専念する。作戦の遂行だ】


 作戦開始の合図とも言えるものを送られた式神に書き、ボールペンを宙に仕舞う。


「送」


 言葉とともに啄木は式神を飛ばし、啄木は肩を回し背伸びをした。


「──っさーて、もう一働きしましょうか」

《啄木。僕も少しだけサポート、いたしましょうか?》

「してくれると助かるけど、面白おかしく助けるなよ?」

《善処します》


 日本人でも信用できない言葉の一つである。啄木は長くため息をつく。彼に切られたひとつなぎの化け物が手足を使いながら、周囲のものとくっこうとする。


「「ひーとひーと、ひゅーまん、ひゅーまん、れぇんれぇい、れぇんれぇい、いーんがん、いーんがん、ひーとひーと、にんげんにんげん」」


 ペタペタと切られた仲間の部分もくっつこうとし、手にしては口を開ける。

 切られた下半身もおぞましい行為を行い、ひとつなぎになろうとしている。化け物はまだ啄木を人間と判断しているらしい。頭を掻いて、啄木は刀のさやを握る。


「人間じゃなくなった化け物に人扱いされるのは勘弁だ」


 本心からの言葉を吐く。太刀を構えながら啄木はひとつなぎの化け物に向かって飛ぶ。





 啄木が時間稼ぎをになっている間、三善兄妹は北東──鬼門の方向に向かう。そこに部屋がある。ドアは既に壊れて外されている。化け物が通ったのだとわかるが、遠くから見えた部屋の中を見て二人は嫌な予感しかしなった。


「……真弓。鬼門、裏鬼門の通りに作ってはいけない部屋は?」

「欠けとか関わって、専門的になるけど……基本的には玄関、キッチン、トイレやお風呂などの水回り。つまり……あそこは……」

「「キッチン!」」


 二人は部屋の中を確認する。設置されているシンクや家具がネジ曲がっている。暗いエフェクトが掛かっているようにも見えた。見た目は不気味だと思う程度。しかし、充満している瘴気は宜しくない。

 瘴気も濃く、葛は舌打ちをし真弓は顔を顰める。

 鬼門の方にあるキッチンの部屋には、危険な毒ガスが充満していると例えることができる。防護服やガスマスクなど完全防備をしなくてはならない。部屋に溜まっている瘴気は人体に影響があるといえよう。瘴気が強い部屋の入室は防護服代わりとなる啄木の札がなければならない。


「真弓、入る前に確認な」


 葛は懐から人形の式神の紙を出す。小さく呪文をつぶやき、その人形の式神をゆっくりと離す。

 ふわふわと式神は部屋にゆっくりと入る。

 真弓は前に啄木と話したカナリアのことを思い出す。昔の日本と海外の炭鉱では、毒ガス検知としてカナリアがよく使用されていたと。炭鉱のカナリアと言われ、葛の放った式神はカナリアの役割を果たしている。


「お兄ちゃん。もしかして……炭鉱のカナリアみたいなもの?」

「ああ……と言っても、まさか真弓の口から炭鉱のカナリアが出るとは……」


 目を丸くして衝撃を受けている兄。真弓は心外だと顔を赤くして怒る。


「啄木さんのお陰だけど、ここ最近ちゃんと勉強してるんだからっ!」

「悪い悪い。そうだ、これは検知器のようなものだ」


 葛は部屋の中を移動する式神を見て教える。


「瘴気が濃いのは分かっているけど、何処が溜まっているのかを探したい。式神が瘴気に当たれば、動かなくなる。その瘴気が溜まりやすい場所に札を設置する」


 兄の説明に妹の真弓は頷く。啄木の用意した札の威力は強い。異界化している原因となる鬼門の箇所から一気に浄化のするつもりなのだろう。ふわふわと漂う中、式神は部屋の隅に止まる。ほぼ北東であり、鬼門の位置そのもの。動きが止まった式神はハラハラと床に落ちていく。

 場所を見つけ、三善兄妹は部屋の中に入った。



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