4 囮という名の鬼

 啄木と葛は家の中に入る。

 廃墟で年数も経っている故、彼らは土足で踏み込む。廊下は広く軽々と太刀が振るえる。天井の高さも見上げると、アリぐらいほどの小さなのシャンデリアが見える。

 入り口から漏れる明かりが、玄関の周囲を照らす。しかし、奥に入るたびに闇が深そうな部分があった。

 奥から出てくる様子はない。直接漏れ出す陽の気に触れたくないようだ。彼らは廊下を歩いていく。

 廊下の所々に酷く血で汚れた跡がある。壁に床、高い天井や廊下にあるインテリアや転がっている様々なゴミやものなどに。この家にないはずのそれぞれの時代を象徴する携帯やバック。服やくつなど。ここ最近のものなどがある。


 どれだけの人間が入り込み、どれだけ取り込んだのか。啄木は把握しきれなかった。


 家の中を歩き回っているが、陽の気の代表である太陽光は平気のようだ。逆に言えば家の中にある負の気が勝って浄化しにくい。


「……」


 啄木は足を止めて気配を探った。家の中にいる化け物は来訪に気付いて、何体か後をつけてきている。しかし、闇の奥で息を潜めたままだ。本能的に警戒をしているらしく、動く様子もない。

 その隙に啄木は真弓の持つ札の気配を探る。

 禍々しい中、清浄な力を放つものを感じる。部屋の前にいる化け物は、彼女の持つ札の存在に気付いて部屋に閉じ込めたのだろう。頭がある程度回るあたり、人としての知能はある。人の倫理があるかは不明だ。

 部屋の中に真弓とは別の気配がする。禍々しくなく清浄でもない。人の生気を感じ、取り込まれた学生二人だと啄木は判断する。部屋の前には化け物がおり、下手に出れないのだろう。

 狂う前にまだ子供である学生二人を外に出さなくてはならない。

 学生二人を真弓一人で守られる気がせず、思い付く最善策は一つしかない。啄木はメガネをかけ直す。

 葛は周囲を見回して、苦々しい顔をしていた。


「……中に入るとわかりますけど、禍々しいですね……」

「ああ、けど、油断するな。向こうはこちらに気付いて後をつけている」

「……ええ、わかってます。……けど、どうしますか?」


 頭をかく彼に、啄木は提案をした。


「方法はないわけではない。俺が化け物を引き付けるおとりになる。その間、葛には真弓を探してほしい」

「なっ!? 何を言ってるのですか!? 分散するのは良くないです……!」

「まーな。正しいといえば正しい」


 葛の反応に啄木は同意して微笑み、闇の奥を睨む。


「けど、相手は人の部位をくっつけた化け物で、人を見つけ次第に襲う。そして、合成しキメラにして仲間に増やそうとする。あんな奴らが、簡単にこの家での自由行動を許してくれるとは思えない。なら、先に葛が妹の真弓と合流した方がいい」


 口角を上げ、啄木は朗らかに告げる。


「相手を引き付けておくことはできるさ。だから、行って来い。真弓のお兄ちゃん。俺は大丈夫だ」

「──……っ。いえ、わかりました」


 葛は否定をためらい、悔しげに頷く。

 抗議の意見を言う心意気に啄木は褒めたい。しかし、現状において啄木自身が提示した方法が最善だ。葛は最善を理解し、悔しくも了承したのだ。

 労いをこめて啄木は相手の肩を優しくおいて、懐から鳥の形をした紙を一枚出す。


「合流したら、この二人を先に外に出すように。異界化で電波もなく、電話は通じないだろう。合流して外に出たら、この式神を投げ飛ばしてくれ。確実に俺に届く」


 葛は受け取ると、啄木は彼の額に人差し指を当てる。


「これから、隠形の術をかける。俺がおとり役をこなせるためにかけさせてもらうが三分しか持たない。できるだけおとりになるけど、敵に見つかったら退魔の札投げて逃げろ。やばかったら、仕方ないから手にしてる俺の札を使え」

「……っはい!」


 頷く葛に、啄木は破顔し術をかける。


「隠形」


 葛が一瞬だけ光と、葛の姿と気配がなくなった。

 啄木は彼に強めの術を掛けた。サーモグラフィーなどの機械でも見つかることはできない。気配などで辿ることも不可能。方法は野生の勘か直感のみ。


「さぁて、やるか!」


 啄木は刀を抜いて真っ直ぐと駆け出した。


 葛が居るであろう場から離れていく。


 窓から漏れる光を通り過ぎゆくうちに、闇が見える。

 暗い場所らしく、広い空間に出た。地下と二階に繋がっているが、高さと広さが高校の体育館並の広さがある。そこの広間にいる複数の化け物を視認する。


 怪談『ひとつなぎの屋敷』に出てくる化け物達ばかりだ。


 一体は顔に手足を花のように生やす化け物。そいつは手をのばす。骨、関節、筋肉を無視して伸びてくる。啄木は興味深そうに観察する。

 伸びてくる無数の手を啄木は飛んで避けた。

 ドンッと強い音だけがし、横の壁の上を走る。啄木を捕まえようと多くの手が伸びていく。その度、啄木が走る速度を上げ、捕まらぬようにする。多くの足も伸ばし、彼を覆うとする。化け物は檻のように閉じ込めようと考えたようだ。

 啄木は刀の握る手を強くし、一瞬だけの鋼の三日月を描く。六本ほど足を斬り落とされる。


 襲われながら啄木は分析をする。

 出血なし、再生なし。骨、関節、筋肉に変化あり。先程の衝撃は容易に人の内臓を破裂させる程の衝撃。

 血は出し尽くした模様、繋ぎ合わせを繰り返し、出さなくなった可能性あり。

 壁に穴が空いた様子はなく、異界化の深刻さと強度がわかる。


「つか、まら、ない。つか、まらない。いたいいたいいたい」


 手足顔の化け物は彼を捕まえきれぬことに驚く。啄木は床に降り立ち、太刀を仕舞って冷静にメガネをかけ直す。


「……一体だけ本部に持ち帰って解剖を任せてもいいもな……」


 ポツリと呟く。背後に別の人繋ぎの化け物だが現れる。ハリセンボンの如く無数の顔が大きな肉玉についおり、ケタケタと笑う。


「「あははっ、ひとひとひゅーまんつなぐひゅーまんひゅーまんひゅーまんひゅーまんひゅーまん!」」

「「ひとひとひとひとひとひと人人人人人ひゅーまんひゅーまんひゅーまんひゅーまん! つなぐがっちゃんこがっちゃんこごりごりべちゃごべちゃご」」


 啄木は首を少し向け、呆れたように話す。


「俺が本当に人間だと思うか?」

「「へ?」」


 きょとんとする化け物に、啄木は振り返りざまに勢いよく抜刀した。顔がぱっくりきれ、肉塊の一部がぱっくりと割れる。更に体を勢いよく反転させ、足と手を伸ばしてくる手足の化け物の一部を斬り裂く。


「いたぃいたぃぃぃぃ!!」

「いたいたいたいたいたいたいた!!!」


 大声を上げて動かなくなる化け物を見て、啄木は笑う。


「いい悲鳴。いい絶叫だ。これなら騒ぎに駆けつけて敵が来る。けど、これだけ異界化が深刻で建物に耐震性と強度があるなら……もっと暴れて引き付けてもいいかもしれないな」


 考えながら、啄木は刀の向きを直す。傷つけられていない肉塊についた頭が一つ離れる。


 啄木に食いつこうとするが、こめかみに向けて刀の柄で殴り飛ばす。

 壁に勢いよくぶつかると、流れるように太刀をさやに納めた。瞬間、十数個の頭が火の玉のごとく襲いかかる。大きな口を開いて飛びかかっており、食いつこうとしているようだ。

 飛びかかってくる複数の頭を見て、啄木は冷静に分析をしつづける。


「肉塊についている頭も生き物、個体としての扱いか。なるほど」


 啄木は太刀の柄を強く握り、勢いよく抜刀して一つの首の頭を真っ二つ縦に断切する。太刀の柄で一つの化け物の顔を、全身を動かして押して突き飛ばす。押したと同時に、啄木のいた場所にはいくつもの顔がぶつかる。押すと同時に、場所を移動したのだ。切られた化け物のは床に落ちた。


 遠くからやってくる複数の足音と物音が近付いてくる。


 ここに葛がいる予感はしない。また葛の気配を感じなくとも、彼の持つ札の気配でわかる。この部屋とはだいぶ離れてきている。

 本格的に闘える。手の中から白沢はくたくを模した身隠しの面を出す。


「……三人は俺を自分たちと同じ救う側だと思ってるかな」


 顔につけ、啄木は苦笑したように声をだす。


「けど、悪い。俺は救うより殺す側なんだ。人でなしにはひとでなしのやるべきことがある。……早くことを終えろよ。葛、真弓」


 変化をし、啄木は殺気とともに組織の半妖として正体を表した。






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