3 若いうちの誤りにも限度がある
彼らに駆け寄り、啄木は三人に声をかけた。
「おーい、君達!」
「……えっと、なんですか?」
声をかけられ、三人の学生は驚いている。地元の学生らしく、中学に上がりたて学生のようだ。啄木は目線を合わせて三人に話す。
「ここに何しに来たんだ。あそこの家は、よろしくない場所だぞ」
「それは知ってます。でも、俺たち、度胸試しをするためにどうしてもあそこにいかなきゃならないんです!」
必死に話す彼に、啄木は呆れる。
若気の至りというやつである。また所有者の許可なく入るのはただの不法侵入だ。啄木達は正式に依頼と許可を得て家に入る。説教を始めようとして、彼は気付いて顔を上げる。既に二人の学生が塀を越えて、玄関近くに来ていたのだ。
調子良さそうな男子の二人組が、不満げに声を上げる。
「おーい、何やってんだよ!」
「そんなおっさんに構ってないで早く」
啄木は目を見開き、怒鳴る。
「ばかもんがっ! 早うそん場から離れ!!」
「はっ?」
男子が玄関のドアノブをつかんだ。バンっとドアのほうが勢いよく開く。闇の奥から多くの手が現れ、二人組の男子をつかんだ。
「へ……?」
「えっ」
間抜けた声と今起きている有様に真弓は顔色を悪くする。妖怪に人が襲われているさまは彼女にとって耐え難い。
「っ! 駄目!」
刀を手にして、真弓は反射的に車から出ていく。
車に乗っている二人は言葉を失い、葛も出る。コンクリートの道路を勢いよく蹴って、少女は家の玄関へと向かう。真弓は勢いよく啄木の横を通り過ぎていった。
「っ真弓!?」
啄木は驚愕し手を伸ばそうとするも、追いつかない。
「やめろ、真弓っ!」
制止を聴かずに真弓は塀を飛び越え、玄関に向かって突っ込む。
「間に合えぇ──!」
真弓も闇から出る手に掴まれる。学生の男子とともに、玄関の闇の奥に飲み込まれていった。啄木が塀を飛び越え、玄関に行こうとする。
ドンッと彼より早く玄関のドアが閉じられた。
閉じられた音は響いて、彼らの耳に残る。啄木はドアを開けようと取っ手を手にするも、鍵がかかったかのように開かない。音がする程に拳を握った。
「っくそ!」
勢いよく玄関のドアが殴られ、ドアには拳の跡が残る。葛は門前で止まり、顔面蒼白に立ち続ける。
「……真弓……うそ……だろ……」
唯一の肉親である妹が怪異に飲み込まれた。ショックも大きくその場で膝から崩れ落ちる。一連の流れを学生の一人は微動もせずに瞠目していた。重光は遅れてやってきて、現状に息を呑む。
「……っそんな」
重光は少年を見ると目が合い、慌てる。
「……えっ、ち、違う! 俺のせいじゃないです! 俺は悪くないです!」
必死に少年は声を出す。葛は顔を向けて、ゆっくりと立ち上がった。眉間にシワを寄せ、その学生の胸ぐらをつかんだ。彼から放たれる怒気は重光でも引くものである。真弓が勝手に突っ込んだだけであり、彼に非は少ない。完全に八つ当たりに近かった。
葛は凄まじい剣幕で学生に口を開く。
「俺は悪くない? ふざけな。あんたらがいちびって、こないな場所に来るからだろ」
怒りのあまり素で学生に当たる。相手の怒り様に学生は怯えた表情を見せ、相方の行動に重光は必死で止める。
「葛、やめろ! この子はなんも悪ないやろ!」
「……っ……わかってる! わかってるが……」
理不尽な八つ当たりに、それぞれの過失。彼らのやり取りを聞いて、啄木はふっと真弓と話した時間を思い出す。
海原百鬼夜行の時期。彼女に少しだけ過去を話した時。自分が何のために医師になったのかの目的を少し明かした。
彼は口を開いて、問いかける。
「治す為に、死なせない為に、生きてほしいが為に、俺は医師となって力をつけたのに。俺はまた何もできないのか? ──
湧き上がる怒りと共に目を大きく見開き、
がつんと鈍く大きな音がする。
その音で三人は目線を啄木に向けた。驚愕の目を向けられて、啄木は凛々しい唇を動かす。
「──あまりその子を責めてやるな。非が大きいのは俺だ。俺が責任取る」
啄木は笑顔を浮かべず、淡々とした表情で太刀の柄を握る。
彼は責任を感じ、己に怒りをぶつけている。目付役を頼まれ、守ろうと誓った自身がすぐに守れない。動こうとしなかった自身への怒りが強かった。
勢いよく啄木は太刀を抜く。
目の前の玄関のドアに多くの鋼色の線が描かれ、一瞬で消える。啄木は太刀を振るって向きを直し、
瞬きする間もなく行われた神業に三人は息を呑む。啄木は眼鏡を掛け直しながら葛と重光に向いた。三人はびくっと震える。静かになった場で、啄木の底冷えした怒りの声色を聞く。
「重光。手渡した札を葛に渡してくれ。そして、その子の保護を頼む。
──葛。俺と一緒にあのあほを叱りに行くぞ。行く気はあるか?」
怒りの表情すらなく真顔。目に光もなく、奥に殺意だけが宿っている。穏やかで人のいい啄木が怒るとは予想しない。己を上回るほど怒りを見せられ、葛は息を呑む。
啄木は再度ゆっくりと聞く。
「葛。もう一度聞く。俺と一緒に真弓を叱りに行く気はあるか?」
問に葛は我に返って、頷く。
「──ええっ、行きますよ! あの
頷く彼に、啄木は背を向ける。
「ならば、まず重光から俺のやった札を貰え。作戦は変更だ。貰ったらついてこい!」
「はい!」
葛に重光に駆け寄り、男子学生に謝罪しつつ札を貰う。啄木は受け取ったのを見た後、玄関の入り口を見る。土間があるはずが、暗くて何も見えない状態となっている。
異界化の深刻さに啄木は舌打ちしつつ、その家の中に足を踏み入れた。
真弓は気付いて身を起こす。
ベッドや本棚のある部屋だ。建物の外観にしては部屋の中が広い。ホコリを被っており、壁や床はシミができていて年季が出ている。部屋には取り込まれた男子が二人いた。彼らも倒れており、真弓は慌てて一人を起こす。
「ねぇ、ねぇ、起きて!」
「ん、ん……? っわぁぁぁっ!!」
男子学生は目を丸くし勢いよく起きて下がる。
ごんっと音がする。勢いよく壁にぶつかったせいか後頭部に打ったようだ。頭を押さえる学生の音に気付いて、一人の中学生は身を起こす。
「えっ……なに……何処なんだよ……ここっ……!」
「ともかく落ち着いて! 二人共、変なところはない? 大丈夫?」
「えっ、あっ……う、うん……」
一人は頷き、頭を押さえていた少年もゆっくりと頷く。真弓は彼らから可笑しな気配がないことに安心し、立ち上がって周囲を見回す。
ドアノブをゆっくりと回す。鍵はかけられてないようであり、真弓は部屋にこっそりと鍵をかけておく。
禍々しい気配に覆われ、外にはペタペタと誰かが歩く音がする。ひとつなぎの化け物がいるのだろう。真弓の近くの手には刀がある。武器を取り上げられなかったのは幸いだ。
下手に動けず、居場所の把握できていない。
部屋を見る限り、昔の家の人が使っていたものだ。風水からみてよろしくないもの位置で置かれている。家の持ち主が風水や家相などの知識が囓った程度でないと、真弓は理解した。
よろしくない気配と足音が聞こえる。自ら外の化け物を引き付けて、二人を逃がそうかと考えた時だ。
【一息入れて考えるってことをしろ。命を大事にしろ!】
何処かで啄木に言われた内容を思い出す。何処で言われたかはわからないが、思い出せたお陰で彼女は熱くならずに済んだ。真弓は学生の男子に小さな声をかける。
「ねぇ、君たち。紙とペン持ってるかな。今、この家の中はとても広い。簡単でいいから地図を作りたいの。……あるかな?」
真弓の声掛けに、二人は沈黙をする。よくよく考えれば、彼ら個人で対処できるわけではない。困惑しながら一人の少年は頷いた。
「ありますが……」
彼が小声で話がらリュックからノートと鉛筆を出す。ノートの何も書かれていないページを剥がし、真弓に鉛筆と紙が渡される。
「ありがとう」
彼女は笑顔で感謝し受け取る。
窓から外を見る。車で登ってきた道路が見え、部屋の位置を確認する。床に紙を置いて真弓は隅っこに部屋の位置を記した。
彼らも集まり、一人の男子は言い当てる。
「……もしかして……この部屋?」
「うん、正解。……この中、だいぶ広くなってるぽいからわかるように。……けど、様子を
外に感じるおぞましい気配を感じ真弓は息を呑み、二人に告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます