2 知識って大切

 啄木達は重光の運転する車に乗り、目的の家の前にまでやってきた。

 周囲に家はなく、その家は塀に囲まれている。周囲に聞こえるはずの鳥の鳴き声が聞こない。

 目の前にある廃墟の門前にて。四人は何とも言えない反応をする。啄木は険しい表情でため息をつく。重光は頭を抱え、葛と真弓はあんぐりとしていた。

 普通の人からするとただの廃墟。しかし、陰陽師や退魔師からすると厄介案件だ。

 地元では、間違いなく心霊スポットと噂されるであろう。

 目の前にある豪邸とも言える家は、引っ込んでいる部分が大きくL字型だ。玄関の近くに大きな梅の木があった。庭は草が無造作に大量に生えており、西の方に水池のようなものがある。

 また換気扇がついているキッチンらしき場所は北東側にあるらしく、南西側には窓がある。

 素人からすれば、ただの廃墟。しかし、ある知識を豊富に持つものは見た瞬間にざわつく。

 葛と真弓は建物を見て、涙目になりながら。


「「……めっちゃ曰く付き物件じゃん!!」」


 声高に叫び、重光は顔を引きつらせて建物を見つめる。


「……これ、封印しか方法なくない? 丁幽さん、解体か浄化って言うけど……これ何年立ってるの? えっ、封印しかなくない……? もしかして、俺たち厄介案件押し付けられた!?」


 家の状態の詳細まで聞いていないようだ。できるだろうと思い、依頼した可能性もある。打つ手が封印しかない彼らに啄木は同情をした。


「……ここまで明らかな凶宅きょうたくは久々に見るな。しかも、家相と土地の相の地雷ふんでる……」


 手や顔に運勢を表す相があるように、土地や家にも相はある。

 土地の相を見てから、家の相を確認しながら建築をする人もいる。家相とは迷信というものもいるが、場合によっては侮れない。

 凶宅とは、その土地や家の相の凶になることを無視して立てた運の良くない家のことだ。わかりやすくいえば、鬼門に設置してはならないものを設置すること。例として、鬼門にキッチン、トイレなど水場があるのは良くない。目の前にある廃虚は、ことごとく家の相といえる家相の地雷を踏んでいる。

 鬼門と裏鬼門とは、鬼が出入りする入り口がある方向とされる。陰陽師でも忌むべき方向だ。

 葛は嫌そうな顔で目の前にある家を見た。


「……これ、完全防備していかなきゃならないやつじゃんか……」


 三人では手が余るほどであり、啄木自身が変化しなくては解決しない。

 この家全体が怪談化している可能性もある。危険ではあるが三人が引き受けた以上、できる限り彼らの手助けをしようと考えた。


「重光、葛、真弓。三人にはいくつか話したいことがある。よく聞くように」

「えっ、何?」


 真弓は瞬きをすると、啄木は三人に告げた。


「まず一つ。この家が怪談化している可能性が高い。恐らく、その怪談の内容は『ひとつなぎの屋敷』だ」

「ひ、『ひとつなぎの屋敷』ぃぃっ!?」


 啄木から教えられ、重光は大きな声を上げた。近くにいた葛は耳を押さえる。重光は顔色が悪く真弓は不思議そうに声をかける。


「し、重光さん。……どうしたの?」

「どないしたもこないにもあるか……! 『ひとつなぎの屋敷』って……ああっくそ! 聞いた内容全部その怪談に符号ふごうするやんかっ!!」


 重光は素で話だし、ポケットからスマホを出す。インターネットアプリを起動させる。葛と真弓にその内容を見せ、啄木もチラ見する。

 怪談図書館。有名な怪談だけでなく、マイナーなものも取り扱っている。内容を見て、三善兄弟は泣きそうになる。啄木は興味があるふりをして、声をかけた。


「それ、怪談図書館だよな。ホラー好きの間でだいぶ話題になってるって俺の友人が言ってたよ」

「はい。実はこのサイトの管理者は俺なんですよ。高校の頃から趣味で怪談を集めてまして、怪談の判別は仕事にも使えるのでこうしてサイト作ったんです。あっ、ちゃんと掲載許可は取ってます」

「へぇ、偉いな」


 啄木は感心するが、重光は悪路王でない。重光がサイトの管理者であるのはハッキングや調べたりすればわかるが、啄木が知りたいのは彼の近しき人物だ。

 重光はスマホにある創作怪談を見て、厄介そうにその家を見る。


「創作怪談の妖怪と現象は見ることも、誕生することも稀なのに……。発生条件……揃ったんだな」


 陰陽師や退魔師でも普通に関わりたくない案件だ。解決はできるが、面倒だからだ。啄木は落ち込む彼らを横目に見つつ、話を続ける。


「……まあ、その『ひとつなぎの屋敷』化してるってこと。あと、もう一つ。この家の中が異界化してることだな」

「異界化?」


 不思議そうに聞く真弓に啄木は首を縦に振る。


「この家自体が山の近くにあるせいか、……この家自体が妖怪の世界とあの世に繋がってるんだよ。だから、家の中が異様に広かったり、狭かったりする。例えるなら、ホラーゲームのようなギミックのあるマップを思い浮かべてほしい。これはギミックはなしのマップが、現実に起きできるようなものだ。あと、山は昔から信仰対象、異界への道とも言われる。つまりこの家自体が山の一部になりかけている」

「……それ、かなり面倒くさい奴……!」


 真弓は嘆く。

 退治や浄化ならばいい。しかし、深刻なものほど難易度が上がる。ランクでを例えるならば『S+』である。三人に厄介案件を持ち込まれたことに、啄木は謝罪をする。


「悪い。俺のせいだ。海原百鬼夜行の時に余計な支援しすぎたようだ」


 啄木と知り合いである彼らなら任せられると考え、流した可能性が高い。彼は責任は取るつもりだ。啄木は三人に提案をする。


「まず、周囲にこの土地の影響が及ばぬように結界を張ったほうがいい。まず話はそこからだ」


 怪談化しているならば、まず影響を出さぬように処置をすべきだ。啄木の意見に賛同する。彼らは虫除けスプレーをかけて、塀や家の周囲にお経の張り付いたテープや封印の札を貼っていく。

 四人で一時間かけて周囲に結界を貼り終える。見た目はより曰く付きのものになったが、先程より気持ち悪さは軽減した。


「……影響を遮断しただけでもよしだ。作戦会議をしたいが重光。車内でもいいか?」

「はい。むしろここに立ち寄らぬように見張るのもかねていいでしょう」


 下手な物好きもいる。炎天下での話し合いもできぬ上に、余計な体力の消耗もしたくない。

 四人は車内に入り、重光が車のエンジンを起動させ冷房をかけた。運転席に重光。助手席に葛。後部座席に啄木と真弓が座る。

 涼しくなった車内を見ながら葛は話す。


「そういえば、重光。冷房の調子が良くないか? それにこの車……前に比べて新品みたいだけど……」

「これ、前と同じ車で新品なんだよ。八月に入った途端、朝見たら俺の車と車のキーが急に新品同然になってて……。車内を見たら、手紙が一通あって『勝手に巻き込んで利用した詫びです。 狸より』ってあったんだよ」


 話を聞いた真弓は思い出して声を上げる。


「ああ、あの妖怪の狸さん。もしかしたら、会合のときに私を助けてくれた人かも!

けど、今の妖怪の狸さんは車を買えるほど人間社会に溶け込んでるんだね。凄いと思わない? 啄木さん」

「へぇ……いやぁ、侘びができる狸さんなんて凄いなぁ」


 啄木はにこやかに笑う。その狸は啄木の同僚であり、彼が太刀を手にしながら侘びをするように迫ったのだ。理由としては、その狸自身が引き起こした問題に彼ら三人を巻き込んだことだ。狸自身も反省しており、ちゃんと自腹で詫した模様。

 話題が逸れたが、軌道修正をかけて啄木は作戦会議を始める。


「依頼の目的である浄化と倒壊だが……」


 三人は顔を見合わせて、口に出す。


「「「はっきり言って無理」」」


 啄木は深く頷く。


「そう、家相と地相の地雷を踏んで穢れ又は瘴気しょうきを発生させてる時点で浄化はむずい。倒壊なんて、破壊工作は中が異界してる時点で無理だ。あと、火を放つなんてなんてもっての外。犯罪だし、山が近くにあるから被害の規模が大きくなる」

「……やっぱ、何度も聞くと無理難題なんだね……」


 真弓は苦しそうな顔をする。人の手てで解決するには何年もかかる。だが、組織の半妖である啄木ならばこの事態を解決に導ける。

 啄木は彼らに話す。


「確かに、無理難題だ。だが、その無理難題に期限があるわけじゃないんだろ?

だからこそ、一つずつ問題を潰していこう」


 彼の言葉に三人はゆっくりと頷いた。

 啄木はその解決策を話す。

 問題の解決の一つとして、まず家内の異界化を解くと。

 邪悪な瘴気しょうきや穢のせいで引き起こされたもの。土地の上にある瘴気しょうきと穢の浄化だけを行い、軽減させて異界を解く。また中にいる『ひとつなぎの屋敷』の化け物と戦闘は極力避ける。

 長年異界化してる中で、ひとつなぎの化け物が強くなっている恐れがある。相手をするのは厄介であり、退魔の札で動きを防ぐ。化け物は外に出れず、あの屋敷にとらわれるのだと。

 浄化に関して、啄木がこしらえた札を用意していた。あまり多く用意できなかったことに、啄木は悔やみつつも彼らに札を渡す。鬼門や裏鬼門に浄化の札を貼り付けて、家の中央にて力を発動させ異界化を解く。

 そこからの解決方法また検討していく形となる。

 話を聞いて三人は考え、葛は真剣な表情で顔を上げた。


「……これしか、なくないか?」

「明らかに、これしかないよな……」


 重光の言葉に啄木は渋い顔をする。


「けれど、苦肉の策だ。穏便な方法且つ人の手で解決するにはこれしか無い」


 人の手で解決する方法を提示したものの、一時しのぎにしかならない。真弓は難しそうに考えていると、自転車が車の横を横切るのがみえた。

 真弓ははっとして顔を上げ、啄木も気付いて運転席の車窓を見る。三人ほどの学生が門前におり、自転車に降りていくようだ。


「っ! 今の……!」


 真弓は慌てるが、すぐに啄木は戸を開けて出ていく。



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