1 夏の陰陽師は繁盛期

 八月の初旬。多くの学校は夏休みに入っており、真弓の通う高校も夏休みに入っている。

 皆は、夏といえば何を思いつくだろうか。お祭りに花火、向日葵にアイス、日差しの強い太陽にせみの鳴き声。夏の定番の海開きに肝試し。

 山では、川の近くでバーベキュー。清涼地などで人々は楽しむだろう。

 静岡県しずおかけん静岡市しずおかし清水区しみずく庵原いはら。山が近くにある山のふもとの地区だ。

 そんな昼間の時間帯。庵原山いはらやまにある寺にて。境内にある建物の待ち合い室で真弓は張り切っていた。両手にガッツポーズを作り、拳を強く握るほど。


「夏といえば、幽霊や怖い話など定番だけど、私達陰陽師にとっては稼ぎ時……!」

「同時に行方不明者や負傷者が出やすい時期だが、熱くなりすぎない。……はぁ……俺にヘルプが来た理由がわかったわ」


 啄木は眼鏡を布で拭きながら、納得して深い溜め息を吐いた。サマーシーズン故に、二人は夏服の私服姿となっている。眼鏡を掛け直し、啄木はメガネケースに布をしまう。真弓は不思議そうに啄木に話す。


「けど、お兄ちゃんと重光さん。なんで私達をここに置いておくんだろう」


 葛と重光の二人も来ているが、別の部屋にて依頼人と話している。

 現在、ソファで啄木と真弓は座って待っているのだ。本来啄木は呼ばれるべきではないが、真弓のお目付け役として頼まれて同行している。

 啄木は仕事上察しがついており、簡単に教えた。


「口外出来ない話もしているからだろう。恐らく、裁判沙汰になりかねないものだ」

「裁判沙汰……? 退魔師のお仕事でそんなあるの?」


 真弓はきょとんとする。人を救うこと以外考えつかない少女に、啄木はあきれつつも噛み砕いて教える。


「多分、警察も絡んでくる厄介事だ。陰陽側というよりかはリアル寄りの問題だろう。テレビとかニュースに取り上げられるほどのリアルに重い問題ってことだ」

「……なるほど。それは、私達でも話は聞けないね」


 納得した少女を一瞥したあと、啄木は社会勉強も必要と感じ顔を片手で押さえた。葛と重光が僧侶とともにやってくる。二十代前半の若い僧侶のようだ。啄木は立ち上がり、葛と重光に声をかけた。


「葛、重光。終わったか?」


 彼らと交流がある中、啄木は彼らを呼び捨てにしている。最初の頃は名字とさん付けであったが、葛と重光の要望があって呼び捨てで呼んでいる。因みに要望した彼らも名を呼ぶが、畏敬いけいと尊敬の念ゆえに敬語を外さず呼び捨てにしていない。

 葛は頷き、若い僧侶に二人を紹介する。


「彼が佐久山啄木さんで、隣にいるのが私の妹の真弓。依頼人の丁幽ていゆうさんです」


 二人は立ち上がり、礼をした。紹介された丁幽は礼をしたのち、顔をあげる。


「はじめまして、丁幽と申します。……互いに座って、依頼内容を詳しく話しましょう」


 丁幽の言葉どおりであり、彼らはソファに腰をかけた。寺の人から冷茶を出される。丁幽は深刻そうに啄木に話す。


「貴方は実力ある退魔師とお聞きします。……もしよろしければ、この土地、忌み地にある家の浄化……あるいは倒壊を頼みたい。地元では心霊スポットとして噂になっているのです」


 忌み地の上に立つ屋敷の封印。陰陽師にとっての大型案件でもあり──啄木にとっては組織側の仕事になりえる可能性の話が来た。啄木は雰囲気を真剣なものに変え、丁幽に問う。


「その屋敷について話せる範囲で詳細を教えてはいただけませんか?

私めの予想通りならば私自身が本格的に動かざる得ないものです」


 啄木に頷き、丁幽は話しだした。


 土地は普通であって。しかし、土地を購入した人物はよくなく、家を立てた途端に周囲に悪影響をもたらし始めたとのこと。やがて土地の持ち主は不自然な死を遂げて、あの家は空き家になったのだという。

 空き家に入って帰ってこないものや行方不明者が何人かいるらしい。少し前、ネットでも取り上げられたようだ。

 話を聞き、啄木は首を縦に振った。


「……わかりました。私もその仕事を引き受けましょう」

「……っ! ありがとうございます! 依頼の報酬は倍にして払います!」


 頭を下げる丁幽に啄木は首を横に振る。


「いえ、私はいりません。その報酬は、三善葛さんと三善真弓さんと土御門重光さんへ。依頼した彼らに上げてください」


 報酬がいらないという言葉にその場の全員が驚いた。




 ──報酬いらない件で一悶着あったが、啄木が葛達から別の報酬をもらう話でついた。

 四人は境内を出ていき、啄木は頭を掻く。


「……ったく、報酬はいらないのにな」


 葛は困ったように指摘した。


「ですけどね、啄木さん。いらないって言われたら逆に申し訳ないですよ。ラッキーと思う人もいるかもしれませんが、丁幽さんは普通に良い人ですから」


 葛の話に啄木は「それもそうか」と息をつく。

 金持ちもよく、人柄も良い相手ならば正当な報酬を受け取ってもらわなければ気が悪いだろう。

 組織の一員である啄木からすると、組織の仕事をすると見合った給料と報酬がくる。今回の件で給料も来る為、彼はいらないといった。羨ましいと思う者もいるだろうが、啄木の仕事の内容は明らかに法や倫理に反する故に羨望せぬことを推奨する。

 啄木は重光に声をかけた。


「重光。今回の件、口外禁止の内容。簡単に言うと、財産分与と隠蔽工作いんぺいこうさくだろ」

「えっ……」


 驚愕する重光に葛も言葉を失う。当たりらしく、啄木は手を振る。


「詳細は話さなくていい。経験で何となく察しはつくから」

「えっ、いや、その…………啄木さん。本当にどんな仕事をしているのですか?」


 重光の言葉に啄木は不敵に笑う。


「似たようなことをしてる同業者のようなものさ。下手すると商売敵にもなりえる。けど、そんなの機会滅多にないから安心しろよな」


 悪戯っ子の笑みに変えて、明るく告げた。

 重光の反応と丁幽の話から、啄木は口外禁止の内容を推測する。

 恐らく丁幽の親類が建てた家だろう。しかし、その親類の人格がよろしくないと予想する。金欲しさにあえて家相の悪い家を立てた。死後何年たっているかは不明であるが、かなりの年数が経過していると予測できる。

 丁幽が所属している寺で依頼内容を話さないのは、彼の親類や良くない退魔師に聞かせないため。また、庵原いはらの土地にある寺社仏閣を管理する管理者から苦情と訴えが来たからだろう。

 丁幽側にも複雑な状況が重なっているのだろうと考え、啄木は若干同情した。話せない理由を耳にし、真弓は兄に聞く。


「お兄ちゃん。その話は私にも話せないの?」

「それは、お前でも無理だ。特に、お前は無理だ」


 断言され、真弓は仕方なさそうに唇を尖らせた。真弓にも話せぬ理由と聞き、啄木は確信を得る。真弓にも話せないとは、つまり救えない人間が出てきている状況。

 邪気を感じる方向に啄木は首を向く。

 山には様々な生き物や精霊が住んでおり、はっきりとした気配や力を感じ取ることはない。しかし、遠くでも存在がわかるほどであり、啄木は眉間にしわを作る。真弓達は近づかいていかないとわからないだろう。

 向きながら、啄木はつぶやく。


「マンゴーのやつ……何もしてないといいけどな」

「マンゴー……? 鷹坂さんがどうしたの?」


 真弓に聞かれ、啄木は呆れた。


「ああ、あいつ。何もしてない場所でも変に悪戯することあるからさ。特に先生の隠し持ってたおやつを食べたときはヤバかったな。俺、いつの間にか共犯者になってたし。……思い出すと懐かしいな。呼び出しを食らったときはやばかったわ」

「……鷹坂さん。昔からいたずらっ子なんだね……」

「まあな……帰りが夜になりそうで……ちょっとな」

「ふふっ、賑やかでいいなぁ」


 思い出話を語った後、真弓は面白おかしそうに笑う。すると、彼の耳元で声が聞こえる。


《はいはい、あの先生の呼び出しですね。場所は啄木が行くところで、夜待ち合わせ。わかりました。本部で報告した後、内容の詳細を伝えて呼んでおきます。あと、好き勝手僕のこと言った詫びに、ここの小学校近くにある和菓子を所望します。それで許してあげましょう》


 啄木は小さく頷くと、安吾の声は消える。先程の会話を解読すると、啄木は安吾に頼み事をした。内容を読み解けるのは組織の人間だけだ。

 菓子で赦してくれる相方に感謝しつつ、彼は真弓達に声をかけた。



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