14 裏方の狸1
浄化をする前の時間。荷物をコインロッカーに預け、澄と茂吉は掘の近くに歩く。
空には、鳥が飛んでいる。雀や鳩などがおり、ベンチ近くに来るの鳩を遠ざけるように彼は飛び出して、鳩を遠くに飛ばす。茂吉はふぅっと息を吐いて、澄に顔を向けた。
「……さて、俺たちのすべきことは荷物持ちじゃない。何でしょうか、とーる」
「監視の式神を止めること。そう連絡来てたよね。茂吉くん」
「正解。じゃあ、俺達のすることは何でしょう?」
意地悪く聞く彼に、澄は即答した。
「式神を操っている陰陽師を探して、尋問の準備。奈央と八一くんは二手に別れたけど、私達は一緒に行動した方がいいと思う」
彼女の提案に頷き、茂吉ははにかみながら地面に落ちている小石を二つほど手にした。
「そそっ、何せ、監視が八一たちに大体が向いているからねー。力の源となるもの、消されるわけいかないでしょ。今のうち☆ って感じ? ……よっ!」
茂吉はその石を空高く飛んでいる鳥に向かって勢いよく投げた。見れば動物虐待と声を上げるものもいるだろう。それは、普通の動物であればの話だ。石があたると貫通し、紙の破れた音と鳥の悲鳴が聞こえてくる。
鳥は落ちてくるが、落ち方は重みがあるものではない。紙のように不規則的に落ちてくる。はらはらと茂吉の近くに降りてくるが、二本指で簡単に取った。
彼の二本指にあるのは鳥の形した紙であり、貫通したのか一部に穴が開いている。
「音声を拾わない監視カメラのような式神。そして……」
更に残っている小石を鳩の群れに向かって指で弾く。餌を食べている鳩の群れの一匹に当たった。鳩は驚いて、一斉に飛び立つ。群れがあった場所のコンクリートの地面の上には同じように鳥の形をした紙があった。それを拾い、茂吉は紙を見つめる。
「ふーん。どうやら、盗聴機能をつけた式神もいるね。一つの式神に二つの機能を搭載して複数操作は、力量があっても流石に難しいって判断したか」
「音声担当、映像担当がいるってことかい? 茂吉くん」
「そうだね、澄。リアルタイムでの監視なんて難しい。小型の機械を操作するにも技量と似たようなもんだし、負担がかかるから二つに分担して操作している。で、監視をして俺たちの動きを見張っている」
「よほど、警戒しているようだね」
澄は茂吉に目を向けると、彼は刀印を片手で作っていた。言霊を呟き、瞼を下ろす。彼の周囲に波紋のように風が吹き出して広がっていく。澄もその風に当たり、髪がなびく。数十秒後に茂吉はふぅと息を付き、刀印を作るのをやめる。
目を開け、掘がある建物に目を向けた。
「葵区全域じゃないから、やっぱり監視の範囲はそう広くない。駿府城公園を中心に近くの座敷童子がいる場所と近場を張り込んで監視してる。まあ、街中で術を展開しやすい場所といえば、やっぱり駿府城公園か」
背伸びをして、茂吉は靴紐を結び直す。
澄は彼と目を合わせると、二人は同時に駆け出した。
式神を欺く為に、一度隠形の術をかける。身隠しの面程度で式神や術者の目は誤魔化せない。センサーから感知せぬよう、膜を覆う如く隠形の術を使用するのだ。
二人は公園の敷地内に入る。敷地内の施設にいるのは間違いない。何処にいるのかは、茂吉は把握している。澄も場所に目星をついていた。
駿府城の
公園内の中ではすぐに見つかる。
公園内にある施設に入るならば、怪しまれる必要はない。施設内に身をおいて術を展開しているのだろう。近くで隠形の術を解いて二人は入場料を支払う。土足は厳禁であり、入口で靴をぬいで二人は中に入っていく。
近場の監視の式神は茂吉が倒した。
倒したと気付いても、四箇所に式神を飛ばしているのだ。術の集中と報告の為に、容易に動けるはず無い。多くはないが、人は普通にいる。観光客や暇つぶしに地元の人物がやってくるのだろう。
耳元で声が聞こえる。
《二人共、八一から伝言です。相手は『変生の法』を受けて生まれた陰陽師たちです。普通とはだいぶ違う。気をつけてくださいね》
安吾から言伝が来ると、気配が遠のく。茂吉と澄は顔を見合わせてうなずいた。
相手が素質ある陰陽師ならば、気付かれぬよう気を張らなくてはならない。
歴史を知る展示品を見る振りをして、茂吉は周囲を探るふりをする。澄はかつての江戸時代の駿府城下が再現されたジオラマを通り過ぎた。
竹千代の手習いの間が再現された展示室につく。その近くでは二人の男女がスマホを慌てて打っていた。気になって澄は気配を消し、音を建てずに内容を見る。
【駿府城の近場の式神がやられた。動物に変化しているからわからないはずなのに】
【徳川慶喜屋敷跡に一人の少女が近付いてきている。探ってくれ】
【式神が見破られるなんてある?】
【ない。これを見ている皆は気をつけてくれ。俺たちの想像を越えた何かが俺達を阻んでいるかもしれない】
内容が間違いなく澄たちが対処しているもの。先程の式神が消失したことがだいぶ動揺になったらしい。二人は間違いなく陰陽師である。澄は二人の背に気づかぬうに、一枚の葉っぱを貼った。
澄は離れて声をかけるふりをする。
「あのー……」
声をかけ、男女の二人は驚いて振り返った。驚いている二人に、澄は心配する演技をして声を掛ける。
「あの、そこで固まってどうしました……? 何処か、体調が悪いのですか?」
「えっ、あっ、そっそんなことはないてす。すみません……! っ外にでよう」
男性は慌てて、女性に声を掛ける。異論はないのか、女性は頷いて竹千代の間から出口へと向かう。澄は二人の背を見送りながら、茂吉の姿がないことに気付く。土足禁止で観光の地でもある櫓の中を荒らす訳にはいかない。
茂吉がどこに行ったのか、何となく分かる。澄は笑いながら、手に布ではない木造の狸を模した画面を出す。
「流石、茂吉くんだなぁ」
自身の恋人を褒めて、紫陽花の少女はその身隠しの面を顔につけた。
二人の男女は靴を履く。靴を履いて、男は息をつく。
「……まさか、式神が小石でやられるなんて……しかもどうやって見破ったんだ……?」
「そうだよ。普通ならわからないはずなのに……」
女の言葉は最もなのだ。見た目も完璧に動物であり、普通ではわからない。女の陰陽師の言葉に同意する声が一つあった。
「よかるわにぐすらないなゃじうつふ、どけ。ねだうそ」
びくっとして二人は振り返る。逆さまにぶら下がっている狸の面をした男がいた。いつの間にかいた知らぬ者。男の陰陽師は退魔の札をすぐに投げるが、狸の面をした男は風景に溶けて消えた。
札も地面に落ちるだけ。居なくなった男に陰陽師達は気味悪さを感じ、女性に声をかける。
「っ……! 急いで、この公園から去ろう!」
「うん!」
二人は駆け出して、東御門の近くにある入口に出ようとする。が、二人からして目の前の風景が歪んで見えたのだろう。二人は公園の外ではなく、公園の中央にいた。
子供たちの遊ぶ無邪気な声に、ジョギングをして通り過ぎていく男性など。
「「!?」」
外に出たはずが、出口からだいぶ遠ざかっていた。たま同じ出口からでてみるが、同じように風景が歪み中央に戻される。
別の出口。また別の出口を試してみても、同じように中央へと戻されていく。何度も何度も何度も試し、塀を登って出ようとしても同じ出口に戻される。
二人は息を切らし、中央の近くにあるベンチに座る。女陰陽師は肩を上下に動かしながら、言葉を吐き出す。
「っどういう、はぁ……こと……なの……っ!? なんで、何度も……何度も……戻るのっ!?」
「っこれ以上の移動は、できない。式神からの観測が上手く行かなく、なる」
「……っねぇ、なんか徳川屋敷跡の方でふざけてる声が、式神を通して聞こえるっ……」
「っこっちも……なんかさっき見たやつが何かわからないやつとふざけてる……。というか、仲間が抱えられているんっだが……!?」
「で、でも、もう動けないっ……」
すると、二人の背後に影が現れる。
「なら、もうおやすみなさい」
「えっ?」
少女の声をかけられ、振り返る前に二人の視界が手に覆われる。視界が黒くなった瞬間に、言葉が響いた。
「消憶」
「えっ、あっ……」
目から手が離されるが、二人の瞼は下ろされていく。
澄は変化を解いて、仮面を外した。ベンチで寝息を立てて仲良く寝ている二人を見て、彼女は息をつく。
「……穏便な方法で事を納められてよかったよ」
澄は人を傷付けるのは好まない。出来るだけ、変化して力を使って彼らを何度も同じ地点にループさせた。そもそも、無駄な命を散らすのは組織のルールとしても出来るだけ禁じられている。
巨大な力を奮う分、危険性を理解しなくてはならない
仮面をしまおうとする前に、その仮面を取り上げるものがいた。澄は目を丸くして取り上げた人物を見た。
同じ狸の仮面をした茂吉であり、変化済みの姿である。女の陰陽師を抱えており、手にした仮面を見せながら、茂吉は声をかけた
「今日の変化はここまで。変化は一日一回って忘れてないよね?」
妖怪の力が振るえたとしても、力に見合う鍛え方をしていない。茂吉の言葉は正しく、澄は素直に従ってうなずく。頷く少女を見つめ、茂吉は仮面を外して変化を解く。表情を見せて、優しく彼ははにかんだ。
「でも、助かった。ありがとう」
「……どうもいたしまして」
感謝の返事をしたあと、茂吉は陰陽師の女性を地面に下ろす。
「茂吉くん。その女性は陰陽師かい?」
「まあね、田中ちゃんを襲う前にを八一が気絶させたみたいだけど」
「……もしかして、君も二人のメッセージの文面を見てた?」
「うん」
何気なく頷く彼に、澄は悔しさを覚える。長くいるはずの彼の気配に気付かなかったからだ。澄は息を吐き、落ち込んで見せる。
「……気配に気付かなかったの、悔しいな」
彼女を理解している茂吉は、仕方なさそうに優しく笑い頭を撫でた。
「ブランクあるんだから仕方ないだろ。ほら、気にしない」
優しく頭を撫でられ、抱かれた悔しさすらも薄れていく。自身が単純であることに、澄は頬を赤くして呆れた息をついていた。
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