15 裏方の狸2
澄を慕い、澄が友愛している後輩が危ない目にあってほしいとは思っていない。茂吉はすぐに動いた。澄の陰陽師を足止めは予想でき、実際にしてくれると思っていた。
変化して、無理をさせた。今の澄に術の長時間と多用はできない。
式神は術者を眠らせたため、ただの紙となった。女陰陽師を澄は縄を出して縛った。再び二人は仮面をして、人気が近寄らないように人避けの術を使う。
変化はせず、茂吉は女陰陽師を起こしにはいる。
「おい、起きろ」
「えっ……はっ……」
彼は淡々とした低い声へと変化させた。女陰陽師を起きるが自分が縛られていると気付き、慌てる。
「っこれは……!」
手を動かそうとすると、茂吉は大きな斧を出し女陰陽師の首近くに振るう。紙一重で止まる。女陰陽師はゆっくり近くにあるのもを見た。近くにある刃は鋭くも鈍い輝き。自分が何をされそうになったのか、想像し女陰陽師は「ひっ」と声を出す。
「無駄な抵抗をしたら、仲間の首とお前の首が跳ねると思え」
ベンチで寝ている男女の首近くに刃が近付く。恐怖に女陰陽師は「えっ」や「あっ」などしか喋れなくなる。唐突に凶器を突きつけられ、恐怖して上手く喋れていない。
茂吉は女陰陽師の状態を確認したのちに聞く。
「問う。陰陽師とあろうものが、家の守護霊でもある座敷童を犯し、何を行うつもりだ」
「あっ……そ、そんなのっ……わ」
わからないと言わせるつもりはない。茂吉は勢いよく斧の刃を首近くに向けて振る。斬られる寸前止められ、女陰陽師はさらに情けない声を上げる。
「言え。一切合切言わなければ、首がはね飛ぶと思え」
「わ……わかった……! わかったから……!! 話すからっ……」
身隠しの面は涙と鼻水、下も漏れて濡れ肌に張り付いていた。泣きじゃくるのも当然の状況だ。
「わ、私達は協会から要請を受けたのっ……。儀式の創作怪談の成立するかどうかの実験をするように言われてっ……。その創作の実験の一つとして、掲示板に出ていた『送祭り』を再現することになった。今の『送祭り』はまだ作り上げている最中……実験中……よ」
茂吉は斧を離さず、陰陽師の女性から話を聞く。作り上げている。直文の推測は当たっているが、まだわからないことも多い。故に、茂吉は核心を突く質問をする。
「なれば、この『送祭り』の現象を操作しているものは誰だ。『送祭り』を行うならば、その中心がいなくては怪談の内容と儀式が成立しない」
「し、知らない……! 調べようとしても……わからない……。協会から用意されたものを使っただけでどこかの何かなんてわからないっ……!!」
「協会から用意されたものとはなんだ。怪異を操る触媒か?」
適当に言うと、女陰陽師は首を横に振り声を上げた。
「違うわ……何処かの神の
「御神札?」
御神札と聞き、茂吉は思わず聞き返す。
御神札とは神の分霊を宿したとされる札であり、神棚で祀るべきものだ。神聖なものが、表に出るべきではない。それすなわち、御神札ではないことを表す。
茂吉が聞く前に、遠くから殺気を感じて斧を消す。澄も気付き、茂吉と共にベンチの近くから離れた。
ベンチの近くに人が降り立つ。その人物は二人の男女を抱えており、陰陽師と同じように身隠しの面をしている。額の角がなければ、人との同じ姿をしているとか形容できただろうが。
見覚えのある角と気配に、茂吉は苦々しく声を出す。
「……『悪路王』」
「おっ、あの時の狸くんか。無事だったようだな! いや、無事なのは当然だな」
呼ばれ、『悪路王』は気さくに声をかける。『悪路王』は澄に顔を向けて、少しだけ頭を下げて申し訳無さそうに声をかけた。
「……金長のお嬢さん。あの時は迷惑をかけた。申し訳ない。俺の目的があって利用させてもらったんだ。本当に悪いことをした。この通りだ」
澄と茂吉は面を食らう。
嘘ではない。謝罪の意が誠であり、本気で謝っているのだ。『悪路王』は頭を上げて、泣いている陰陽師に向けて声をかける。
「悪いが、『今回の件については忘れて。今は大人しく寝ていてくれ』」
「へっ……あっ……」
放った言葉に対し、女の陰陽師は横に倒れていく。
悪路王が行ったのは、茂吉達と同じ行為である。
間違いなく、言霊だ。『悪路王』ならば使えるだろうが、言霊を使用しなくともできるはずだ。ベンチで寝ている陰陽師たちと同じように寝息を立てる。穏便かつ狡猾でない姿勢に、茂吉は深い溜め息を吐いた。
「……あきれた。まさか『悪路王』が人道的とはね」
「ああ、前だったらこうも穏やかに会話しないしな」
話しながら『悪路王』は抱えている陰陽師たちを地面に下ろす。寝ている陰陽師たちを見つめ、悪路王は茂吉たちを見た。
「今回の件について予想はついていると思うけど、教えておこう。
陰陽師の穏健派は『送祭り』の一連の流れの完成を目指してる。その中心にいるのは復権派と同じ零落した神。ナナシと違って名付けられてない、名前のない弱っちい神様だ。けど、『送祭り』を完成させるには十分な中核になる。今回の件は自作した創作怪談を実現させるための課程の一つ」
「何が目的だ」
容易に教えてくれる行為に、茂吉は警戒を表す。殺気立てる茂吉に相手は首を横に振る。
「下心なんてない。そう警戒なさんな。今回の件に関しては俺の信条にそぐわないから、介入してるだけ。だが、この件を解決したとしても、同じ事を県外でもやってる。『送祭り』はどのみち完成してしまう」
悪路王の言うとおりである。匿名性であるネットの掲示板は、日本全国からアクセスできる。特定に関しては時間がかかってしまうだろう。茂吉は『悪路王』の立場を何となく察し、苦笑を溢した。
「今は俺達の敵じゃないってか? お前、随分難儀な立場にいるんだな」
「やかましいわ。……有里依乃は狙われたが、『送祭り』の動作確認の為だ。もう一人については、向こう側が疑問を持って黄泉比良坂に招いたとみていいだろう」
話していくうちに『悪路王』はため息をつく。
「ったく、妖怪側にも被害を出すなんて聞いてねぇよ。……信用が落ちるじゃねぇか。
創作怪談は『おまねき童』だけじゃない。『影とり鬼』や『偽神使』とか使われている。以上、これだけ」
「まった。まだ質問がある」
遮り、茂吉は問う。
「お前のSNSのアカウント名、くろーってお前?」
「へぇ、知ってるのか。やっぱり『三年二組の井口くん』を防いだことはあるな」
褒めて、『悪路王』は頭をかく。
「あの時、SNSでそういうことは教えたさ。実行して成功するとは思わなかったが──」
「その創作怪談を教えたのはこの実験を成功させるためか?」
「はっ?」
間抜けた声を出した。反応に違和感を覚え、茂吉は更に問う。
「あれは、この『送祭り』を完成させるための実験だったのかと聞いている」
「そんなもん知らない。俺がしたのは一時でも救われるように、助かる方法を教えただけだ」
相手なりの善意であるようだ。藁にすがりたくなる思いに応えようとしたのだろう。間違いだと言いそうになるが茂吉は納得し、再び質問を投げる。
「お前なりの善意なんだな。じゃあ、近くにお前の仲間らしき人物がいたのは何だ? わざわざ式神を飛ばすほどその現象を確かめたかったのか?」
「……………………はっ?」
再び間抜けだ声を出す。善意で教えたのは本当だとしても、目的はあると思っていた。誤魔化しや曖昧にごまかされるかと考えた。しかし、茂吉が予想していた反応とは異なる。近くに仲間がいたこと、式神を飛ばして監視をしていたことを知らないようだ。
話を聞いた後、『悪路王』はしばらく黙る。『悪路王』からは苛立ちが見え、拳を強く握る。
「っ……なるほど……。そういうことか。……あの野郎」
悔しがる反応を見て、茂吉は苦笑したくなった。
「ああ、その反応からして
「っ……はっ、そうだな。馬鹿にできやしない。俺もまだまだってところだったよ」
深いため息をつき、『悪路王』は刀印を片手で作る。
「用事ができた。これ以上は介入はしない。あとはお前らで対処しろよ」
呪文をつぶやく。ベンチや地面に寝ている陰陽師たち、『悪路王』が消えていく。消えたあとの姿を見て、二人は仮面を外す。彼らは仮面を仕舞い、茂吉は息を吐く。
「わかっているからって、去る方法があからさますぎるなぁ……」
「……ねぇ、茂吉くん」
澄は声をかけてくる。顔を向けると、彼女はとても不思議そうな顔をしていた。
「茂吉くん。……あれは本当にあの時八一くんが倒した『悪路王』なのかい?」
多くの諸説がある『悪路王』は、生まれが異なる。茂吉たちが遭遇した『悪路王』と今の『悪路王』がだいぶ違う印象を受けるのだろう。茂吉は消えた場所を見つめ、複雑そうな顔をする。
「……あれは『悪路王』だろうけど、そうでもありそうじゃないと言えるだろう」
「『変生の法』で蘇ったのは間違いないにしても、どういう経緯で私達に情報を提供したのだろう……」
澄の疑問に茂吉は頷く。
「俺もそこは疑問だ。多分、夜久無の件と前回の俺の兄弟の件は『悪路王』が関わっているんだろうけど……あっ」
彼は目を丸くして、『悪路王』の言葉を思い出す。
かの『悪路王』は悪人が嫌いだと言っていた。悪人が嫌いであるならば、今している行いを止めればいいが相手にはできない理由がある。『三年二組の井口くん』の件、白沢の半妖から聞いた話。
二つをかけあわせ、茂吉は腑に落ちて苦々しく笑う。頭をかいて彼は納得したように吐き出す。
「あー、なるほど。ははっ、それじゃあ動機はぼんやりするわけだ」
「……茂吉くん? それってどういうこと?」
彼女に聞かれ、茂吉は腕を組みながら答えを言う。
「全部の行動が、『悪路王』の個人的な感情から来ているのさ。目的なんて、どシンプルだった。余計な考えなんていらない。色々と考えるから、動機がぼんやりしているように錯覚していた。けど、その個人的な感情でもあるが利他的な気持ちでもある」
澄は彼から話を聞いて、しばし黙考する。段々と目を丸くしていき、切なげな顔をする。
「……なるほど。だから、篁さんは『悪路王』に関して深く口出ししないんだ」
僅かな答えから察しがついたようだ。ブランクありとはいえ、同じ答えに辿り着いた。褒めたくなり、にこやかに笑ってみせた。
「そう、よく理解できたね。澄」
穏やかな声で褒められ、澄は頬を赤くしてはにかんだ。
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