16 白沢と遭遇1
黄泉比良坂の小梳神社。声に答えたり、見たりするとアウトという『おまねき童』は真弓にとって厄介だ。
二人を神社を出る。空を駆けて浅間神社と向かう直文と依乃を、地面から啄木と真弓が追う。
空の二人を追っているのは啄木たちだけではなく、『おまねき童』が無邪気に追いかけてきているからだ。
二体の『おまねき童』に真弓は札を飛ばした。
[きゃ、いっだい!]
札が張り付き、動きが止まる。啄木は刀の柄で童を遠くへと突き飛ばし、もう一人を近くの店の窓ガラスに向けて蹴り飛ばす。勢いがよくガラスは割れた。『おまねき童』は悲鳴を上げながら店の奥へと飛ばされる。
怪異の動きが止まり、啄木は立ち止まると言霊を使用する。
「智守」
啄木を中心に周囲に白いドームのような空間が広がり、通りの一帯を取り込む。真弓は動きを止め、驚いて啄木を見る。
「啄木さん。今のは?」
「結界。二人を追いかけないように、怪異を結界の内側で閉じ込めた」
太刀を鞘から出さず、柄を手にして真弓に訳を話す。
「相手は生成りしている最中の座敷わらしだ。家の守護者に危害を加えさせる訳に行かない。……さっきの座敷わらしは祓われて弱りきっている状態と見ていい。だから、八一達が外側の浄化をしている間、傷付けないよう手荒い方法で抑える」
「じゃあ、私は札で、啄木さんはあの怪異に耐性があるから物理で抑えるってこと?」
状況を飲み込む速さに、啄木は内心で感嘆しつつも嘆く。その理解の速さを勉強でも活かしてほしいと。ここで文句を言っても仕方はない。ため息を吐いて誤魔化し、真弓に聞く。
「これから、怪異を抑えて逃げる持久戦だ。行けるか、真弓?」
啄木の確認に、真弓は頷いた。
「大丈夫。近づいてきたら、目をつぶって、不動明王様の真言の力拳で殴れば何とかいけるはず!」
「倒すんじゃなくて追い払うとか抑えるとか、時間稼ぎだからな。滅するのは駄目だ。真弓が言ってるのか退散じゃなくて、ただの暴力だからなっ!?」
不動明王は悪鬼を滅するガチな滅魔の力を持つ。ツッコミを入れた後、真弓はハッとしてしょんぼりとした。気付いて自省したようだ。落ち込む彼女を見て、啄木は何をすべきなのか全てを理解した。
「絶対に真弓へと近づかせない。武器渡さなくて正解だわ!」
刀は用意できるが、真弓は追い払うのではなく倒しそうなのだ。間違えやうっかりで倒しそうなのだ。札で足止めした『おまねき童』が動きそうである。店の奥や遠くから童の声が聞こえる。
二人は背中を合わせて、札や太刀を構える。啄木は再確認をさせた。
「じゃあ、真弓は俺が飛ばした『おまねき童』の足止め。俺は真弓が止めた『おまねき童』を止める。フォローはするが、絶対に声に反応したり顔を見るなよ!」
「うん!」
札が剥がれ落ち、『おまねき童』は啄木に向かっていく。啄木は一体目の童の腹にめがけて、柄で勢いよく突き飛ばす。二体目は蹴り飛ばし、壁に当たる。
見た目が子供だからと言っていられない。中途半端といえど怪異なのだ。真弓は姿を表す前に、札を飛ばし『おまねき童』の動きを封じた。
[いたっ!]
[いたいよ〜!]
「っ……!」
子供の痛ましい声が響く。真弓は苦々しい顔をしており、啄木は声を上げた。
「真弓! 良心痛むだろうが、あまり心を傾けるな。その隙が怪異に付け込まれるぞ!」
「っ……うん!」
真弓は真剣に頷く。
逃げられる方法もあるが、何処かで姿を現すかわからない故に地上では難しい。空も何処かで視認したり、反応してしまえばアウトだ。ゲームで言うならば、即死トラップと例えていいだろう。
同じ場所にとどまるのは危険と判断し、啄木は声をかける。
「ついてこい。そして、後ろに目を向けるな! 童の気配に気付いたら、俺が声をかけるから!」
「わかった!」
二人は共に駆け出す。呉服町通りから大きな道路にでる。啄木は方向を転換し、その道路のコンクリートの地面を蹴る。真弓もあとをついていく。視界が広い場所であれば、童の目にもつくが逆に見つけられる。
走っていると、真弓から声がかかる。
「啄木さん! 結界の範囲ってどこまで!?」
「青葉シンボルロードから、それぞれの駅から駿府城の堀まで。出すわけに行かないからあえて範囲は狭くした。障害物も多いし、建物の中に隠れてやり過ごす方法もある!」
「空でもいいのでは!?」
「空は否応ない。アイドルが観客全員の目線をうけてるようなもんだし、公衆の場で大きく芸をすれば遠くでも目立つだろう! 『おまねき童』は確実に目を合わせようとするし、反応させようと狙ってくる! だから、障害物が多い場所がまだ遮れる!」
疑問を解消し、啄木はよろしくない気配が近づいてくることを感じた。啄木は止まり、真弓を勢いおいよく引っ張った。
「えぇ……!?」
真弓は驚きの声を上げた瞬間、しゅんと音を立てて横に何かが横切る。鈍い音が響、何かが割れる音。真弓は啄木に抱き寄せられながら前に向いている。正面の視界から何を投げられたのか理解し、「ひっ」と声を漏らしていた。
投げられたものに、啄木は眉間にしわを寄せた。
大きな植木鉢。頭にぶつかれば、大怪我間違いなし。投げられた勢いも入れると、普通の人間ならば死んでしまう啄木が後ろに首を向けると、楽しげに笑う『おまねき童』が一体。その童の手にはもう一個割れ物などがあった。怪異や一部の妖怪は倫理が根本的から欠けている。湧き上がる怒りをコントールしつつ、啄木は彼女に声をかける。
「真弓。背後に『おまねき童』がいる。目をつぶって、耳を抑えろ」
「は、はい!」
びくっとして真弓は啄木の言う通りにする。啄木は自分でもわかるほどに、怒りの声色だしていた。彼女を少しの間話す。
その『おまねき童』に体を向け、啄木は息を吐く。太刀を消し、足に力を込めた。
[あっ、おに]
言う間もなく啄木はコンクリートを蹴る。『おまねき童』が喋る前に、膝で蹴り飛ばした。顔面を蹴りながら、啄木は怒りを滲ませながら微笑む。
「怪異に傷害罪が適用されねぇからいいなっ!」
地面に着地するとすぐに飛び上がり、真弓の近くに着地した。
周囲の気配を探りつつ立ち上がる。
童の何体か、こちらに向かってきていた。どこに逃げようかと考えていると、啄木は蹴飛ばした『おまねき童』に目を向ける。飛ばした相手もまだ動ける様子はない。その蹴飛ばした相手の一体の『おまねき童』が姿が薄くなって消えていく。
「しっかりと俺に掴まってろ。上に飛ぶ」
「えっ!?」
がっしりと擬音が出るほどに強く掴まれ、真弓も慌てて啄木の腕に縋り付く。言葉通り、啄木は真弓を抱えて空に飛んだ。
飛んでいく勢いで髪が揺れていく。ある程度離れ、啄木は止まった。建物の六階建ほどの高さに止まった。彼は見下ろすと先程の童の姿は消えていく。
「真弓。悪い、童を見ると悪いから、目を閉じててくれ」
「へ、あっ、う……」
真弓は顔を動かすと目があう。顔を赤くして彼女は空を見上げた。顔が近いのだろう。啄木は照れながらも苦笑して話す。
「赤い顔のまま聞け。さっき俺が蹴飛ばした『おまねき童』の姿が消えた。恐らく、一体が浄化されたんだろう」
「ということは……奈央ちゃんたちがやってくれてる?」
首肯して啄木は下を見ると、三体の『おまねき童』がものを手にしていた。先程のように童がものを投げてくるのだ。両手でしっかりと真弓を抱える。
「下から、さっきの攻撃がくる。しっかり掴まれ、目をつぶってろ。舌を噛むなよ!」
「うん!」
彼女はしっかりと掴まった。啄木は勢いよく横に飛んで行くと、彼らの居た場所に向かって花瓶が投げられていく。
瞬間、次々に啄木たちを狙うように物を投げられていく。割れる音や地面にぶつかる音。日常生活を送っているならば、聞きたくもない音だ。当たらぬように素早く避けていく。
都会のように高層ビルは少ないが、看板やビルの高さはある。気をつけながら飛んでいる中、何個か物の飛ぶ勢いが衰えている。啄木はすぐに気付き、目線を下に向ける。『おまねき童』の一体の動きが鈍くなっている。姿が薄くっていき、もう一体の『おまねき童』も姿が薄くなる。
童は自身の状態を認識せずに、風景と同化して消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます