3 彼女を助けてくれた人と彼
小学生の二人に一人が取り押さえられる。その人物は自転車を奪った彼であった。
「っ!? なっ、やめ」
抵抗しようにも小学生の掴む腕の力が強い。中学生の彼でも引き剥がせなかった。小学生と中学生で力の差があるはずが、一人の中学生が二人の小学生に勝てていない。その中学生は小学生を引きがそうとするが、既に遅い。鎌の一閃がその相手の首に入った。刃が深く入ったはずなのに、血が出なかった。
■■は息を呑む。小学生の二人が彼を離した。中学生の腕をうなだれ、そのまま後ろに倒れる。
「「「ひ、ひぃぃ!」」」
残りの三人は悲鳴をあげて、逃げようする。
だが、一人は小学生の二人に取り押さえられた。もう一人は、先ほど首を切られた中学生が仲間を取り押さえた。首にある大きなぱっくりと開いた傷口を晒して、仲間の苛めっ子を捕まえていた。
「ぃあっ!」
悲痛な声がして■■は顔を向ける。紅一点であった女子は、帽子をかぶった爺さんに首を切られた。背後から泣きそうな声が聞こえてきる。
「お、おい、やめ、やめろっ! 本当にやめてくれっ!!」
切られた苛めっ子が同じ仲間を引きずって、爺さん元へ連れていこうとする。仲間が訴えても動きは止まらない。まるで生贄として捧げるようだ。
冷や汗を流し、■■は息を呑んだ。爺さんは小学生二人が取り押さえた中学生の首を切る。最後の中学生の目の前に爺さんが来た。その男子は爺さんを見て顔に出ているもの全て出しながら聞く。
「なぁ、まさか『さみしんぼの柘植矢さん』なのかっ!?」
問いに応えず、爺さんは鎌を振り上げる。
「わしは知らん。わしは悪くない」
無慈悲にその鎌を振って中学生の首を切る。
まずいと考え、■■は新田から離れようと背を向けた。朝のお兄さんの存在を思い出して、バッグから紙を出す。周囲を見るが、電話をする機器もなければ公衆電話もない。彼女は諦めて地面を蹴り出して、新田から住宅街の道へと向かう。
もうすぐ新田から離れる。住宅街への道を踏み出した瞬間だ。遠くに柘植矢さんと言う爺さんが現れ、■■は言葉を失う。
彼女は別の道を進もうとして、首を切られた中学生達が現れた。
操られている様子に手にした紙を握り閉める。彼女は囲ってある柵を越えて、新田の中に入った。
足音が背後から聞こえた。振り向かず、もう一度走り出した。制服と下着が張り付いて気持ちが悪い。■■は早急に帰りたかった。空はもう夕暮れから群青へと変わっていく。
家に帰れそうにない状況だ。
水のある場所を避けて、バイパスのある方向に向かう。背後から足音が聞こえ、勢いを増して近づいてくる。
「……やだっ、やだっ……!」
ボロボロと涙を流す。■■は大事な名前を失って、自分の命まで失うのも嫌だった。
「誰か……誰か、お願い……お願いだから、助けてっ!」
声を出して助けを求めた瞬間、手にした紙が発光する。
透明な笛の音を聞いて、彼女は目を丸くして止まった。何処かで聞いたことある音色だからだ。
■■に怖い出来事があると、遠くから聞こえてくる透明な笛の音色。紙を見ると少しずつ燃えている。背後から聞こえる足音が聞こえない。急に後ろから抱き締められた。
「申し訳ない。このまま空へ行く」
声が耳に入る。見覚えのない腕にわからない謝罪。顔を見る前に、勢いよく空へと彼女と誰かが向かっていく。
「やぁぁぁ!?」
彼女は思わず目をつぶった。肌と髪に風の勢いが伝わる。体も力強い腕によって固定されている。ロケットの打ち上げのようだと一瞬だけ思ったとき、ピタリと止まった。
絶叫マシーンの遊園地を思い出して、どきどきしながら彼女は薄く目を開ける。
満月があまり見えない位置で見れて、少女は目を見開いた。
海辺のクレーンと港の観覧車。港には工場地帯があり、それを示す光が見える。日本平がある山も月に照らされていた。見下ろすと、町の明かりと車の照明が小さく動いていた。
夜目に慣れて、彼女は遠くを見た。駿河湾には船が動いており、伊豆半島には生活の明かりが見える。雪化粧に彩れてない富士山も見える。
彼女は目の前の風景に圧倒されていた。少女を掴む腕と背中の体温が暖かい。空に居る為、追われはしない。腕の主もしっかりと彼女を抱き締めている。離すつもりはないようだ。
味方と思ってもいいのだろう考え、彼女の肩が下がって力が抜ける。先程必死に追いかけ逃げていたからか、少女の顔に疲れが溜まっていた。
全身から力が抜け、彼女は瞼を下ろしていく。背後に焦る声が聞こえた気がする。だが、■■は疲れと安心感に負けて微睡みに委ねた。
彼女は少しずつ目を開ける。雨戸は中途半端に閉められており、カーテン越しから明かりが漏れた。
夢を見なかった。
頭がスッキリとしているが、体はまだ怠さがある。体はベッドの上にあり、彼女は身を起こした。ポニーテールした髪は下ろされており、パジャマを着ている。机には自転車の鍵に家の鍵。財布などがあった。通学バッグは机の横に掛けられている。昨日の怖い出来事は夢なのではないかと彼女は考える。
ピンポーンと玄関のインターホンが鳴る。
彼女は慌てて一階に降りて、玄関に向かう。覗き穴を見て、■■は目を丸くした。昨日の朝に出会ったボランティアの男性だ。食材の入ったビニール袋を手にしている。警戒しながら■■はドア越しに声をかける。
「ど、どなた様ですか?」
「ああ、ごめん。昨日の朝に出会ったボランティアの者です、って言えばわかるかな?」
申し訳無さそうな声に、少しだけドアを開けて彼女は顔を出す。
「ええっと、お兄さんは……私に何の用ですか?」
最近は物騒であるがゆえに、警戒を強める。彼女の様子に男性は苦笑し。
「新田で倒れていた君を俺が助けたんだけど……」
助けてくれた人物らしく、彼女は驚いてドアを開ける。タートルネックとカジュアルパンツというラフな姿であった。彼は少女を見て、ほっとしたように笑う。
「おはよう。元気そうでよかった」
何があったのか。彼女は詳しい話を聴きたかった。
■■の部屋で着替えてから、彼女は彼を家に上がらせた。リビングに冷房をかけて緑茶を出す。お菓子も出そうとするが断られた。二人はソファに座り、お茶を一口飲んで彼は自己紹介をする。
「自己紹介をするよ。俺の名前は久田直文。よろしく」
直文と言う彼は優しく紹介をする。自己紹介したなら、自己紹介をするのが礼儀だ。しかし、彼女は自分の口から名前を出すのが嫌であり、呼ばれるのも嫌だった。仕方なく礼儀に従う。
「……その、私は……■■■■です」
名前を言った瞬間、直文の動きが止まる。
彼が何も言わないことに彼女は疑問に思いつつ、顔を見る。
瞳孔を大きくして、柳眉を逆立てていた。先程浮かべていた笑顔もない。鬼か般若を思わせる怒りを表情。心臓と共に体が飛び跳ねた。背筋が凍って体が震え、彼女は顔色を悪くする。震えている彼女を見て、はっとして慌てて彼は表情を元の物に戻す。
「ごめん。君の名前がわからなかった。発音もわからないのに、それを名前と認識しているのに違和がある。もしかして、名前を失ったのかい?」
すぐに見破られて驚く。直文は片手で顔を押さえて、深い溜め息を吐く。小さく「やっぱりか」と呟くが、■■はわからなかった。手を外して直文は悔しそうに見つめる。
「その反応からして本当のようだね」
「なんで、わかるのですか?」
彼女は思わず聞いてしまう。奈央は時間をかけて見破った方だ。普通の人ではよくわからないはずだと■■は知る。直文は頭を掻いて彼女に話した。
「一応、陰陽師の真似事をしているからかわかるんだ。まあこういう話をした時点で怪しいけどね」
真剣な顔で彼女を見つめる。
「はっきり言うと今の君の状態はよろしくない。現実との境が危うい。うん、けど、ちょうど良い。君に詳しく話したい事があったから」
すぐに名無しと見破られた衝撃で■■は忘れていた。彼女は昨日の件を詳しく聞かなければならない。直文はお茶を机において話し出す。
「まず、新田で倒れていた君の事だけど、君の親御さんと君の親類に電話をしておいたよ。君の親類に俺の知り合いが奇跡的にいて、事がスムーズに運んだ。あと、知り合い医者に診せたから身体に異常ない。今日休む旨を学校に伝えてあるから安心して」
「……ありがとうございます」
既に根回しを終えて助けられており、感謝をして彼女は頭を下げた。親類と聞いて思い当たる人がいるが、名前を失ってから五年間は会えてない。会いたいと思うが、直文の言葉で彼女の思いが吹き飛ぶ。
「君は田んぼで鎌を持って帽子をかぶったお爺さんを見なかったか?」
彼の質問に驚く。思い浮かんだ言葉を彼女は口にしてみた。
「……あれは、夢ではないの?」
現実味がない。■■はあの恐ろしい時間を夢だと思っているようだ。彼は険しい顔をする。
「その顔を見ると、遭遇したんだね」
直文はポケットから携帯を出す。当時最新型の携帯画面をスライドさせる。画面を操作して机において彼女に見せた。画面に乗っている鎌をもち帽子を被ったお爺さんのイラストは、彼女が見たものそのものであった。
「まず、君が見た都市伝説の怪談について話さなくてはならない」
彼女は瞬きをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます