4 都市伝説の怪異

『さみしんぼの柘植矢さん』


 ■■は都市伝説として初めて聞いた。少女の知る都市伝説はトイレの花子さんと口裂け女、人面犬ぐらいの有名なものしか知らない。見越して直文が教えてくれた。


「これは元々はネットの掲示板で語られていた創作だった。それが物凄い早さで語り継がれて怪異となったもの。この柘植矢さんという怪異は中学生までの子を狙い、鎌で首を切って同族にする。つまり、首を斬られた時点でアウトだ」


 真剣に教えられて彼女は言葉を失う。ギリギリ誰かが助けてくれたお陰で助かったのだ。直文は携帯の画面を元に戻して、ポケットに入れる。


「俺がボランティアしているのは、この県に怪異が出る噂を聞いて追っているからなんだ」


 オカルトハンターなのだろうかと彼女は考えながら、少女は彼を尋ねた。


「……あの、行方不明になった小学生の男の子達の様子が変だったのです。あと、私と同じ学校の生徒もいて様子がおかしくなって」

「ああ、君の学校の生徒も巻き込まれたのか。それはご愁傷様だ」


 直文は悼んでない言い方で流す。

 同じ人であるとはいえ、彼ら四人は人を傷付けて物を盗んでいる。複雑な気持ちを抱きながら彼女は聞く。


「あの、彼らを戻す方法はあるのですか……?」


 せめて小学生だけでも助ける方法があるならばと、彼女は考えた。不思議だと言うような直文は聞く。


「むしろする必要があるのかい?」

「えっ」


 予想外の質問に彼は淡々と話す。


「君にとって必要があるのかなと思ったんだ」


 必要があるかと言えば、彼女はわからない。苛めていた彼らを助ける必要があるかどうかを答えられなかった。■■は答えられない代わりに、別の質問をする。


「……せめて、小学生の子達だけでも助けられませんか?」


 質問に直文は首を横に振る。


「もう遅い。三日も過ぎたとなるとほぼ怪異に呑まれてしまったと考えていい。彼らはあのまま死ぬか、同じ存在になるか」


 断言されて彼女は口を閉ざす。助かる可能性は少ないようだ。直文は少女を見つめ直す。


「けど、この話は君にも関わる。この柘植矢さんと言う怪異に遭遇したのだろう? ならば、君はあの怪異に目をつけられた。今後も狙われる」


 あのじいさんに狙われると耳にいれ、彼女は目を見張って息を呑む。直文は冷静に分析をしていく。


「君が狙われた理由は、名前を失ったのが要因だろう。名前を人外にとられた人は現世との境が曖昧になり、人外から狙われやすくなる。今の君は妖怪や悪霊にとってはいい餌だ」


 彼女は沈黙をして考えた。この話を信じてもいいかどうか。だが、自分の名前を言えない時点で彼のオカルトの話を信じるしかない。


「……ど、どうすれば、いいのですか?」


 助かる方法があるなら知りたかった。彼女は恐る恐る聞く。聞かれた彼は、自分の胸を当てて笑って見せる。陽光の暖かさを持つ微笑みと言葉を送った。


「君は俺が守る。絶対に守る。そして、君が俺に協力してくれる。それだけでいいんだ」


 真っ直ぐと見つめる彼の微笑みが彼女の瞳に溶け込み、■■の顔が熱を発し始めた。彼は誠実な姿勢であったが格好つけた台詞だ。台詞にときめいた自身の単純さに■■は呆れつつ、彼の台詞を勘ぐってじっと見つめ続けた。キザな台詞をいった本人は、きょとんとして申し訳なく聞いてくる。


「……ええっと、ごめん。君に何か問題あることを言ってたかい?」


 演技の演の要素もなく、不思議そうに聞く。この直文と言う男性は天然のようだ。彼女は慌てて否定した。


「い、いえいえ、そんなことは……ありがとうございます。嬉しいです。久田さん」

「えっ、そうかい? よかったよ!」


 にこりと笑う。悪意がない光の微笑みを彼女は眩しく感じていると。

 

「あとね、俺は名前で呼んでいいよ。君にあだ名があるなら、それで呼ばせてほしいな」


 申し訳なく微笑む彼が、自分の容姿のよさを自覚しているのか■■はわからない。

 彼女は顔を赤くして頷く。イケメンに慣れない少女は彼の笑顔をやめさせる為に了承したのだが、間違いであった。直文は喜びの笑顔を浮かべて少女の顔を真っ赤にさせた。

 何処の乙女ゲームかと彼女は突っ込みたくなった。




 ──怪異に狙われているならば、守るために傍に居なくてはならない。という理由で、直文が家に泊まらせてほしいと頼んできた。

 普通に考えて危ないのだが、実際に怪異に襲われかけている。頼みは聞くしかない。また直文は少女の不安を見越して、既に彼女の親と親類に連絡はとってあった。緊急連絡をするために、電話番号も交換しているとのこと。

 携帯を見せてくれて、電話帳に彼女の家族と親類の電話番号が乗っており、SNSで繋がりを持っている。どのみち直文が彼女の傍らにいるのは決定事項のよう。

 ■■は直文の用意周到さに驚きつつも、守る言葉に嘘偽りを感じない。昼は彼が買ってきた食材でご飯を作って食べる。直文の寝巻きと服については、彼がすぐに取ってきた。部屋については、父親の部屋を借りている。

 夕方に家に電話がかかってきた。

 画面にはお父さんとあり、彼女はすぐに受話器を取って耳に当てた。


《もしもし、元気か?》


 落ち着いた声が聞こえ、彼女は返事をする。


「もしもし、お父さん? うん、大丈夫。あの、昨日のことと今日のこと聞いてる?」

《ああ、聞いているさ。本人からの電話も受け取っている。急にはるちゃんから電話があったからびっくりしたよ。話は聞いているよ。体は大丈夫なのか?》


 はるちゃんとは彼女の再従兄弟の愛称であり、本名ではない。彼女もはるねぇと呼んで慕っている。そのはるちゃんと直文が知り合いであることに驚く。父親の心配に彼女は大丈夫だと答える。


「うん、平気。私は大丈夫だよ。今度、はるねぇが来たらもみじお兄ちゃんに診てもらうよ」

《こらこら、あまり彼を困らせるな》


 彼女の冗談に電話越しに軽いお叱りを受けた。「冗談だよ」と彼女が笑い、電話越しの父親も明るい声で笑う。もみじとははるちゃんの婚約者であり、■■の兄のような存在だ。あと二人ぐらいお世話になった人がいる。此れは十年前の話であり、今は関係はない。

 父親はと咳払いをして、真剣に話す。


《詳しい話は久田くんから聞いたよ。不審者に狙われているらしいな》

「……うん、警察も動いているし、不審者が出る地域にはパトロールもしているから」


 彼女は間をおいて話した。

 直文からは注意事項を聞かされたからだ。

 まずは、関係者以外に怪異の話をしない。

 名前が無くなった事を彼女の両親は信じなかった。怪異の話をしても、異常になったかと思われる。ならば、嘘ではないが本当でもないように話すしかない。それが不審者にターゲットにされているという話だ。

 警察が動いているのは嘘ではない。彼女をいじめた生徒は行方不明の扱いになっており、捜索願いが出されている。夕方のニュースで速報として流れていた。


《久田くんは真摯に対応してきた。はるちゃんからもお墨付きだ。信頼できるだろう》

「うん、彼は誠実だったよ」


 頷いて、彼女は注意事項を思い出す。

  もう一つは出来る限り、巻き込ませない。

 好奇心は猫をも殺すという言葉がある。余計な気持ちで踏み入れ、死ぬケースもあると聞いた。ならば、無関係な人間を怪異に巻き込ませてはならない。


「お父さん、ありがとう。私、明日頑張って学校にいくね」

《無理するなよ。本当はお母さんも電話したかったらしいが、急用が入ってな……。ちゃんと■■が元気だと言っておくよ》


 名前を呼ばれて、受話器を強く握りしめる。


「……うん、じゃあね。またね」


 受話器から《ああ、また》と聞こえ、声が切れた。

 名前を呼ばれるのはなれない。十年間、生まれたときから当たり前に呼ばれていた名前を彼女は五年前に失った。空白の名前を呼ばれ慣れるわけない。


 受話機を強く握りしめながら置くと、背後から声がかかる。


「はなびちゃん。お父さんとの電話は終わったかい? 夕食の準備をしたいのだけど……」

「えっ、あっ、はい!」


 直文に声をかけられた。彼が名前を呼ぶ代わりに、はなびちゃんと呼んでいるのである。慌てて彼女は振り返り、吹き出して口を手で押さえる。


「はなびちゃん。どうした?」


 直文ははてなを浮かべた。

 夕食の準備はありがたい。が、彼自身の身に付けているエプロンが悪い。生々しい上半身筋肉柄のブリーフパンツを履いたエプロンの柄。ブリーフパンツの部分がポケットになっている。忘年会や宴会用でしか着なさそうだ。腹筋を殺しに来ており、彼女は耐えきれず爆笑した。


「あっはっはっ! な、なんでそのエプロン……っ。な、直文さん! そのエプロンなんですかっ!?」


 綺麗に腹筋が割れているリアルな絵。聞くと彼は嬉しそうに話す。


「ん、このエプロンか? 友達の茂吉から貰ったんだ。結構機能性がよくて、使い勝手もいい。最近、男の子の間でこういうエプロンが流行っているらしいね」


 面白ろエプロンを純粋な贈り物として見ており、直文はニコニコと語る。茂吉と言う人は彼の性格を踏まえて、わざと贈ったのだろう。絶対に性格が悪い。

 笑いを堪えつつ、彼女は教える。


「あ、あの、多分、その茂吉さんと言う方から、からかわれてますよっ。こういうエプロンは男子の間で流行ってませんし……っぷ……それ出し物用の物かと、くっぷっ……あはははははっ!」


 堪えきれずに、彼女は笑い出してしまった。直文は瞬きをして、つけているエプロンを手にして見つめる。笑っている彼女とエプロンを交互に見つめた。

 理解したのだ。茂吉という友人がこのエプロンを送った意味を。

 直文はふうと息を吐いて、身に付けているエプロンを脱いで──勢いよく床に叩き付けた。 

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