5 怪異──妖怪について

 夕食を食べ終えて、食器を片付ける。ギャグエプロンは処分すると言う。直文は友人に文句を言うらしい。思い出すと笑ってしまう為、彼女は思い出さないようにする。

 戸締まりをして落ち着いた後、直文と■■はリビングのソファー向き合った。


「今後の方針を話す前にまず君には怪異、『妖怪』についてある程度知ってもらいたい」

「妖怪について知る?」


 彼女は首を横に傾げ、直文は頷く。


「妖怪とは理解不能な現象を引き起こす非現実な存在。妖怪は基本的に人の想いや気に当てられて生まれる。名付けられて、呼ばれてからやっと形を得て妖怪となる。妖怪のような存在が生まれるケースは色々とあるけど、普通の妖怪が生まれるのはこれだ」


 オカルト世界の通説だろうかと彼女は思い、興味津々に聞く。直文は携帯を操作し画面を見せてくれた。


「人と同じように妖怪の中にも悪いものもいれば、善いものもいる。例えば、狛犬と沖縄のシーサーとか善い妖怪の分類となる」


 画面を見せたのは、狛犬とシーサーの写真である。狛犬は神社や寺院を守る妖怪。シーサーは沖縄に伝わる魔除けの妖怪である。彼女はネットやテレビで見て知っていた。直文は画面を横にスライドさせて、多くの別の写真を見せる。狛犬ではない九本の尾を持つ狐や鬼などの絵。


「逆に悪い妖怪も居る。悪い者の代表的は九尾の狐と鬼だ。けど、文明が発展してから妖怪の姿はあまり見ない。そもそも妖怪は住む世界は昔決まっていて、多くの妖怪はこことは別の空間に住んでいるとも言われている」

「では、柘植矢さんは何故妖怪の世界にいかないのですか?

生まれたのなら、妖怪の世界にいけばいいのに」


 彼女の疑問に直文は難しそうに話す。


「妖怪の中には特異的な存在もいる。柘植矢さんはその枠だ。柘植矢さんは妖怪としては中途半端だ。怪談の中で起きた事件は実際にないから人の邪念に近い。だから、妖怪の世界にはいけない。それに、様々な説によって、様々な形で怪異は生まれるから行けないものと行けるものに別れる。俺としては、都市伝説の怪異は語られた話そのものが怪異の本体とも言えると思う」


 話を聞いて彼女は察した。倒せたとしても、大元が消えない限り新たな怪異は生まれ続ける。本来、柘植矢さんは創作から生まれた怪談だ。それを人が怖いと思ったから妖怪として形を得たのである。創作は容易に消せないのだ。


「妖怪についてある程度知れたかな?

ついでに柘植矢さんについても話せたから一石二鳥だ」

「一石二鳥ではありませんよ……直文さん。柘植矢さんの件が何ともならないじゃないですか」


 彼女は項垂れる。妖怪について知れても、柘植矢さんが完全には倒せないことだけがわかっただけだ。直文は頷いている。


「確かに創作怪談は根絶やしできないよ。元々楽しむ為に作られたものだからね。でも、誕生させない方法はある。普通の人ができる方法は限られているけれど、此方側なら幾らでも方法はあるよ」


 此方側とはオカルト側の方なのだろう。陰陽師の真似事をしているらしく、柘植矢さんを生まない方法を知っているのだろう。知っても理解はできないと彼女は考えて、肩の力を抜く。


「なら、良かったです……」

「でも、その前に、今の柘植矢さんの件を解決しないと不味い」


 柘植矢さんに■■は狙われているのだ。直文の言葉通りだ。今の件を解決しないとならない。彼女は背筋を整える。


「聞かせてください。方針を」


 真剣な少女の顔を見つめて彼は答える。


「率直に言うと、はなびちゃんの名前を取り戻す。柘植矢さんの件はその過程だ」


 名前を取り戻すと聞いて、反射的に彼女は立ち上がった。少女は我に帰ってゆっくりと座る。頬を赤くして顔を俯かせた。名前を戻せる希望があるのが嬉しいのだろう。直文は彼女を微笑ましく見つめて、真顔となる。


「はなびちゃんの日常生活を取り戻す為に、名前を奪った奴を探す。不幸か幸いなのか、今の君の状態は名前を奪った奴を探すのにちょうどいいんだ。全面的に俺も協力するよ」

 

 直文自身が構わないのか、■■は気になって聞く。


「……直文さんはそれでよいのですか?」

「うん、俺の目的も君の現状に一致しているから問題ないさ」


 笑って微笑む彼に、彼女は顔を赤くして感謝をしようとした。

 窓が叩かれる。二人は黙って外を見た。窓にはカーテンがかかっており、外は見えない。だが、外に誰かがいる。

 ぶつぶつと複数の声が聞こえ、窓を叩き始めた。

 ばん、ばんっ、ばんっと段々と叩く音が強くなっていく。

 蛍光灯の明かりも接触が悪いのか、ぱちぱちと消えかかる。彼女は声をあげようとするが、直文によって指で閉ざされた。彼は彼女と顔を合わせる。人差し指を立てて唇に持ってきて、直文は静かにとジェスチャーを送った。

 彼は懐から文字が書かれた札を出し、彼女に渡す。

 彼は立ち上がって、窓の前に来る。足を勢いよくどんっと踏み、音をたてた。千鳥足のように床を足で踏みつけるが、儀式的だった。

 床を踏みながら仏教で使うような呪文を言い、最後の一歩を踏み終えると共に呪文も唱え終える。周囲に透明な波紋が広がった。外からの声と音も消えて、嫌な雰囲気も消えていく。蛍光灯の明かりも通常のものに戻った。直文は元の姿勢に戻って、彼女に向く。


「もう大丈夫だよ。はなびちゃん」

「直文さん、今のは……」

「君に渡した物は存在を隠すための札さ。あと、禹歩って言う特殊な歩き方と呪文を使用して、一応君を追ってきた怪異を追い払ったよ」


 札に儀式的な呪文と歩き方。テレビで見たような怪異の追い払い方。先程の出来事を思い出して彼女は札を握り、瞳を輝かせて問う。


「直文さん。本当は陰陽師なのでは……?」

「違うかな。陰陽師に似た何か」


 別物だと言われて、彼女は内心で少しだけがっかりした。直文は腕を組んで、カーテンのかかった窓を見る。


「さっきのあれはしつこそうだ。しばらくこの家に怪異が来ないように結界を張っておこう。君には明日無事に外へ歩けるようにお守りを拵えておこうか」


 頼りっきりになるのに申し訳なさを感じたが、彼女は力がない分何もできない。その分、滞在してくれている場所を綺麗な場所であろうと心がけた。 

 先程は怪異を追い払っただけで、根本を解決しないと安全ではない。柘植矢さんが出そうな付近を直文は教えてくれた。田んぼには必ず出る為、田んぼには近づかない。

 気を付けようと考え、風呂に入る。お風呂を出た後、友人の奈央から電話が来た。声が泣きそうなぐらい、心配してくれた奈央に彼女は感謝した。友人から明日の予定と必要な物を教えられ、明日の準備をする。

 直文に休みの挨拶をし、髪を乾かして■■は今日も一日を終えた。




 翌朝、彼女は良い匂いで目が覚めた。

 ぼうっとした頭で起き上がって、少女は不思議に思って階段を下りていく。キッチンが隣接したリビングを見ると。


「あっ、おはよう。はなびちゃん」


 高く髪を結んだ直文が笑っていた。普通のエプロンをつけて笑っている。スウェットとTシャツという身軽な姿でおり、お茶を急須で淹れていた。彼女はビックリをしたが、すぐに昨日を思い出して挨拶をする。


「お、おはようございます。直文さん」

「うん、昨日より顔色はいいね。ご飯が出来ているから、椅子に座ってて」


 テーブルの上を見ると、野菜の味噌汁と白いご飯。焼き魚やお浸し、納豆、緑茶。理想的な和食の朝食が並べられており、少女は一瞬夢かと思った。よく見ると直文の分もあり、彼は急須をおいてテレビをつける。


【二日前、区内の中学生の男女四人が行方不明になっていることが判明しました。捜索はまだ続いており、進展は】


 彼女はビクッと肩を揺らした。画面には行方不明になった中学生男女の名前と写真。アナウンサーが口頭で名前をあげていく。柘植矢さんに取り込まれた彼ら。全国のチャンネルに乗るほどの大きな事件になっていたようだ。コメンテーターの一人として幸徳井治重がでていた。


【中学生の中には怖いもの知らずの子もいますから、ちゃんと注意しないといけません。夜は】


 話を聞きながら直文は椅子に座って、テレビの画面を見てお茶を飲む。


「昭和や平成なってから文明の進みが早くなったよなぁ……。いただきます」


 ニュースの内容は触れずに、直文は手を合わせてご飯を食べる。続けて彼女も朝食をいただいた。関わろうとしている直文がニュースの内容に興味無い。人を助ける方法を聞いた時も彼は淡々と答えていた。人が死んだら悲しいのではないのか。虐めっ子であったとは言え、四人も怪異にやられた。

 彼の倫理観が彼女は解らなかった。

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