8 古今の邂逅2

 奈央と麹葉は驚き、八一も目を丸くした。

 夜久無は背中を強く蹴られて、河口側までふっとばされる。八一が蹴りつけた訳ではない。夜久無を蹴りつけた相手は別にいる。その人物は空宙くうちゅうに浮かんでおり、ゆっくりと地面に降りてきた。

 長いあでやかな黒髪くろかみに龍の耳と角。麒麟に模した仮面をつけており、襟巻えりまきを風でなびかせる。ブーツで川の中に降り立ち、八一と向かい合う。突然の乱入者に奈央と麹葉は驚く。八一は一瞬だけ目を丸くしたあと、彼を見つめておだやかに笑って見せた。


「身隠しの仮面か。懐かしいものを引き出したな。直文」


 名を呼ばれ、彼はそれを外して顔を見せた。淡々とした月光を思わせる無表情。見知みしった顔に奈央は驚き、八一は白い歯を見せてにんまりと笑う。


迎えに来るの未来から来るのが遅すぎだ。もう表情がたくさんあるんだろ? 笑って見せなよ。久田直文」


 指摘を受けて直文は目を丸くし、表情をやわらかくした。


「……まったく、何処まで事情を把握しているだ。八一」


 親しげに呼ぶ彼に、八一は楽しそうに答える。


「保護した協力者のお嬢さんから未来が変わらない程度まで。お前の話も大体聞いた」

「なるほど、把握した。まったく、手早いな」


 過去の仲間に直文は苦笑した。そこにいるのは奈央の知っている久田直文である。また遠くからは声が聞こえてきた。奈央にとっては聞き覚えのある友人の声だ。


「……ちゃーん……なおちゃぁーん!」


 河川敷かせんしきの奥から、不慣れながらも走ってやってくる少女がいる。

 顔に紋様の描かれた布のようなものをつけている。雑面ぞうめんという雅楽ががくめんの一つだ。布を着けた少女は顔の布を外す。見慣れた未来の服を来て、彼女はやって来ていた。帰るまで聞くことのできないと思っていた声。奈央はひとみを潤ませる。花火の少女の名前を呼んで走り出した。


「依乃ちゃんっ……はなびちゃん、はなびちゃんっ!」


 やって来る依乃の元へと駆け出して、互いを抱き締めた。

 抱き締めるときの感触はあり、温もりもある。雰囲気ふんいきも香りも知っている。間違いなく、奈央の友人有里依乃ありさとよりのであった。ここにいる経緯を知る疑問よりも安心感が勝り、奈央は泣き出す。


「っわぁーん! はなびちゃんっはなびちゃんっ。本物? 本物だよねっ!?」

「うん、うん……! 私だよ。奈央ちゃんっ。……よかった。本当に過去にいた……!」


 涙ぐむ依乃の顔を見て、奈央は力強く友人を抱き締めた。


「っ……寂しかったよ……。帰りたいよっ……!」

                           

 向日葵ひまわりの少女の悲痛な声に依乃は頷く前に、八一が口を開く。


「悪いがお嬢さん。そうことは簡単に済まなさそうだ」


 河口側の方を八一は見つめる。蹴り飛ばされた夜久無がボロボロになりながら、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきたからだ。直文と依乃の登場に、夜久無は顔に出ている動揺を隠せていない。敵の狐をにらみ付けて、直文は八一に顔を向ける。


「八一。現状の説明を簡潔に」

「あいつは田中奈央狙いでここに来た。ちょっと呪いをかけて痛めつけたんだけど、とんでもないことに時駆け狐はあいつが取り込んで一部にし眷族けんぞくにした。以上」


 厄介そうに直文は顔をしかめる。簡潔な説明だが帰りが難しくなったことをすぐに把握したようだ。動揺せずに直文はここに来た方法を話した。


「俺達は時駆け狐に似せたもので未来から来た。だから、片道で帰りはない」

「まじか。理由は……ありそうだな」


 苦笑する八一を見て、直文は夜久無に目線を送る。


「どうする。八一。あいつを廃人はいじんにでもするか?」

「直文。むしろ傀儡くぐつにした方がよくないか。効率よくすむ」

「なるほど、いいな」

 

 八一の提案に直文は頷く。

 怖い会話を聞き、夜久無は表情を強張こわばらせる。話を聞いていた少女達もぞっとするしかなかった。精神を壊して生きた人形にするのもよしと言うのだ。普通の人からして恐ろしいと言うしかない。

 八一は目を向けると、夜久無は「ひっ」と怯えて煙と木の葉を撒き散らして姿を消した。

 アニメや絵本に出てきそうな典型的な狐の消え方に、八一はため息をつく。


「おいおい、逃げ方で三流の実力を見せるなって」


 直文は八一に疑問をぶつける。


「逃がしてよかったのか?」


 せっかくの帰還方法をつかむ相手を取り逃がしたのだ。最もな疑問に八一は頷き、難しそうに川の奥を見つめる。


「ここで痛めつけても、多分たぶん時駆け狐の力も削がれる。お嬢さん達の帰れる力もなくなるかもしれない。傀儡くぐつにするのも時間かかるだろう。夜久無はしばらく動けないだろうし、帰るための力を蓄えさせるのがいい」


 一部になっている以上、八一達も下手に動けないのだ。


「……まあ、諸々もろもろ気になることもある。けどまずは話す場所を作ろう」


 八一は少女達を見つめて、直文に提案をする。その案は賛成であり、互いの情報を共有することが先決。仲間の提案に彼は頷いて、少女達に近付いて申し訳なさそうに声をかける。


「二人ともごめん、怖いところを見せた」


 依乃は首を横に振る。


「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」


 奈央はガッツポーズを作り、直文に笑う。


「私も大丈夫です。夜久無ざまぁみろが強かったので怖いとは思いません!」


 いつもの明るい向日葵ひまわりの少女に、直文と依乃はほっとする。明るい笑顔に八一はまばたきをして、ほんの少しくちびるを尖らせた。


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