7 古今の邂逅1

 水面に人が映り、それは姿を現す。顔には痛そうな火傷の跡があり、夜久無は不敵に笑う。


「ふふっ、胸糞悪いと思ってくれたのならば上々だ」

「はっ、私が怖くて傍観してたお前が自らの手で嫌がらせしないとは強い向上心と比べて小心者だな」


 八一の煽りに相手は嫌そうに診ている。だいぶ彼の煽りが効いたらしい。相手は六本の尾を出し、多くの狐の炎を出した。無数の狐火きつねびは八一に放たれる。


雨穂さめほ


 言霊を吐く。狐火きつねびは川から出てきた水柱で消えた。八一の背後に夜久無が現れ、手に鋭い爪を生やして誘うとする。八一は振り返り様にその手の攻撃を打ち払い、相手の懐に潜り込み掌底しょうていを決める。夜久無の体は突き飛ばれる。石打いしうちのように何度も水面にぶつかり、川の深い場所で止まる。八一は駆け出して合口あいくちを出した。

 夜久無に刃を振りかざすも、ばしゃっと水音がするだけで姿はない。

 川から魚が飛び上がると変化が解かれ、夜久無が現れる。彼は八一を蹴り出す。蹴りを入れた部分が、木の葉に変わる。八一の体が木の葉へと変化した。夜久無は目を丸くするひまもなく、全身を木葉このはで覆われた。


 全身を木葉このはで覆われた夜久無は、川の中に再びたおれた。顔の葉を剥がしながら起き上がろうとする。が、八一から背中を踏みつけられた。


「っ……! 貴様っ!」

「自身の力で生やしたわけじゃない尾を見せつけて何て様だ」


 見つめて、八一は楽しげに笑う。


「発」


 指を鳴らすと、夜久無の顔の火傷が赤く光始めた。


「っ!? ぁあああああああぁい゛い゛だい゛ぁあああああああぁいだだがぁさっぎぃやあさかぁがぁぁぁ──っ」


 夜久無は顔を水につけ始めるが、川面からはブクブクと水泡が溢れて割れていく。顔に水をつければ、かけられた呪いの痛みもとれると思ったのだろう。八一は甘くはない。まだ夜久無が激しく水泡を作り出しているのが、その証拠だ。


「その呪いは体からの痛みじゃない。魂にかけたもの。水につけるだけじゃあ痛みなんて誤魔化せない。お前の食った魂を解放、大明神の使い魔を出したら解呪してやるよ。ほら、早く答え出せよ」


 八一は夜久無の頭をつかんで顔をあげさせる。痛みで顔をゆがませて、ひとみからはボロボロと涙が流れていた。


「ユ゛るじで……ユ゛るじで……」

「許しを乞えなんて言ってはない。魂の解放と大明神の使い魔を出せと言った。まだ許しを乞う元気があるなら耐えられるな」


 夜久無は八一をにらみ付けるが、彼はそのにらみすらも楽しそうに微笑む。

 指を鳴らすと、更に顔の赤い光が強まる。狐の絶叫ぜっきょうは響き、苦しみの声が響く。顔を水面につけてもがく。水泡をたてて手足をばたつかせて、顔をあげさせさせられまた体を痙攣けいれんさせた。

 何度も繰り返し、八一は笑みを浮かべ続けている。

 拷問ごうもんだ。奈央は見てられず、耳と目を閉じている。麹葉も凄絶せいぜつな八一のやり方に言葉が出ずにいた。

 しばらくして夜久無は顔をあげて、声をあげた。


「ずる゛っ! がいほぅするっ!! つかいまだす……!!」


 夜久無は人には見せらぬ行為で蛍を出していく。魂であることを確認して、八一はうれしそうに笑った。


「それでいいんだよ」


 もう一度指を鳴らすと、夜久無の火傷が赤く光らなくなる。

 吐き出す様子を見せているが、夜久無はある一本の尾を動かし彼の首を狙う。八一は体を横にそらして、その尾を掴んだ。夜久無は目を丸くする。殺そうとしたことに八一は驚きもせずに、笑い声をあげた。


「あっはっはっはっ! やっぱ、そう素直に従うわけ無いか。大体の狐は性格が悪いからなぁ。予想はついた。もういい」


 八一が再び力を使おうとすると、夜久無はにぃと口角をつり上げて声をあげた。


「いいのかっ!? 僕を殺すと目的の使い魔が消えるぞっ!」


 その言葉を聞き、八一の動きが止まる。奈央も聞き捨てはならなかった。

 夜久無を殺せば、時駆け狐は消える。

 時駆け狐の消滅は、奈央の帰還を不可能にする。どういう意味なのか。

 彼らが考える前に、夜久無の蹴りが八一に入る。

 勢いよく蹴り飛ばされるものの、八一は手と足を使い器用に川の上へと着地する。息を深く吐き、立ち上げる夜久無を見据えた。

 微笑みすら作らず、八一は真顔で見つめた。


「──どういう事だ」


 夜久無は全身に貼り付いていた木の葉を落とした。


「僕の元にいる使い魔を僕の一部にし眷属けんぞくにさせて貰った」


 相手の言葉に麹葉は驚きの声をあげる。


[そんなのありえない。稲荷大明神様の意識なき使い魔とはいえ、貴方あなたの一部になるなんてっ……]

「いや、ありえる。麹葉さん、お嬢さんの件を思い出してくれ」


 指摘されて、麹葉は目を丸くした。

 純粋な神の使い魔を取り込むのは難しい。だが、怪談化している時駆け狐ならばどうなのか。怪談化してしまえば、時駆け狐は使い魔でありながら怪談の妖怪として存在を確立する。未来で特殊事例が起こったことにより、夜久無の力の一部になり得たのだ。

 今までのやり取りを見ていた奈央は呆然ぼうぜんとする。


「……嘘」

「本当だ。我が花嫁」


 夜久無が肩に青い白い狐を出し、二人と一匹は驚く。青白い狐は淡々と彼女たちを見て尻尾を揺らす。奈央が見た時駆け狐で間違いはない。麹葉と八一は目の当たりにし、驚きを隠せていなかった。


[……そんな、私でもわかるほど変質してる……!]

「怪談化したのは聞いたがここまでとは……」


 驚きを見せている彼に、夜久無は笑って自身のほおを傷付ける。すると、同調するように時駆け狐のほおも傷付いた。八一は舌打したうちをして、忌々しそうににらむ。


「いつ眷属けんぞくにした」


 表情を見て、夜久無は満足そうに笑う。


「貴様が僕に呪いをかけてから。やけに使い魔にこだわっていたのでちょっと仕掛けてみたら……やはりこいつを欲しがっていたか」


 意趣返しを込めて、時駆け狐を取り込んで眷族けんぞくにしたのだろう。意趣返しが悪質さに八一は息を吐く。


「力が弱いなら頭脳を使う。悪知恵だけは働くわけだ。大明神の眷族けんぞくを取り込めたのは自身の力と驕らなければ称賛したのにな? 下位」


 八一は頭を掻いてシニカルに微笑む。地雷を踏んで、夜久無は青筋あおすじを作らせた。


「っこなくそぉぉぉっ!」


 夜久無は青白い狐を消して、八一に飛びかかってきた。八一は合口あいくちを構える。が、夜久無の背後に影が現れて、勢いよく蹴られる。


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