1 狐と向日葵少女の穏やかな日常
真夜中、稲内八一は大崩海岸にある道路を通ろうとしている。急なカーブに気をつけて運転をする。大崩海岸の道路であるが、海側に突き出ている道路は有名である。
大崩海岸一帯が心霊スポットだ。ここには多くの崩落事故が起きている。死者も出ており、幽霊の目撃情報もある。
黄色い車。古い民家。古い廃墟の旅館。タクシーに乗っていたはずの乗客の女性。海は霊的にもより易い場所であり、舐めてはならない。
また八一は焼津市に向かう際に、大崩海岸の様子は定期的に様子を見に来ている。本職の仕事柄だ。駐車場でバイクを止めて、奪われないように固定しおく。トランクから彼と線香と多くの花をだして、彼は亡くなった場所に向かうため軽々と柵を飛び越えていく。
山中を通るため、虫除けスプレーなど対策はしっかりとしてある。木々を軽々と乗り越えて、彼は崩落現場や亡くなった場所に花と線香を添えていく。死者を鎮魂する為でもあり、ここに溜まっている幽霊たちを慰めて成仏させるのもまた仕事だ。
最後の場所で合掌をして、彼は立ち上る線香の煙を見る。
厄介な幽霊に好かれることもあるが、強制成仏させて三途に送るのが常。彼は息をついて駐車場に戻ろうとするがゾワッと肌が立つ何かを感じた。
気配のした方に首を向ける。そこはかつて旅館があったとされる廃墟。まだ一つの民家には人の気配が感じる。そこは、
肝試しで入ると不法侵入となるが、あの世側としての立場ならば八一達はずるい方法で侵入ができる。
今宵動くのは得策ではない感じて、彼は駐車場に戻っていった。
金曜日。奈央は部活が終わったあと、駅前で悩んでいる。向日葵笑顔はない。この世の終わりというしょぼくれた向日葵のように俯いて奈央は涙ぐんでいた。
「ううっ……数学……化学……物理……英語……どうしよう……」
どれもが向日葵少女の苦手な単元。宿題を出されたのだ。中学の時よりも多い宿題の数。どれもが彼女の苦手教科である。テストは山野もといい、八一のスパルタで平均点は何とか越えた。
テストを終えたあとでも授業のペースは早い。追いつくのは精一杯であり、依乃や先輩の澄に助けてもらっている。文田先生が直文と知ってからは、依乃と一緒に勉強を教えてもらっていた。
頼み方は土下座。彼女にとって苦手教科は九死に一生スペシャル。ひぃこらひぃこらと頑張って覚え、小テストではぎりぎり高得点を取っている。だが、今日に限って依乃は化学部の文化祭の準備があり、直文は学校で仕事に追われている。
先輩の澄も部活の練習をしていた。
他の友人にも頼ろうかと思ったがほぼ全員が文化部であり、文化祭の準備で忙しいことを思い出して心で泣いた。寺尾茂吉にも頼ろうかと思ったが連絡先を知らない。
唯一頼れる相手はいるが、その相手は油断ならない。バイクの音が近くまで聞こえて、奈央は気付いて顔を上げる。
ゴーグルを取って、その油断ならない相手は顔を見せた。
「よっ、奈央。部活お疲れ様、元気か?」
美しい狐のように微笑む男性の稲内八一。彼女は警戒心をあらわにして、バッグを抱き締める。警戒される様子に八一は心外という顔をした。
「なんで、そんな警戒するのかなぁ? なおじょーさん」
「……何処で外堀を埋められているか、わからないからだよ……」
「ええっ……そんなに私は信用ならないの……?」
「信用とか関係なしに、誘惑するから嫌なの! 私は勉強一点集中! 部活がんばる! 恋愛御法度!」
「ええー、しょんぼり」
わざとらしくしょんぼりとする。
八一の中では外堀埋め立て工事は奈央のリクエストに沿っている。即ち、高校三年生までに確実に落とすつもりなのだ。このように最低な男のように書いてあるが、彼なりに責任を取るつもりだ。彼自身組織に巻き込ませてしまった罪悪感がある。(
しょんぼりするのをやめて、彼女の顔を見た。
「しょんぼり演技はいいにして、本当にどうした? 解決できる事なら私も協力するぞ」
おふざけなしに聞いてくるため、奈央は仕方なく話す。
「実は宿題でわからない所があって……」
「宿題か。いいよ、今日と土日で教えてあげようか?
明日の部活は休みなんだろう」
「えっ、いいの!?」
「勿論。どうせ、わからないものが理系で悲鳴をあげそうとみた」
指摘されて、奈央はビクッと震えた。当たっている彼女の反応に笑って、八一は話を続ける。
「まあ、学生と成人男性が一緒にいると怪しまれるから、すぐに奈央の家にお邪魔するけどいいか?
奈央の両親からも信頼されている。外堀を埋められつつあるのは納得いかないが、九死に一生スペシャルよりマシなので彼女は首を縦に振った。
いつもの通学路を辿って、奈央は駅の電車に乗る。目的の駅について、自転車にのって漕いで帰路を走っていく。走っていると家に付き、自転車を軒下にある駐車場近くに置いておく。
玄関の前につくと、遠くからバイクのエンジン音が聞こえて彼女は振り返る。
十数分前に見たバイクと運転手。彼は家の玄関の前に止めて、ゴーグルとヘルメットを外した。
「おっ、家の中にいるかと思ったらまだ入ってなかったのか。奈央」
「八一さんっ!」
「よっ、さっきぶり。一応君の家族には一報入れておいたから、私が来ても驚かないよ」
根回しをしてあるらしい。奈央はバイクを止めていい場所を指定して止める。トランクから八一は大きな袋を出した。いい甘くて匂いがして、奈央は興味津々に見つめて聞いた。
「ねぇ、これは?」
「ん? 手土産のチェリーパイ。真美さんと荘司さん、甘いもの好きだろ?
私の先輩のやってる店が時々出しててね。人数分テイクアウトで貰ってきた。冷やしても美味しいから皆で食べて」
甘いもの。確かに目がなく、さくらんぼといえば旬な果物である。奈央は感激して、向日葵な笑顔を作り出して。
「~~っ! 八一さん、素敵です!」
勢いよく飛びついて抱きつく。八一は驚きながらパイを守りつつ、
──事前に連絡を入れていたからか、八一の来訪を二人は喜んだ。娘の勉強を見てくれることに感謝をし、夕飯を共にして談笑をする。家族の
夕食後、奈央は手土産のチェリーパイを食べる前に勉強。八一に促されて、奈央は涙目になって机と向き合う。
「ううっ……チェリーパイ……」
「勉強のご褒美に取っておけ。君の場合はにんじんをぶら下げておいたほうがいいだろう」
「私は馬じゃありません!」
反論する彼女に八一は教科書を広げた。
「悪かった。さて、今日は数学をやろうか。今日終わらない所は明日教えてあげる。前みたいにスパルタにはならないからさ」
自身が悪かったというのもあり、奈央は気まずそうに黙る。向日葵少女の顔を見て八一は笑おうとするが、笑みが消えて目を見張った。表情の変化に気付いて、奈央は何事かと八一の顔を見る。
険しい顔をしており、奈央は訪ねようとしたがすぐにやめた。
遠くから声が聞こえてきたからだ。普通の人では聞こえないが、奈央には
【だょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょたぉだょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょたぉだょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょたぉだょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょたぉだょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょたぉだょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょたぉだょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょたぉだょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょたぉだょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょたぉだょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょたぉ】
人では出ない声が近づいてくる。先程の人でない声を鳴き声のように上げる。壁にペトペトと張り付く音がした。こちらに向かってきている。奈央の両親は気付いてない。
奈央は怖くなり、八一に抱きつく。窓の方を見ると、顔は真っ黒で人の片目が見え。
「
八一から吐かれた言葉により、周囲に波紋が広がっていく。バチッと黒いものも弾かれた。ペトペトと物凄い速さでその黒いものは遠くへと逃げていく。それ以降、悪いものの気配はない。八一は深いため息を吐いた。
「私を人間と勘違いしてついてきたのか、あの怪異……」
「えっ……? 怪異って……!? なんで、ここに……!」
驚く奈央を八一はまじまじと見つめ、やがて白い牙を出して不吉な笑みを浮かべる。何かを思いついたようだ。
「喜べ。奈央。明日、君の宝の持ち腐れを活かそうじゃないか」
彼の言っていることを、この時の奈央は理解出来なかった。
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