2 向日葵少女の膝は大崩のように崩れた

 昨夜は八一のおかげで宿題は捗り、チェリーパイをご褒美に食べた。八一の分ももらい、奈央はほくほくと喜んていたが「前払い」と言われた。この時の奈央は理由がわからなかった。

 翌日の午前、ある場所に来て全てを理解した。八一はある喫茶店の駐車場へと止まって、バイクから降りた。奈央も降りて、現在いる場所を見て表情に嫌だと出す。

 海風は気持ちがいい、ツーリングには最高の道路であり景観地でもある。場所によって喫茶店や旅館がある。景色を目的の観光をするのは良い。

 しかし、静岡県民しずおかけんみんならば知る。大崩海岸辺り一帯とは心霊スポットでもあると。


「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………帰っていいかな? 八一さん」

「だぁーめっ♡」


 少女の長い沈黙を、語尾にハートマークをつけて止められた。奈央は本気で彼に怒り泣きたくなり、膝が崩れた。

 怪談のネタに困らない大崩海岸。少女は通り過ぎるが、この近くでゆっくりしたことはない。奈央は話を聞くのは好きだが、実体験はノーセンキュー。向日葵少女は本気で泣きたくなった。

 幽霊や妖怪は普通の人では見えない。しかし、前回の事件で奈央は幽霊の声が聞こえ、見えるようになった。

 直文のお守りなしでは直視は防げない。時折聞こえても自分の意志で防げない故に、奈央は見えぬふり聞こえぬふりをしてきた。山と海岸一帯に漂う幽霊と声で察する。宝の持ち腐れである神通力の扱い方を覚えさせようとしているのだ。

 依乃の見ている世界を理解して、奈央は帰宅したくなる。彼女はゆっくりと立ち上がっていると、八一は真剣に話しだした。


「これは、奈央の為でもある」

「……私の?」


 八一は頷き、自身の目と耳を指差して話す。


「君は無意識に見たり幽霊の声を聞く。今日、ここに来たのはそのオンオフが出来るように訓練をするんだ」

「……な、……なるほど……? あれ? でも、はなびちゃんも幽霊が見えているはずなのに……なんで私だけ訓練なの?」


 指すのをやめて、複雑そうに話す。


「有里さんのは体質だ。ホントに特殊なケースだったから、彼女のは霊媒体質と言う不治の病にかかったと考えてほしい。不治の病は治療法が見つかっておらず、今その場で対処するしかない。奈央の神通力は言わば、補助具兼防犯グッズだ」

「……なるほど、はなびちゃん。大変だ」


 八一の例えで親友の苦労を理解し、直文が過保護になるのもわかる気がした。

 彼の話はまだ続く。


神足通じんそくつうに関しては、麹葉さんがスイッチのオンオフしてると思う。だが、その他の二つは難しい。ここでスイッチのオンオフができれば、少しは日常生活に差し障りない程度にアッチ側を認識せずにすむ」


 力に振り回されるよりも、キチンと制御したほうがいいのは確かだ。

 八一の言葉は説得力はあって正しい。正しいが向日葵少女の顔はげんなりとしていた。狐は奈央に悪戯いたずらっ子の微笑みを浮かべる。


「逃げようっていう考え、頓挫したろ」

「……そりゃそうだよ!! 仕方ないってわかったよ!

でもね、誰が怖い目に遭いたいの!? 誰が死ぬ思いをしたいの!?

私は命知らずのオカルト好きさんじゃないよっ!?」


 両手をにぎって奈央は必死の抗議をする。八一は口元を緩める。


「ここであの人の奥さんの影が出るとは、いや、その人が異常なだけだ。というか、君一人をさせるわけ無いだろ。指導役は当然必要になる。安心しろ、危なくなったら守る」


 嘘はなく、奈央は肩を落とした。連れてこられた以上にやるしかない。また神通力を制御できなくては、普通の日常生活は送れないだろう。学校の中で幽霊に遭遇なんて洒落にならない。


「では、まず何をすれば……」


 八一に尋ねて返ってきた答えは単純。


「精神統一だな。まず、何度かスイッチを切るイメージをする。切り替えもスイッチを押すイメージを何度かしていればいい。まあ悪戯いたずら好きの幽霊やちょっかいを出す妖怪もいるだろう。簡単じゃないけど、大丈夫。急ピッチで仕上げて君の平凡を取り戻そう!」


 にこやかに親指を立てる彼に奈央は泣いて怒り出す。


「おにぃぃ! おにぃぃ! おにぎつねぇぇぇ! 簡単に言うなぁ!」


 ツッコミを入れるが、やるしないのだ。八一は大丈夫と微笑むものの、周囲の幽霊が遠くから奈央を興味深そうに見ている。

 何あの子。カッコいい子といるけど、訓練って何するのかな。邪魔しようかしら。と妬むおば様井戸端会議のような会話が聞こえて奈央は涙目になる。集中できるかと内心でツッコミを入れながらも、自身の日常安定の為にやるしかない。

 直文からもらったお守りを八一に預け、海に向いて息を吸って彼女は集中をした。




 お昼頃。

 近くの喫茶店の丸テーブルで食事を二人は頼む。

 二人のいる店は海岸近くにある店で、美しい駿河湾するがわんを一望しながらティータイムを楽しめる。奈央は疲れ切っている様子で腕を埋める。八一は水の入ったグラスを手に微笑む。


「お疲れ。その様子だと大分ちょっかい出されたようだな」

「……ううっ……ばかぁ……」


 泣いている彼女に、八一は頭を撫でてあげた。


「よく頑張りました。カフェの代金は私持ちだ。ご褒美に追加でデザートでも頼むか? ケーキとかあるぞ」

「……頼む……」


 撫でるのをやめて、彼女は顔を上げた。

 目の前に見える駿河湾するがわんの光景。夏を運ぶ雲は流れゆき、青い海の上に影を作る。大崩海岸の特徴的な道路が店の窓から見えて、車がカーブを気をつけて曲がっている。だが、その一部も景観地に相応しい絶景の光景だ。美しい景色を見ながら、ランチを食べるのは贅沢だ。


「……ここ、話には聞いたけど凄いね……」

「だろ? 大崩海岸はツーリングで走るのは気持ちいい道路だから、よくこの喫茶店には寄るの。その分、気をつけないとだけど」


 急なカーブがあっても、八一は下手な走りなどをしない。運転が上手く、意外と安全を心掛けているのだ。

 運ばれてくる本日のランチ。運んでくる喫茶店の奥さんにデザートの自家製のケーキの追加を頼む。今日は煮込みハンバーグらしく、ソースの香ばしい香りが二人の鼻を通る。

 奈央のお腹の虫がなる。聞こえていたのか、八一は瞬きをして可笑しそうに笑い、向日葵少女はぷんすこと怒っていた。

 先に八一の料理が並び、その後に奈央の分がやってきた。ハンバーグをメインに定食風のランチ。二人で手を合わせて挨拶してからご飯を食べる。

 美しい風景とおだやかな二人っきりの時間。店内には人々の話し声と、流れる音楽がBGMとなる。何と贅沢な昼食なのだろうと、向日葵少女は味噌汁を飲みながらほっこりとしていた。

 煮込みハンバーグのソースの香ばしさに、奈央はハンバーグをフォークで切って煮込まれた野菜と共にいただく。煮込みハンバーグのコクと旨味が疲れた心に染みて、奈央は涙目になった。ホラーゲームのような怖い目に遭って、癒やしのご飯なのだ。


「美味しいよぉ……」

「頑張ったあとの飯はうまいよなぁ」


 美しい所作しょさで味噌汁を飲む。一口飲んで、奈央に話す。


「けど、お嬢さんにはもう少し頑張ってもらいたい。何せ、昨日の奴がここにいる可能性がある。それを感知できなくなるのを目標にしてもらいたい」


 昨日、家まで来た怪異のことだ。


【だょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょ】


 人の声ではない声でペタペタと歩き出していた。何処かで見たことあるようなと、奈央は考えながら味噌汁を飲みを終える。八一は正体を知っているだろう。器をおいて、彼に尋ねた。


「八一さん。その怪異って……どんなの?」

「『だょたぉ』」


 一息置くまもなく即答され、奈央は硬直こうちょくした。

 悪さをした人を食べる『だょたぉ』と言うお話。

 知っている。知ってはいたが、奈央自身悪いことをしてはいない。父親と母親にもその気配はない。奈央はどうしてと考えているが、八一が話し出す。


「『だょたぉ』は私を狙ってたのさ。悪人としての私をな」


 味噌汁を飲み終えて器を置いた。悪人と聞いて、奈央は首を横にかしげる。八一は輪廻の巡りと奈央を守る為に動いており、彼が真の意味で悪人と思えない。善人とも言い切れないが、今の八一は悪いことをしてないはずだ。キョトンとしながら、彼女は話す。


「八一さんは悪人じゃないよ」

「ありがとう。でも、私が判定されるのはきっと過去の件も含まれてるからなんだろう。今が清くても、組織の半妖私達のしてきた罪は消えるわけじゃないしな」


 何気なく笑って話すが、奈央は悲しく思った。

 八一と再会した時に、生まれ変わった話を聞いた。前世の経験と記憶、全てそのまま持って転生する。贖罪しょくざいしながら、彼自身、いや彼ら自身はそれを背負っていくつもりなのだろう。彼らの成り立ちを考えて、【だょたぉ】が八一を狙ったのに引っかかりを覚えた。その引っ掛かりを疑問に思いつつ、向日葵少女は思ったことを話す。


貴方あなたはそう思っても、私は八一さんを悪人とは思えないよ。私達と久田さん達を大切に思ってくれているんだもん。……本当に良い人だよ」


 はげましに、八一は目をまるくしてほおを赤くして笑う。


「……ありがと、お嬢さん」


 感謝をしたあと、八一は茶碗を手にする。


「さて、昼食とデザートを食べたら訓練の続きをしようか。奈央」

「……明日って言うのは……」

「ない♡」


 いい笑顔で告げられて、向日葵少女は落ち込んだ。



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