3 『だょたぉ』出現

 ご飯を食べ終えて、二人は場所を変える。大崩海岸の道路の用宗もちむね街道かいどうを通る途中に、下るカーブが効いた道路がある。曲がって下っていくと、複数の民家が見えてきた。

 大崩のある場所には民家や旅館などがあり、海がより近くに見える。

 二人はバイクから降りて、海岸へと行く道を辿る。バイクを押しながら、八一は海を見て、奈央は興味津々に周囲の風景を見つめる。彼女にとっては大崩海岸の一帯をゆっくりするのは初めてだ。多少の幽霊はいるものの、見なければいいのだ。視線を横にそらすと、八一と目がかち合う。

 向日葵少女は驚き、彼は優しく笑ってみせた。


「どうした? なんか、怖いものでも見たのか?」

「えっ、あっ、ま、まぁ……」


 曖昧な返事をして、ほおを赤く染めて目をそらした。彼女を見て、八一は笑いながら話す。


「本当にお嬢さんはいい反応をするよ。けど、神通力って便利のようで扱いにくいから見たくないもの見ちゃうよな。……さて、ここでいいか」


 海岸に来た。

 砂より小石が多い海辺。人が遊ぶ場所でないのは一目瞭然。この近くに住む近所の人が遊びに来る機会が多そうな場所だ。

 バイクは近くに止めて、二人は海辺に近づく。

 海により近づいたことで幽霊はより見えやすい。海や海の上に、多くの透き通る人の手と人の姿が見えるからだ。

 見えてしまっている幽霊に、恐怖を抱いて奈央は体を震わせる。すると、肩に手が置かれる。大きくて稲穂のように暖かな手。首を向けると、八一は柔らかな顔を向けていた。


「いいか、奈央。怖いなら目をつぶっていい。視覚情報を遮断して、さっきのように集中だ。スイッチのオンオフをイメージしながら神通力の二つの力を切る。声と姿が見えなくなれば、君の神通力の制御が出来てきた証だ。……できそうか?」


 暖かな声で肩の力が抜ける。身の内に湧いていた恐怖もおさまってきた。

 奈央は首を縦に振る。


「……なん、とか」

「……うん、よし。じゃあ、やろう」


 八一の手が離れる。近くに彼の存在を感じるだけで、向日葵少女は肩の力が抜ける。奈央の手が強くにぎられた。彼女はスイッチのオンオフをイメージしながら、息を吸って深呼吸をする。

 目を閉じて、想像をする。奈央は先程までは人の手でスイッチを押すイメージをしていた。人の手ではなく、自動でオンオフのイメージをしてみる。

 一時間、二時間ほどたっただろうか。集中力は途切れそうになりながらも、彼女は精神統一を続ける。


【──……だょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょ】


 遠くから異様な声が聞こえ、向日葵少女はビクッと震えた。『だょたぉ』の声だ。近くにいるのだろうか。奈央は不安になりつつも、想像を続けた。


【だょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょ……】


 遠くからの声を聞き続ける。ペタペタと足音も近づいてくるように感じて、奈央は怖くなってくると。


「奈央、私はここにいるよ」


 彼の声が聞こえた。八一が近くにいる。それだけで、ほっとしてしまった。


【だょたぉたぉだ】


 自身の中でかちっときれる音がし、同時に『だょたぉ』の声も聞こえなくなる。奈央は驚いて目を開けた。

 海から見える人の手と人がない。彼女は狐の彼に顔を向ける。向日葵少女の反応に気付いて声をかけた。


「その反応からして成功か?」

「そ、そうだけど……し、自然とだよ!? 八一さんが声をかけくれなかったら、できなかったもだし」

「へぇ、嬉しいこと言ってくれるね」


 ニヤニヤと笑われて、彼女は自分の言ったことに気付く。八一がそばにいなければ出来なかったと言っているようなもの。顔を赤くしていく彼女に、笑いながら八一は両肩を掴んで胸へと引き寄せてた。


「まあ、嬉しいのは確かなんだけど──今のタイミングで神通力オンにすると怖い思いをするぜ。『だょたぉ』に囲まれた」

「──っ!?」


 奈央はビクッとすると、カチッとスイッチの入る音が入ったような気がした。瞬きをすると、周囲に黒いうろこのような肌に多くの口と目。ムカデのようにオオサンショウウオの手足が生えて、顔の部分には人の口のようなものがあった。


【だょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょたぉだょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょたぉ】


 多くの肌の口からは、『だょたぉ』の鳴き声の大合唱が始まる。奈央は「ひっ」と声を上げて抱きつき、八一は嬉しそうに驚く。


「おっ、大胆だな」

「八一さん、そうじゃないでしょう~~っ!」

「ははっ、悪い悪い。恐怖でスイッチオンしたんだな。見たくないなら、私だけを見ていろ」


 彼女の背に手を回すと、柔らかな感触と毛並みのあるものも彼女の背中を包む。それは一つではなく複数あった。服の感触も違っており、彼を見ると変化している。民家の近い場所に変化しても良いのかと考えたが、人が騒ぎに駆け付ける気配はしない。彼が事前に人避けの術をかけていたようだ。

 溜息をついて、八一は話しかける。


「私に付きまとうとは熱心だこと。悪い子を食べに来てくれたのかな。ごめんよ。生憎、私は中途半端でこの子は普通の子。私はこの子を守らないとならないんだ。悪いが、余所行ってくれないか?」

【だょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょたぉだょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょたぉだょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょたぉだょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょたぉだょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょたぉだょたぉたぉだゎだゃだゃだゅたぉたぉだょたぉ】


 謝ってみると周囲の口が動き出して、鳴き声の不協和音を語る。謝ったはずが、この『だょたぉ』は去らずに異様な声を出し続ける。可笑しさに八一は『だょたぉ』を見続けて、目を見張る。


「……これはっ」

「八一さん? 『だょたぉ』はどうした」


 怪異の方に首を向けようとする。その前に八一に視界を覆われた。真っ黒となり、少女は慌てる。


「や、八一さん!?」

「見るな。奈央! 手で視界が覆われてても目を瞑れ。神通力が効いた状態でこの怪異を詳しく視認するなっ!」

 

 八一は真剣な表情で『だょたぉ』をにらむ。向日葵少女は言っている意味がわからなかった。奈央は言われた通りに目をつぶって聞く。


「八一さん。目をつぶったけど、どうしたの!?」

「この『だょたぉ』は生成している最中。未成熟だから、怪談の通りに動かない。謝って見逃すはずがこいつはしてない!」


 生成。奈央は柘植矢つげやさんの件を依乃から聞いたことがある。

 柘植矢つげやさんの鎌で切られた中学生が操られて、同じ柘植矢つげやさんになってしまったと。まだこのときの彼らには生存本能があり、生成している最中だった。考えている最中、嫌な予感を奈央は感じた。次の八一の言葉でその予感は的中する。


「この怪異は『だょたぉ』と言う皮で覆われている。この『だょたぉ』の元が多くの人間が凝縮ぎょうしゅくした肉塊だ。しかも、普通の人間が見て気持ちがいいもんじゃない。だから、絶対に目を開けるな!」


 言葉を失い、奈央は八一に抱きつく。そんな気持ち悪いものが、二人の周囲にいるのだ。

 奈央の感じた引っかかりも解決した。八一は悪と断じられている行為をしているが、あの世での仕事の一つ。彼自身も自覚しており、背負っていく覚悟でここにいる。『だょたぉ』の判定が入るかも微妙なライン。『だょたぉ』にねらわれている本人も感じていたらしく、舌打ちをしていた。


「……昨日の気配。怪異の誕生かと思ったら、そういうことか。奈央、悪い。危険だがある場所に向かう」

「えっ、何処に……」

「行ってからのお楽しみ! ばく!」


 刀印とういんを作り、言霊を吐く。びくんっと『だょたぉ』の体が震えた。八一は奈央を抱えて跳躍ちょうやくして、バイクの近くに降り立つ。八一は手から狐の仮面と布を出して、奈央に渡す。


「それつけて、ヘルメットして。あの『だょたぉ』はしばらく動けないから」


 前に依乃がつけていた布だ。彼女はつけてみる。布で視界が見えないかと思ったが、視界は良好で周囲がよく見えた。仮面をした八一からヘルメットを受け取って被る。彼は九本の尾を消して、バイクに乗った。

 奈央もしっかりと乗って、足場に足をのせて八一に抱きつく。エンジンの音が聞こえ、彼はバイクは発進させた。



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