12 地獄の使者、介入

 神獣と言われた啄木は、真弓の無茶で考えなしの介入にあきれている。札の使い道さえ間違わなければ、危機的状況に追い込まれることない。

 いきなり現れた彼に牛鬼達は戸惑いを露わにした。


[なんだ、こいつ!?]

[お前、神獣なのか?]

[本当なのか?]


 彼は何も答えず、三体の妖怪を見つめる。感じられる魂の数は多く、仮面の下で啄木は忌々しそうに彼らを見つめる。わかりやすいほどのため息をつく。彼の行動を牛鬼達は舐められていると感じたようだ。

 表情を歪ませ、怒髪天どはつてんのごとく感情を向ける。


[貴様! なめているのかっ!!]

[神獣であるがゆえに我らを見下しているのか!?]

[丁度いい。我らの得た力を今こそ]


 一瞬だけ宙に鋼色の一閃が描かれた。啄木は太刀をさやに収めると、一体の雲形の牛鬼の足が落ちる。ぼたりと音を立てて落ち、血が勢いよく吹き出した。


[……はっ?]


 何が起きているのか、その場の全員は理解できていない。啄木は二つの十手じってを両手に砂浜を蹴り、砂を巻き上げる。

 素早い動きで二体目の牛鬼の懐に入り、一気に片手の十手じってで足を叩きつける。


[っ!?]


 一体の牛鬼が体勢を崩す。三体目の二本足で立つ牛鬼が爪で裂こうとした。啄木は空へと舞い上がって避ける。宙を描くように、三体の二本足の牛鬼の頭部の後ろに飛ぶ。

 ゴッと鈍い音が響く。啄木の手にしていたもう一つの十手じってが牛鬼の後頭部に当たったのだ。十手じってとは刀を防ぐものであるが、体の部位によっては骨を折る。

 啄木は牛鬼の頭にひびが入ったがとは考えていない。だが、強い衝撃を与えることが目的である。

 十手じってをすぐに消し地面に着地をした後、啄木は攻撃態勢に入る。腰にある太刀の柄を強く握り、足に力を込め砂浜に深い足跡を残した。

 打撃を受けた牛鬼は頭を押さえてよろけている。脳震盪のうしんとうを起こさせ、一時的に動きを封じたのだ。牛鬼に近付いていき、啄木は言霊と共に勢い良く鞘から刀を抜く。


白滅びゃくめつ・破」


 一線、二線。白い光の線が一瞬だけ見えて消えた。

 彼は大きく下がり、太刀を納刀した。納めると同時に牛鬼の体は三つに別れた。砂浜に落ちた時に灰となり、砂と風の中に同化する。灰からは三つの蛍の光が現れ、空に昇っていく。

 もう一体は再生能力が発動せずに息絶え、もう一体は亡骸なきがらを消滅させられた。

 牛鬼がやられた様子に、陰陽師達は驚嘆きょうたんしていた。


 流石は神獣。やはり強い。しかし、どんな神獣なのか。


 聞こえてくるギャラリーの声を啄木は無視し、敵に顔を向ける。

 残り二体だけだ。重光と葛、真弓は啄木を見つめ、はっとして表情を真っ青になっていた。情を感じられず、ただ殺すという殺意のみあると気付いたのだろう。恐れられているのは啄木は慣れている。

 相手がとんでもない神獣であると理解した途端、牛鬼の一体が情けない声を上げた。


[こ、こんな話聞いてないぞ! 魂食って力を得れば、昔のように人間が食えると聞いた! こんな、こんな神獣が来るなんて聞いてない!! 俺は……ぬける!]

[お、おい、まて! 逃げるなっ!!]


 背を向けて入水していく仲間に、一体の牛鬼は声をかけた。牛鬼は海の中に潜ろうとする前に、ぐさっと音がする。


[あぁぉぉああぁ──っ!?]


 聞いていられない悲鳴を上げる。それもそうだろう。逃げようとする相手の脳天に目掛けて、太刀が深々と刺さっている。


 刺した本人は黙って、刀の刃を刺そうと進ませる。


 普通の妖怪には悪魔のようにこんはくを分ける力はない。故に、そのまま使う。魂は情報の核と言えるものであり、悪用は許されない。魂を悪用し、輪廻の邪魔をする。無辜の人や妖怪に被害を出すならば、啄木がしているように一人残らず抹殺するのが組織の仕事だ。


災祓さいはい


 言霊が使われ、海の中に眩い光が一瞬だけ現れた。すぐに消えると、太刀は海に浸かったまま。複数の魂が空へと駆け上る。


 牛鬼は亡くなった。


 啄木は太刀を海から出して、勢い良く振るう。水しぶきが波の上で波紋を作る。啄木は砂浜に降り立ち、最後の牛鬼。蜘蛛の形をした牛鬼に目線が向く。


[……っ! こ、のぉぉぉぉ!]


 口から毒の液体を吐き出すも、力を宿している太刀の一振りで灰と化す。無駄な足掻きだ。啄木は人には見えぬ速さで牛鬼の目の前に現れ、額を刺す。

 牛鬼が眼を見張る前に、言霊が吐かれる。


亡魔ぼうまはつ


 牛鬼の中から白い光が現れた。


[──!]


 目から光が漏れ、口からも光が漏れていく。全身からも光が漏れ出ていき、光が消える。牛鬼の体から複数の蛍の光が空に昇った。

 啄木は刀を抜くと、牛鬼は地面に体を落とす。風が吹くとき、ちりとかして駿河湾の風景に溶けて消えていく。

 全ての牛鬼が倒された。全ては終えたが後処理は終えていない。啄木は背を向けて、太刀を砂浜に差し込む。


祓癒はいゆ


 言霊を呟くように言い、太刀を中心に水のように波紋が広がる。その波紋にあたった遺体は灰と化して消えていく。また波紋にあたった陰陽師の怪我が光に包まれて治っていく。葛と重光にもある傷が一瞬で消え、葛は傷の完治に困惑する。


「──っ!? 傷が……」

「嘘、二人の傷が……!」


 すぐに治った現象に真弓は目を丸くし、目線を癒やした本人に向ける。

 啄木は太刀を抜き、さやに仕舞う。治したのは、彼からのちょっとしたサービスだ。彼は背を向けずに空高くに飛んで、夜空の闇の中に消えた。



 海岸から離れた場所に降り立つ。彼は遅れてきた姿を装うと決めて、仮面を外す。武器を仕舞い、啄木は元の姿に戻った。

 額には汗がびっしりと付いている。


「……最後は、少しやりすぎたか」


 任務とはいえ、彼は真弓を悲しい顔を見たくなかった。言い訳はあとでもつける。啄木は息を吐いて、彼らのいる砂浜に足を向けた。


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