13 海原百鬼夜行、終了

 何が起きたのか。真弓は呆然として去った姿を見る。先程の刀を手にした人の形をした神獣が近辺を浄化し、陰陽師を癒やしてくれた。しかし、かの神獣が放った力は啄木がくれた札の力と酷似していた。


「今の……神獣……啄木さんの札と同じ力を感じた」

「……まさか、神獣を使役してるのか……あの人!?」


 神獣の使役と聞き、周囲がざわつく。

 静かな小波さざなみの音の中、砂浜の奥の闇から小さな光が見える。砂浜を踏む音が続き、こちらに向かって小さな光がやってきた。光の正体は携帯のライト。携帯を片手に走りながら手を振る話題の張本人がくる。


「おい、真弓、三善さん! いるかっ!? っ聞こえてるかっ!?」


 首を左右に向けながら、必死に啄木は彼らを探していた。真弓は慌てて身隠しの面を取り、声をかける。


「啄木さんっ!」

「っ! 真弓、そこにいたか!」


 駆け寄り、啄木は体を曲げて膝に手を置く。息を荒くし肩を上下させた。


「……はぁ……はぁ……良かった。なんか三保海岸に行こうと思わなくて……気づいたら……時間たってた……どういうことだ?」

「……それって」


 前に人が去る現象と似ており、辺り一帯に人避けの呪いをかけられていた。と耳に入れた人は思うが、啄木が思うように誘導しているだけ。

 息を整えながら、啄木は彼女に声をかける。


「皆は……無事か?」

「う、うん。大丈夫。何だが、不思議な人……? 神獣っていうのかな。その神獣さんが、牛鬼を倒していって周囲を綺麗にしていって、皆の怪我を癒やしていったんだ」

「っはぁ? 人? 神獣? 神獣が勝手に現れて、勝手に牛鬼を倒していったのか!?」


 非常に驚く啄木にその場の全員が驚きを示した。彼が知らぬ様子に真弓は目を丸くする。啄木は額の汗を腕で拭い、息を吐く。


「……確かに神獣の力が宿ったものを元に札を作ったけど……神獣が現れるなんて聞いてないぞ?」

「えっ、使役してないの? 札の力があの助けてくれた神獣さんと似ているように思えたけど」


 啄木は息を整えた後、首を横に振る。


「無理だ。俺に神獣の使役はできない。札に使用したのは蔵にある力を宿した神獣の毛や角だけだ。真弓たちにあげた札は神獣の角を使用したもの。魂を食ったと聞いて、今回は多めに神獣の角を砕いて作った札を渡したんだ」


 使役ではないが、神獣の角と毛。陰陽師の世界では一つだけでも数千万円の価値はある。しかも、力の残滓ざんしがあるものを使用していたらしく、全員の開いた口が塞がらない。

 驚天動地きょうてんどうちとも言える内容であるはずが、啄木は淡々として考えている。


「……その札の力で呼び寄せてしまったのかもしれないが……神獣が助けるなんて思えない」


 神獣が人を助けるはずない。啄木の意見に真弓も頷く。神獣を助けるはずないと知っている。世間や人が汚くなった以上、人を助けるはずないのだ。葛と重光が仮面を外して歩み寄り、啄木に重光が疑問をぶつける。


「神獣なのかは、わかりません。ですが、神獣は人の姿になって戦いますか? 人の姿をとっても神獣は武器を使うようには思えない。啄木さんのご意見を聞きたいです」


 疑問に啄木は首を横に振る。


「神獣はないと聞く。俺個人としてもないと考えられる。その相手が何者かはわからないが……敵でもなければ味方でもないのかもな」


 敵でもなければ味方でもないと聞き、真弓は思案した。彼女は地獄の使者なのではないかと考えている。しかし、兄や重光からはありえないと否定されていた。

 啄木は葛に頭を深々と下げる。


「三善さん。申し訳ない。御宅の妹さんを勝手に出してしまって」

「いえ……むしろ、結果オーライといいますか……なんだか運が良くてよかったですよ」


 運が良かったのだろうか。真弓は更に険しい顔をするが。


「おい、三善の坊主と嬢ちゃんに土御門のご子息!」


 声がかかり、真弓は驚き振り返る。身隠しの面を取った曜憐だ。素顔は陽気なおじさんである。啄木に近付いて肩を叩いた。


「よぉ! かっこいいにいーちゃん。あんたが札を作ったんだってな。俺は曜憐。妙心寺みょうしんじ派の曜憐だ。今まで助かったぜ、ありがとうな!」

「……ははっ、俺は佐久山啄木と申します。本業は医師ですが、訳あって今は三善真弓さんの勉強を見て──」


 勉強の言葉と聞き、重光は顔色を悪くして声を上げる。


「あっ……勉強……そうだよ! 真弓ちゃんには追試の勉強があるじゃんか!」

「あっ……あぁぁぁ! そうだったァァァ!」


 葛も絶望の声を上げるが、当の本人は瞬きをしてはてなを浮かべる。


「えっ?」

「えっ? じゃねぇよ!」


 きょとんとする妹に兄は突っ込む。ツッコミを入れられ、真弓は現実を思い出し顔面蒼白となる。啄木もわかりやすくまずいという顔をしており、曜憐に頭を下げた。


「申し訳ありません。曜憐さん。俺達は彼女の追試の勉強を見なくてはならないので……急いで帰宅していきます! では!!」


 彼らは砂浜を駆け抜けて、海岸を出る入り口へと向かう。残された退魔師の中には悟ったものや、理解不能といった人もいる。曜憐は悟ったものに類する。


「……あー、三善の嬢ちゃん。またやらかしたか……」


 三善真弓の成績不振の件について、親しいの者の間では有名であった。




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