7 天厄『麒麟』の暴走
法陣に取り込まれている間、直文は術式の中にいた。『儀式』シリーズの術式の一部であろう。真っ暗の空間に直文は囚われ、身動きが取れずにいた。手足に術式の力によるトゲが貫通し、口には猿轡のように黒い物が挟まれている。動きと声を封じた。言霊を発せられなくとも、荒いが出られる方法はある。
今はしばし時を待つために直文は傷付けた術式に対し、少しずつ力を送る。魂にゆかぬように調整しつつ、依乃と繋がっている勾玉にむけ精神を集中させた。
目を閉じて、余計な思考を捨てていく。
任務もやる──が、彼の最優先事項は依乃を守る。それだけ。
魔の手が迫ってきた場合は、近づけさせないように吹き飛ばす。打ち所が悪かろうが、直文にとって知ったことではない。力を送りつつ、悪意ある人間を弾き飛ばしたあと直文は機を待ち構えていた。
その時だ。
《聞こえるか? 聞こえるなら聞けよ》
声が聞こえ、直文は目を開けた。
《お前、自分から出られるだろう? だが、お前が出る場所は陰陽師の見張りがいて、爆弾が仕掛けられている。出た瞬間に、向こうが起爆スイッチを作動させて陰陽師たちを弾けさせるつもりだ》
あまりにも酷い仕掛けに直文は眉間に皺を寄せていると、声は話を続ける。
《何の目的で無謀に侵入したかは不明だが……一つ手札を俺から用意する。儀式の邪魔に、有里依乃の着物に依代の代わりとなる形代を仕込む。これは、復権派を解散寸前に追い込んだ俺からの礼だ。どう利用するかは任せるぞ。じゃあ》
声が聞こえなくなる。直文はあまり接点はないが、誰かなのかは察しはつく。
しばらくしていると、声が聞こえてきた。
《南に朱雀》
依乃の声が勾玉のリンクを通して伝える。そろそろだと直文は覚悟を決めた。相手が出てきた瞬間に、罠を仕掛けているのは予想済み。なれば、その罠を逆手に取り予想し得ない方向に場を乱したほうが相手の隙きをつける。
《北に玄武》
依乃には外に出やすくするために、力を放出させる。それを呼び水に表に出て、同時に術式の一部を破壊させる。
声の主の正体に検討はつき、借りが出来たと彼は内心で苦笑した。
《東に青龍》
声とともに、直文は力を湧き上がらせ体から光を発する。
今回の作戦は、術式の破壊だけではない。
本部の信者である陰陽師の抹殺任務もある。黄泉と地獄の帳簿が合わず、更に死んだ妖怪の魂が人間に転生させられて。黄泉と地獄の仕事が取られたようなもの。摂理を乱し、『大嶽丸』がこの一件の渦中が抹殺の判断の決め手となった。
《西に白虎》
直文は心に一旦無にし、獣の瞳に変化させる。この先の行いに、人の心など必要なし。
《四方に顕現せよ。四神の力。中央に在りし者よ、顕現せよ。我が身の力を開放と引き換えに顕現せよ!》
引っ張られる力を感じ、直文は全身から眩い力を出す。言霊もなしに力を引き出すのは力の消耗が激しい。だが、彼は気にしない。依乃を助ける為ならば、この身などどうでも良かった。
直文は暗闇を突き破り、封印された場所に現れた。その瞬間、部屋にいた陰陽師達が無惨に弾け飛ぶ様子が彼の目に映る。肌と髪に血に濡れながら人の形が肉となる姿を。彼は奥歯を噛み締めて口を動かす。
「光焔……炎駒!」
荒々しく力を引き出し、自らを巻き込みながら炎の爆発をこの部屋中心に引き起こしていった。
彼女の居場所を見つけ、屋根を壊して依乃の元へ降り立つ。火傷をしながらも血に濡れ、直文は息を荒くする。
多くの血を浴びすぎたか、直文は意志の支柱が目眩と共に揺れるのを感じた。足に力を入れ、依乃に顔を向ける。
「……っはぁ……より、の……ごめん。遅く……なった……っ」
優しく微笑もうと、顔に笑みを作って見せる。依乃は涙目になり、駆け寄ろうとする。良くない考えに駆られ、直文は声を張り上げた。
「来るなっ!!」
依乃は足を止めて大きく震える。己と彼女の制止の声だ。血に濡れている自分の思考は既に危うくなりつつある。そして、依乃には血で濡れてほしくなかった。直文は首を横に振り、切なげに打ち明ける。
「……はぁ……今の、おれ……危険……っ。……そろ、そろ……茂吉、来る……。……後は、何とかする……」
「……っけど、直文さん。私は貴方に助けられて救われてばかりで……!」
悲しげに言う依乃に直文は首を横に振った。
「ちがう、よ」
助けてばかりというが、逆も然り。彼は自分がしたいようにしており、救われているのは自分の方だと強く自覚しているからだ。直文は依乃に体を向け、できる限り笑顔を作る。
「俺、のほうが、救われてるんだよ。依乃」
彼女は呆然とすると、笑みを消し直文は高らかに叫ぶ。
「……茂吉っ! 彼女を頼む!!」
一人の陰陽師が駆け出し、依乃の腕を掴む。依乃が目を丸くすると、陰陽師から葉っぱが出てきた。陰陽師の姿が崩れ、変化した茂吉が現れた。周囲に葉っぱの竜巻を引きおこしながら陰陽師達の動きを封じる。
「店の全メニュー奢りで手を売ってやる。だから、絶対に彼女のもとへ帰ってこい!」
「当然だっ!」
相方から叱咤激励され、直文は返すと茂吉と依乃は木の葉の竜巻の中へと消えた。残された直文は肩を上下させ、春章を睨み歩んでいく。春章は血だらけの直文を見つめ、動揺を隠せずにいた。
後ろに下がり息を呑み、唇を動かす。
「……待て。まさか……自分がこうなるのを見越して」
問いに応えず、直文は黙ったまま歩む。直文を止めようと、一人の信者の陰陽師が刀を構えて走り出す。
「会長に近づふぐっ!?」
刀を振るう前に、直文がその陰陽師の顔を掴む。顔面をつかんだまま、床に目掛けてめりこませる。頭が床に刺さった状態となり、陰陽師はそれ以降動かない。直文は手を放し、立ち上がり春章に再び歩みを向ける。
春章は困惑し、舌打ちをしていると。
《ピンポンパンポーン。あー、マイクテストマイクテスト。
さて、地獄からどうも。自称正義の味方の陰陽師諸君》
突如周囲から明るい声が聞こえ、春章と陰陽師たちが困惑する。声が聞こえ、直文は足を止めた。その声の正体は直文たちの組織の上司である。
声は淡々としたものに切り替わった。
《君達は禁忌を犯し過ぎた。故に、この場にいる君たちのその身で支払ってもらう。生殺与奪権は剥奪された。もう一度言おう。生殺与奪権はあの世の裁定により剥奪された。君たちは冥府に帰ってきてもらう。
直文。超越した立場の冥官より、もう一度命ずる。この場にいる陰陽師たちを抹殺せよ。手段は問わない。だが、逃がすな。
殺せ。以上》
声が消えると、直文や髪の色は黄金に染まっていく。肌には龍の鱗のようなものが現れた。彼は両手を広げる。同時にいくつもの黄金の色の炎が現れた。直文は赤い月の如く、苛烈な表情を春章たちに向ける。
「死ね」
黄金の炎による津波が発生し、その場の全てを飲み込んだ。
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