6 作戦開始という名の自己犠牲
脱衣所の外から動く音が来た。陰陽師が目覚めたようだ。棚にはタオルと着物、新品の下着もあった。タオルで身体と髪を拭き終え、着物を広げてみる。裏に札のようなものが貼られていた。
札には真っ白な中央に向けて、達筆な文章が綴られている。長文でない短文で綴れているものは呪文なのだろう。中央にあるものを封じるような形になっている。
本当に用意されていることに驚きつつ、依乃はバッグから札を一枚だす。バッグをチャックで閉じ、依乃は服と荷物に札を当てる。
「……転、急急如律令」
札が消えると、荷物も消えた。
荷物は本部に送られているだろう。荷物検査は入っている間に行われているだろうが、私物や札が取られていないのが救いだ。解析できたとしても、人が転移するほどに札の力はない。
荷物が消えたあと、戸から陰陽師の声が聞こえる。
「失礼します。何かおかしな気配がしましたが、なにかしました?」
先程の案内した陰陽師だ。
「っいえ、先程の黒いものが少し出てきただけです。今は落ち着いてます」
誤魔化すと陰陽師は怪しむが「まあいいです」と切り捨て。
「さっさと着替えてください」
と言われ、依乃はあまりいい顔をせずに下着を着る。白い着物を羽織り、彼女は陰陽師を呼ぶ。
陰陽師が来ると、手慣れたように依乃に着物を着せていく。着物の服を自分で着るのにも慣れているのだろう。彼女は近くにある鏡を見ると、より一層自分の姿があの『彼女』のままであること実感する。
彼女は巫女であった。封印の要であった。彼に助けられていった。
どんな気持ちで?
湧き上がる思いに、依乃は焦る思いに駆られる。
嫉妬ではない。伝えたいという思い。だが、どんな気持ちだったのか、どんな思いだったのか。形容と言葉にできず、彼女は困惑していると声がかかる。
「すみません。その勾玉のネックレスは外さないのですか?」
聞かれ、依乃は我に返るとすぐに首を横に振る。
「あっ、は、はい! 自分でもなかなか外れなくて……」
素直にいう。どうやら、陰陽師たちは勾玉のネックレスについて詳細を知っているわけではないようだ。陰陽師は呆れたように近づいてネックレスを手にする。
「何を言ってるやら、どう見ても簡単に取れるネック……っ重!?」
ネックレスを持ち上げることはできず、陰陽師は手を震わせた。依乃は呆然とする。依乃が持っても普通の重さのネックレスだ。持ち上げようとしても、引っ掛かりがある感じで外れないだけ。しかし、陰陽師の場合、重力がかかっているようだ。依乃自身にネックレスを重いと感じない。人によって、外れようとする仕組みを変えているのだろう。
陰陽師はハサミで切ろうにも、紐が固くハサミの刃が欠けてしまった。外れないネックレスに苛立ちを見せ、陰陽師は札を出す。
「っこの!」
札は間違いなく、依乃に危害を加えるものだ。逃げようとネックレスを着物の中に隠して背を向く。逃げようとする姿勢に気に食わないのか、陰陽師の語気が荒くなる。
「逃げるな! 解、急急如──あぁっ!?」
陰陽師の悲鳴が聞こえる。依乃は背後に顔を向けると陰陽師が倒れていく。陰陽師の後ろに、春章が呆れた顔で立っていた。
「愚か者め、器を傷つけようとするとは。──それはいらないな。
還れ 還れ 廻りの中へ還れ」
春章が刀印を組み、呪文を言うと陰陽師の姿は風景に溶けて消えた。目の前で人が消え、彼女は言葉を失う。部下が消えた先は聞かなくともわかる。『儀式』シリーズの術式の中。
目の前で部下を犠牲にしたのだ。部下を犠牲にした事柄を春章は何も思わないらしく、にこやかに依乃へと歩み寄る。顔を近づかせ匂いを嗅ぎ、依乃は身を下げた。
「……ああ、金木犀のにおいだ……染み付いてないが……毎日入れば体に染み付くだろう」
うっとりとするように言うと春章に気味悪さを依乃は覚え、更に一歩後ろに下がる。相手は彼女に手を差し伸べた。
「さあ、有里さん。その身に宿った余分な力を抜き出そう」
差し出される手を打ち払い、依乃は険しい顔で拒否をした。
「自分で歩けます。ついていく間は抵抗しません。案内してください!」
触れられたくもない。彼女の反応に春章は驚きつつも笑い、了承した。
春章の後ろをついて歩く。玄関には女物の下駄が置かれていた。春章が下駄を履くと、彼女は下駄を履いて建物を出る。
二人が向かう場所は社殿造りのある場所。近付くたびに、嫌な気配が漂ってくるのがわかる。
普通の人間ならば神品に作られた宗教施設のようにしか思わないだろう。霊媒体質となってしまった彼女はわかってしまう。依乃は足を止め建物の周囲を見つめ、方角の確認をした。
西、東、北、南。
庭がある方向は西南、つまり依乃がこの場所に入ってきた入口は南。
北は社殿の立っている方向。依乃は呼びかけられない内に早く春章に付いて行く。階段を上る前に二人は下駄を脱ぎ、春章が戸を開けて入る。後から続いて、彼女も入ると、周囲には日がついた燭台が何本があり、部屋を照らす。大きな舞台の上に五芒星が書かれていた。周囲には数人の陰陽師が雑面をして狩衣の姿で立っている。
「さあ、あそこの中央に立ってほしい。立ち続けているだけでいい。
後は、こちらでやろう」
優しく言われるが、依乃は返事もせず中央に来る。反感を持っているとわかっている故に、春章は笑みを崩さない。
彼女は中央に来る。中央に来ると、春章を含めた陰陽師たちが呪文を唱えていく。部屋に反響するほどのものであり、声に反応して五芒星の法陣が光る。
外に漏れ出すものを感じ、胸が焼けるような感覚があった。
力を抜き出そうとしているのだろう。が、風呂場の反応からして陰陽師は陰陽師たちはネックレスのことや詳細の仕組みについて知らない。
依乃に力をためて入るが、タンクではなく仕組みはダムに近い。春章は見破っているであろうが、予定通りに依乃はことを進める。
方向を確認しながら、前に出す。入口を指し示す。
「南に朱雀」
依乃の声は呪文に掻き消されているが、燭台にある蝋燭の火は反応した。
「北に玄武」
指し示した場所とは反対に指を指し示す。何処からか水の音がする。直角に方向を周り、指を指し示す。
「東に青龍」
どこからか家鳴り、木のきしむ音がした。
「西に白虎」
反対側を指して、言葉を言うと建物全体が少々揺れる。その揺れで全員が気付き、呪文を中断した時は依乃から黄金の光が発生していた。彼女は声を上げる。
「四方に顕現せよ。四神の力。中央に在りし者よ、顕現せよ。我が身の力を開放と引き換えに顕現せよ!」
言葉とともに黄金の光が放たれる。依乃が行ったのは、直文を開放させるための呪文だ。やり方はお守りの破壊と引き換えに直文を呼び出す仕組みを応用したもの。陰陽師全員は眩しいのか、目を閉じる。が、春章は目をつぶったまま印を呪文を言う。
「破れ裂け 横溢せしは穢の血 間にてその血を顕明せよ」
光が消えたあと、依乃はその不穏な呪文を聞き目を丸くする。
「……何を……したのですか……!?」
印を組み終えた後、春章は穏やかに微笑む。
「組織の半妖、特に神獣系は血が苦手なのだろう?
封印を警護している陰陽師たちの体を破裂させてその血を浴びさせた。私も過去に組織の半妖たちと戦ったことあるゆえに弱点は知っているのだ。あれだけの血を浴びては、無事では済まない。暴れ苦しみ、力を使い果たして死に至る……」
依乃は目に涙を溜める。他人事のようにいい、春章は依乃に余裕のある声色で話す。
「捕らえられた状況で有里依乃さんが落ち着いているのはおかしいに決まっているだろう。術式を壊すために、ここに来た。なんの準備もなしに麒麟の彼がとらわれるとは思えない。警戒していないと思ったかな?」
話を聞きながら依乃はボロボロと双眸から雫を流した。顔を俯かせている最中、陰陽師たちに春章は声をかける。
「さあ、皆。今ので彼女の体から麒麟の力はなくなったはずだ。これより、『儀式』シリーズを組み込んだ術式の展開を」
刀印を組んで、春章が呪文を唱える。
周囲には複数の文字が広がり、祭囃子が聞こえた。共に印を組む陰陽師達の影が勝手に伸びて、依乃を覆っていく。印を組みながら、祭囃子と依乃に影が覆われていく。『影奉納』と『神幽婚』が行われるのだ。
酒を勧められる前に、依乃の着物に張り付いていた札が一瞬だけ光る。足元や舞台にある五芒星が消えた。祭囃子も聞こえなくなる。
依乃の足元には一枚の紙が落ち、春章の目が丸くなった。
気持ち悪い物がなくなり、床から白い蛍の光がでてくる。一つだけではない周囲にはいくつもの多くの蛍──魂が天へと登っていった。
「っばかな……魂が……!?」
春章が驚きの声を上げる中、依乃は足元を見る。中央には『送』という文字らしきものがあったが、一点しんにょうが欠けている。札を手にしながら、少女は口を動かした。
「……ええ、わかっています。貴方達が警戒して、対策をしていることは。わかっているからこそ、賭けに出たんです」
札を見て、春章は驚愕した。
「……っ、それは、形代!? 依代の代わりとして……いつの間に……!?」
「念のため、阿久留という人から貰い受けました。……それ以外はわかりません」
名言うと、春章は仰天し表情を歪ませる。
「阿久留……だと……!? あいつ……まさか、……いや、待て。送の文字が欠けている!? まさか、先程の呪文は術式の破壊も兼ねて」
その時、遠くから響き渡るような笛の音が聞こえる。
奏でるような鳴き声ではない。高く響くような、獣の声。圧のような衝撃を感じ、依乃は膝をガクッと曲げる。手と膝をついて何とか倒れるのを防いだが、ついたのは依乃だけでない。春章や周囲の陰陽師以外も膝をついている。
離れた場所から爆発音が響き、天井に穴が開く。
「ひゃっ!?」
依乃は後頭を両手で包んで、蹲る。静かに降り立つのではなく、荒々しく音を立てて彼女の近くに降り立つ。
誰かの息切れが聞こえ、かすかに錆びたような香りがした。依乃は顔を上げ、言葉を失い多くの涙をこぼす。
歯を食いしばりながら荒く息をし、髪は血で濡れている。先程の爆発音で血だらけの彼の服は一部焼け焦げて、肌が見えた。彼は血だらけになりながら首を依乃に向け、無理に微笑み苦しげに。
「……っはぁ……より、の……ごめん。遅く……なった……っ」
はぁと肩を上下に揺らし、優しく告げる。
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