5 思わぬ助太刀

 依乃は言われた通りにシャワーを浴びて、体を洗う。髪の毛を乾かした後、着てきた服に着替える。

 用意された服から良くないものを感じたからだ。何を仕込まれているか、わからない以上容易に触れない。依乃はベッドの上で座って待っているとノックがする。ドアが開くと、女の陰陽師が入ってきた。


「準備が整いました。こちらへ来てください」


 指示通りに依乃は立ち上がり、女の陰陽師前にくる。


「両手を出してください」


 依乃は両手を出すと、陰陽師が印を組み呪文を言う。すると、依乃の両手は縄ガ現れ縛られる。彼女は嫌悪を示すが、仕方ないと息をついた。抵抗させないための拘束だ。本部に多くの信者がいる以上、逃げられる訳がない。


「行きますよ。ついてきてください」


 声をかけられ、依乃は部屋から出る。

 部屋の扉が閉じられ、二人は共に歩く。逃げる素振りを見せれば、直ぐに陰陽師が振り返った。監視の式神が姿を隠して近くにおり、逃げる選択肢はない。彼女は諦めて、陰陽師についていく。

 下へ向かう階段をゆっくりと歩き、足元に気をつけながら向かう。

 場所が変わり、光が差し込む扉が見えた。陰陽師が開けて彼女達は外に出る。

 奥には伝統ある社殿造りの建物。地格には社殿に合わせて大きな和風の建物がある。彼女は京都ならではの風情を損なわない為の配慮に近く感じた。後を向くと、陰陽師の言葉通り、昭和の時期に作られた大きな西洋館が建っている。


「何をしているのですか?」


 陰陽師に声をかけられ、依乃は我に返り振り返る。


「……いえ、本当に洋風なんだなと」

「呑気ですよね。貴女、監視していて思いましたが。まあいいですけど。こちらについてきてください」


 冷たく切り捨てるように言われる。対応にむっとするが、彼女は仕方ないかと息を吐いた。彼女自身は能天気と見られてもおかしくないと考えている。だが、思われていないと作戦が露見する恐れがある故に勘違いしてもらうしかない。

 陰陽師についていき、社務所のような建物にはいる。開かれた戸に入る。玄関の土間にはいると戸が閉められた。逃げられぬように鍵もかけられる音がし、依乃は逃がしたくない絶対の意志を感じて息を呑む。

 陰陽師が靴を脱いで、中に上がる。


「上がってください」

「えっ」


 指示され依乃は声を出すと、呆れたように息を吐かれた。


「スニーカーなら足で脱げるでしょう?」

「……わかりました」


 文句を言わず、依乃も靴を何とか靴を脱いで中に上がる。木造の廊下を歩きながら陰陽師についていく。木造の戸が開けられると、脱衣所のような場所につく。

 すると、縄が消え陰陽師が指示を出す。


「もう一度、身を清めてください。清めると言っても体を洗い、湯船に浸かるだけでいいです。着替えはこちらで用意したものを着せます故に」


 陰陽師に言われ向くと、白い着物が差し出される。依乃は白い着物を見て、浅間神社でみた自分に似た少女を思い出す。死人の装束の着方で白い着物を着ていた彼女。その彼女はかつて巫女だったと聞く。

 自分の前世と言える存在であるが、彼女は自覚はない。真弓は前の自分と別人であると割り切っている。


「では、近くにおいておきますので、着付けの際はお呼びください」


 白い着物は近くの棚に置かれ、陰陽師は刀印を着ると、依乃の周囲にツルの折り紙が複数体現れ、陰陽師の方に向かう。

陰陽師は外に出た。周囲を見ると、ドライヤー、ヘアオイル。櫛などおいてある。

 儀式を行う前の身を清めるときき、侍女たちが手伝う方かと想像した。裸を見られないのは良かった。彼女は脱ぎ、荷物を置く。不快感を表しながら順従の様を怪しまれてない。

 相手側が諦めていると考えているのであるならば都合がいい。しかし、気が抜けず依乃は脱いだ着替えを畳んで棚に置く。

 連れ去られてから、少女はあまり喋っていない。いや、余計なことは喋れないからだ。僅かな情報でも漏らしてはならない。それが、自分にできることと考えている。

 髪をおろし、自分の胸元にあるネックレスの勾玉を見る。風呂場に向かう。戸を開けると、香しい匂いが彼女の花を通していく。


「っ!」


 風呂の湯船を見て彼女は驚く。湯気が充満しており、彼女の体を隠すほどのものだ。オレンジ色に近い黄色の花がヒノキ風呂の湯船に多く浮かぶ。その花は秋の時期によく嗅ぐ季節の花。


「……金木犀?」


 華やかで香しい湯船。外が見える様になっている。風呂から出て花壇に植えられている花を見ることもできるようだ。

 部屋の中を見ると、リンスとシャンプー。ボディソープなど体を洗うものはない。本当に身を清めるためだけ。先に体を洗っておいてよかったようだ。

 彼女は桶を手にし、金木犀が入らぬようにかけ湯をした。湯船に入り、肩までつかる。風呂など体を綺麗にするのは汚れを払うこと。

 彼女は息をつくが戸をからノックの音が聞こえた。


「っ!? 誰!?」


 依乃は驚いて声を上げ、水音を立てる。戸越しからは慌てた声した。


「っ、申し訳ない! 娘さん。いや、脱衣所に来ている時点で既に逮捕なんだが……すまない。結論から言って敵じゃないし、この戸を開くことはしない。自分の正体も明かしたくないから、この戸を開けたくない」


 弁解をする相手に彼女は警戒をする。依乃の知らない声だ。戸越しから深い溜息するのがわかる。


「……この香り……桂花……金木犀か……ったく……まだ執着してるのか」


 桂花とは木犀の種類のことを指し、金木犀もこの桂花の枠組みに入る。金木犀と何が関係があるのか。一つ気になったのは、執着という言葉だ。春章は何に執着をしているのか。依乃は聞こうとする前に、声が先に話を始める。


「今はそんなことどうでもいい。話したいことがあって、娘さんと話す機を狙っていた。監視の式神がいないし、監視カメラもない。外の陰陽師は一瞬だけ眠ってもらった。だから安心して話を聞いてくれ」

「……伝えたいこと、とは」


 恐る恐る聞く依乃に声の主は答えた。


「こちら側の陰陽師が作った創作怪談。『儀式』シリーズといったか。あれには隙がある。あいつらは『影奉納』や『神幽婚』をやろうとしているが、怪談の通りに進めているだけ。本来は輪廻の儀式のように書かれている。最後は『送囃子』が聞こえて全員消え、黄泉の神に囲われた。だが、それ以前に黄泉の神は黄泉に一回帰っている。つまり、この『儀式』シリーズの術式は巡りの儀式の要素も備わっているから、魂を黄泉に送り返すことも可能。つまり、今回の術式は穴だらけってことだ」


 依乃が連れてこられた『儀式』シリーズは特定の相手を狙う要素が備わっている。『変生の法』はいくら鬼の蘇りが可能とはいえ、ランダム要素が強すぎる。


 声の主は話を続ける。


「あいつらは『儀式』シリーズや『変生の法』を娘さんに使おうとしているが大事な前提を忘れている。

この娘さんの管轄はどこであるのかを。黄泉……あの世公認の組織の管轄に手を出すことは即ちご法度。そして、『儀式』シリーズの術式の効果は薄い。娘さんのそのネックレスがあの組織のものなら俺の考えが当たる。それを通して、あの麒麟と繋がっているんだろ。だから、本気を出せば逃げられるはずの術式からあえて飛び込んだ」


 依乃は息を呑む。

 声の主の話は、半分正解だからだ。直文が本気を出せば、逃げられる術式である。だが、ある目的を果たすために二人は乗り込んだ。バレているようだが油断はできない。依乃は警戒を解かず、恐る恐る問う。


「……何故わかるのですか」

「直感。あと、経験だな。それに、組織の相手とは関わったことがあるから」

「……お互いに、計画が穴だらけですからね」

「穴だらけって言うけど、穴は一種の出入口だろ? 穴だらけっていうほど娘さん側そうじゃないだろ。術式を壊す目的はあるだろうが、本当は別の目的があるだろう」

「……」


 言われて、依乃はいい顔をせずに口を閉じた。

 直文と依乃が潜り込んだのは、術式の破壊という目的だ。しかし、それとは別の目的があるが、依乃は一つ知っているだけで後は詳しく知らない。だが、察せられることはできるゆえに沈黙を貫く。

 沈黙している彼女に声の主は仕方なさそうに声を出す。


「……察しはついた。この本部内でけりを付けるなら俺は文句言わない。

まあ、一つ手助けはさせてもらうぜ。娘さんの着物に依代になる札をくくりつけておいた。他の陰陽師には見えないようにしておいたから安心しろ。その依代は術式内にある魂たちを開放するように仕組んでおいた。あとは、娘さんの組織の奴らがなんとかするだろう。俺はもう行く。悪かった、娘さん」


 声の主がここまで情報を与え、手助けしてくれるとは思わない。すぐに依乃は制止の声をかけた。


「……待ってください! ……何故、ここまで親切にするのですか? 貴方は誰ですか?」


 声の主は数秒黙り、答える。


「──個人的に組織のある人物に恩があるし、娘さんにもある子を仲良くしてくれているから個人的に恩がある。まあ名は名乗れないが……阿久留って名乗っておこう。じゃあ、娘さん。麒麟の小僧ともども、無事を祈っているぜ」


 そういったあと、依乃はしばらくして阿久留の名を呼ぶ。

 声の主でたる阿久留からの返事はなかった。

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