4 作戦の確認

 陰陽師の男が現れた。盆に和風の食事が乗っていた。部屋にある時計を見ると、五時ピッタリだ。一般的に夕飯の時間である。食事から良くない気配はなく、依乃は驚く。


「御食事をお持ちしました」


 テーブルに置かれた食事をよく見る。菓子や茶からは良くないものはない。あえて腹をすかせて、食べさせるという方法を取るかと思った。


「……普通の、食事なのですか?」


 思わず出た言葉に陰陽師は淡々としていた。


「ええ、そうです。呪で取り除けないのであれば、別の方法を取るしかない。

器は死なれては困るからこそ、生かすのですよ。はなび様。貴方の魂も器なのですから」


 彼女は目を丸くする。依乃のあだ名で呼ぶものは少ない。名前を取戻した以降は、当然有里や依乃など、名前で呼ばれることが多い。陰陽師側がどこまで把握しているのか、不明。しかし、依乃は判断をつけるためにあることを聞く。


「……私は花火という名前ではありませんよ。でしたら、貴方のお名前は紫陽花さんとなりますか? それとも、山の生まれでの山口さんですか?」


 彼女の聞かれた言葉は煽りのようにも聞こえるだろう。しかし、その男の陰陽師に煽りは効かないのか、意味分からないといったような顔をする。


「何を言ってるのか。自分はお寺生れですが、名字は山口ではないです。この後、力を抜き取る儀式が始まります。その時に『影奉納』と『神幽魂』という儀式が行われますゆえに身を清めてください。もう少しで陰陽師の目的が達成されます。気を引き締めてください」


 と言われ、陰陽師は廊下から出ていった。先程の陰陽師よりかはましな対応と言える。端から聞けば、ただの会話。だが、知る人物からすれば、重要な暗号となる会話。

 作戦の最中、捕らえられた際の暗号を決めていた。

 暗号とは、相手を象徴するような会話。暗号について綿密に話し合い、あらかたそのキーを決めた。今の会話を解読すると下記になる。


『呪で取れないならば、別のアプローチをするだろう。魂も器である君を生かすために、こうして食事を運ぶんだ。はなびちゃん』

『私ははなびちゃんではありませんよ。貴方は、どちらですか?

澄先輩ですか? それとも、寺尾さんですか?』

『寺生まれの方だよ。この後、力を抜き取ろうとする儀式がある。そこがチャンスだ。けど、相手はその時に『影奉納』と『神幽魂』をし、術式の強化を図り、成立させようとしているだろう。チャンスを逃さないように気をつけて』


 意味を理解し、依乃は息を呑む。先程の陰陽師は寺尾茂吉が化けた姿だ。潜入して、依乃の作戦を手助けしに来てくれたのだろう。だが、相手が同時に『影奉納』と『神幽魂』とやって、術式を完成させようとしている。

 伝えられた内容に依乃は拳を握ってテーブルの前につく。湯気が出ている味噌汁と野菜の煮物を見る。ご飯は玄米、箸休めはピンクのたくあん。お茶はほうじ茶。

 普通の料理がならび、彼女は手を合わせた。


「……いただきます」


 食事の挨拶をし、依乃は煮物に箸を伸ばす。つまんで口にすると、味のしみた醤油の味が広がる。口を動かしながら、彼女は頬から一筋の雫を流した。

 異常な事態の中、普通ともに言える行為をして彼女は気が緩んだのだ。

 連れてこられた。直文が術式に取らわれた。封じられた。多くの不安もあるが、彼女はこれから作戦を行うために精をつけようと食事を食べる。


「……大丈夫。大丈夫! っいただきます!」


 ボロボロと涙を流しながら、依乃は玄米を食べていった。




 食事を運び終え、化けた姿の茂吉は近くにいる女の見張りに声をかける。


「お疲れ様です。食事を取ったのを確認しました」

「お疲れ様。入浴し終えたのを確認をした次第、連絡を入れます」

「はい、会長にその一報を届くことを願います」


 一礼して、歩いて去っていく。この陰陽師の姿は本当に信者の男陰陽師のものだ。本人は服も剥ぎ取って下着だけ。現実の外で両手両足を縛られて拘束された状態だ。

 服も変化も可能であるが、素質や実力のある陰陽師が多い穏健派。更に本拠地ともなると、下手な変化や変装ではごまかせない。この本部にいる全員が信者であり、身動きも簡単に取れない。

 見破られないように服を着て変化に更に誤魔化しを重ねた。変化した男陰陽師の信者を、本人のように振る舞うために観察や簡単な練習もしている。

 穏健派の陰陽師である証明は会長の忠義を示すこと。だが、今回は直文が現れ、また器である依乃が来たことからか、会長の忠義を示す行為はせずに済んだ。

 潜入できた形の理由を茂吉は考えるが、幾つもの要素が重なったものだと何となくわかる。

 一つは、依乃に手を出し、直文の力により会長自体が軽い怪我をしたこと。

 二つは、彼女の内にある直文の力を抜き取る方法を模索していること。

 三つは、直文の封印に力を入れていることだ。

 陰陽師側も中々苦労していることに、茂吉は内心で苦笑してみせた。歩きながら厨房で食事を届けた報告をし、現実で休憩に入るふりをして外に出る。

 本部から離れながら、茂吉は眉間にシワを寄せた。本部にいる人数は百数人ほどであり、本部以外の外側でも多くの陰陽師の信者がいるであろう。だが、筋金入りの信者は本部だけ。信じていても中途半端な者もいるであろう。組織としての判断がしにくい状態だ。

 監視の範囲から外れ、外に出ていく。黄泉平坂にある場所から虫の音が多い場所に出る。空気も変わり、排気ガスのない空気を吸う。茂吉は深呼吸をして、肩の力を抜く。服を脱いで元の姿に戻った。

 彼が出た場所は京都山中。嵐山方面の更に山奥であり、人が寄り付かない場所だ。しかも、外は暗く、秋の夜といえるほどに虫が鳴く。

 黄泉平坂の扉が閉じられると、近くから声が上がった。


「っ……! お前……本当に何者なんだよ……!?」


 茂吉が変化した陰陽師が縄に縛られて下着姿でいた。服を彼の前に服を捨て、茂吉は変化した姿を見せる。


「見ての通り、狸だけど?」

「た、狸!? 普通の化け狸が、本部の結界内にバレずに潜入できるわけないだろ!? 普通は入った瞬間に始末される!」

「ん、だろうね。じゃあ、普通じゃなかったら?」

「えっ……」


 陰陽師が驚いた瞬間、茂吉は陰陽師の眼の前におり目を手で覆う。相手が小さな悲鳴を上げた瞬間、彼は小さな言霊をつぶやく。その瞬間陰陽師は動かなくなる。寝息だけが聞こえた。

 茂吉は一瞬手に力を込めようとするがやめた。明確な許可が出ておらず、殺傷は許されない。その役割は今は自分ではないとため息をつき、手を離す。その陰陽師を誰かが受け止めた。

 誰かとは啄木であり、変化済の姿である。


「茂吉。この陰陽師を山中に放っておくな。餓死させる気か」


 叱るが、茂吉は素知らぬ顔で笑う。


「えー? 俺は山の中の綺麗な朝を見せようかなぁって思っただけだよ? たくぼっくん」

「物は言いようで誤魔化すな。この陰陽師は俺が近くの交番に置いておく。あとは、手筈通りに動くようにな」


 言われながら、茂吉は笑うのをやめ真剣な顔になる。


「わかってるよ。それに今回の件は、本当に真面目にやらないと不味いからね。

あえて穴だらけの作戦を実行して上手くいくかは……俺たち次第なんだしね。いや、それは陰陽師たちにも言えることか。ははっ」


 一瞬だけ笑い、茂吉は啄木に背を向ける。


「じゃあ、その陰陽師を頼むよ。今回の件、絶対に思い出せないよう記憶を削除しておいたから」

「……わかった。お前も無理するなよ」


 啄木は身隠しの面をし、服を持って陰陽師を担ぐ。ゆっくりと上昇し、夜空へ飛んでいく。夜空の闇の奥に消えるのを見届け、茂吉は息をついて背伸びをした。


「っー、さて、俺は黄泉比良坂からでたけど……啄木は陰陽師をおいたあとは各山々の精霊とか妖怪たちに顔を出して。八一は黄泉比良坂側と神様側だから……俺は……もう一仕事頑張っていきますか!」


 肩を回して茂吉は身隠しの面をする。大木の枝に向かって飛び、勢いよく足に力を込めて飛んだ。

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