3 互いの計画穴だらけ

 茶器が割れ、人が勢いよくふっとばされる。大きな音にドアから慌てて人が現れた。


「何がありました──って会長!?」


 依乃は呆然として起き上がり、陰陽師が春章に駆け寄るさまを見る。部下の陰陽師に春章は「大丈夫だ」と声をかける。菓子と茶で汚れ、痛そうに表情を歪めていた。彼女は手を見ると、黒い物が現れていたがすぐに消える。彼女自身に害はなく、春章に敵意を向け害を与えた。彼女の中に宿った直文の力だ。彼女を守ろうと春章を飛ばしたのだろう。同時に、封印されても彼はまだ無事である証拠でもある。

 陰陽師に肩を捧げられながら、春章は依乃を忌々しく見つめた。


「……この力…………麒麟。よもや番として……彼女を麟認定したのか」


 勾玉を通して力を注ぎ込み、内側を満たして守る。そして、外側はお守りがフェルターとなって良くないものを排除すると聞いた。器を別の力で満たして、器としての機能を先に果たさせるという。それだけしか知らない彼女だが、今の話は先程や吹き飛ばされた春章の光景を目の当たりして考えている暇はない。

 厄介げに舌打ちをし、依乃に背を向ける。


「……その中ある力を抜き取る方法は一つだけではないぞ」


 陰陽師に担がれながら、春章は部屋を去っていく。

 激しい鼓動をしながら依乃は服の上から胸を抑える。何をされかけたのかはわかる。勾玉がなくては、強姦紛いのような事を受けていたかもしれない。勾玉を通し、直文が守ってくれたのだろう。彼女は服の上から勾玉を掴む。


「……ありがとう。直文さん」


 封印された彼が生きていることに安堵するが、依乃はしなくてはならないことがある。溢れた茶と菓子、食器を片付けるために、一人の女性が袋を持って入ってきた。片づけている女性に彼女は声をかけた。


「あの」

「……なんでしょう?」


 声に反応し、女性は顔を向けた。式神でなく、陰陽師のようだ。依乃は陰陽師に話を続ける。


「貴女はここの陰陽師ですか?」

「そうですけど。会長に命じられて、貴女の世話係になりました」

「……お名前を伺ってもいいですか?」


 依乃は名前を聞く。陰陽師や退魔師にとって名前とは魂の一部。呪に使われる可能性もあるゆえに、滅多に名乗らない。仮名など使用し予防すると、依乃は知っていた。女の陰陽師は目つきを鋭くする。


「自己紹介する必要、あります?」


 キツくいい、依乃は眉をひそめる。質問に答えないのは知っていたが、対応が冷たい。即ち、どうでもいいか、道具として見ているかのどちらか。依乃は気を引き締め、再び問う。


「なら、貴女はあの土御門春章という方を信じるのですか?」


 その質問に陰陽師は手を止め、鼻で笑う。


「はっ、あの方の良さを知らないからそんな風に答えられるのよ。器じゃなかったらさっきのことで殴っていたのですから、器であることに感謝なさい」

「……質問に答えてください。貴女はあの会長を信じるのですか」


 答えになっていない答えだが、反応でわかる。だが、あえて明確にしなくてはならない。依乃の質問に陰陽師は呆れてように答えた。


「会長を信じるのは当然です。我々は会長のお陰で陰陽師として存続できているのですから」


 陰陽師の言葉に依乃は黙る。黙った彼女を見つめ、陰陽師は呆れたあと片付ける作業に戻った。

 真弓達と全く異なる。重光、真弓、葛は人を粗末にすることはしない。だが、話した陰陽師は人を粗末にすることに抵抗を感じない。いや、道具として認識しているならば、粗末にしても問題ないと考えているのだろう。

 中には、疑問を感じない信者はいないのか。

 菓子や茶は片付けられ、入れ替わるように掃除道具を持ってきた男の陰陽師が床を綺麗にする。

 バケツと霧吹きを持ってきてゴム手袋で綺麗にしている。綺麗にしている間、逃げられることも可能だろうが、相手は甘くない。入れ替わるように出ていったときに、外に見張りの陰陽師がいた。

 機会の監視に、式神の監視。そして、人間の監視と隙のない体勢だ。汚れは綺麗となり、男の陰陽師が一息ついた隙に問う。


「……あの」

「……何でしょう。名前など聞かれても答えませんよ?」


 男の陰陽師は警戒しながら聞く。先程の陰陽師から話を聞いていたのだろう。報連相はしっかりとしているようだ。依乃は恐る恐ると陰陽師に聞く。


「……貴方は、土御門春章を信じているのですか?」

「そうですが。なにか?」


 一刀両断する。信者とはある特定の人物に傾倒し、思想や話を熱心に信奉する人間のことを言う。この彼は信者なのか、依乃は確認するように問う。


「その土御門春章が仲間や貴方を見殺しにしても……?」


 片眉を上げて陰陽師は不思議そうに話す。


「……何をいうかと思えば、当然ですよ。会長のお役に立てることは幸せなこと」


 当然だというように彼女は目を見張る。

 カルト宗教の事件については、ニュースや新聞などで乗っていた。今はインターネットが発達しており、カルト宗教について調べられる。カルト宗教の傾向として、犯罪を行う反社会の宗教団体というイメージが強く、そのイメージに今の彼らが当てはまる。

 彼女を捕らえた組織の言う穏健派ではなくなった。復権派の言う保持派が正しく、真弓たちのような存在を穏健派と指すことになる。


「……ここにいるすべての陰陽師が会長を信じているのですか……?」

「当たり前です。信じない輩は少数。そんな奴らは今頃遠方の任務で使い捨てにされてるでしょう」


 きつい物言いだ。穏健派の内部でも少数ではあるが、派閥はあったようだ。陰陽師の男はテーブルと椅子を直し、息をつく。


「もう、ないでしょうね? 揺さぶりをかけても意味ないですよ」


 揺さぶりをかけていると見破られ、依乃はびくっと震える。陰陽師は掃除用具を手にして、綺麗になった部屋を出る。しっかりと鍵をかけられる音が聞こえ、ここから出れないことを示す。

 窓を見る。外側に格子がついており、脱出にも時間がかかる。

 依乃は息をつき、事前の作戦を頭の中で思い出す。

 直文たちが仕掛ける作戦は短期決戦で攻めなくてはならない。長期戦はただのジリ貧。依乃はネックレスの勾玉を掴み、立ち上がる。

 部屋の中で家具や棚、壁に貼られている白い絵画や花瓶の方を見る。


「……真弓ちゃんの言う通りだ。本部の中は霊力を保つために、風水にも気を使っている。……話を聞いておいてよかった」


 置かれている風水の色を見る。

 風水は方角により、良い色と駄目な色がある。北と南の白。西の黄色と東の赤色など。四神の色はその神獣を象徴する色。

 依乃は黄色の家具がある場所と赤色のインテリアがある場所を見比べた。

 黄色は西。赤色は東。東と西の位置を確認し、南と北の方角の確認をする。大体と言えるが、目印がないよりかはましだ。

 彼女は儀式シリーズの内容を思い出す。『送祭り』はすべての総称。『留囃子』がなると影が取られ、『送囃子』で神の元に送られる。『影奉納』とは御神体を復数の人の影で覆わせる。『神幽魂』とは神嫁役を一年務めるための儀式。

 だが、本当に語られる実態はこうだ。

 神を留めるための鎮静の曲は『留囃子』。影で覆って影を奉納する『影奉納』は神が外に出ないようにする儀式。『神幽婚』とは神を鎮める巫女のような存在。『送囃子』とは神だけでなく、囲われた魂をあの世へ送るもの。定期的に行わなくてならない巡りの儀式だ。

 新たに作られて間もない創作怪談であり、多くの創作怪談から要素を切り取って人の魂で補強している。『儀式』シリーズが完成しているかといえば、否であろう。直文が聞こえ、彼諸共こちらに連れてこられたのがまだ未完成である証拠だ。

 『おまねき童』で連れ去る要素を抜きとり、『影とり鬼』で影を取る要素を。そして、『偽神使』にて相手を確実に狙う要素を。いくら怪談の怪異を材料にしたとはいえ、完璧にできるわけではない。


「……本当に突貫工事なんだね」


 彼女が依乃たちを連れ去った術式がまだ未完成であるならば、完膚無きに破壊できる。だが、相手が『影奉納』や『神幽魂』を実現させているかどうかで意味合いが変わる。

 もし実現させているとなると、難易度が上がる。

 考えていると、依乃の背後にドアが開く。

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