2 穏健派トップの目的

 春章と引き離され、腕を縛られながら依乃は陰陽師に連れられて廊下を歩いていく。

 廊下は洋風。色とりどりの美術品などある。無造作に置かれている様子はなく、歩いていく廊下の雰囲気はいい。風水を理解し、悪いものが発生しないようしている。依乃は男の陰陽師に聞く。


「……建物は洋風なのですか?」

「そうだが」


 陰陽師は和風のイメージがある。和風よりも洋風のほうが使い勝手はいいだろう。依乃は陰陽師に話しかける。


「……貴方は、あの会長を信じているのですか?」

「当然だ。土御門会長は我ら陰陽師家のために動いている。何故怪しむと聞く?」


 断言するように言われ、依乃は口を閉じる。あの部屋にいた陰陽師たちはほぼ信者と言えるだろう。依乃は恐る恐る口を動かす。


「……ここは、何処ですか」

「黄泉比良坂にある陰陽師の本部の一つ。聞いて逃げられると思うのか?」


 言われ、依乃は首を横に振り否定をする。直文が封印されたのだ。逃げられるわけない。歩いているうちに、部屋の前につく。ドアを開けられると、入るように促される。ゆっくり入ると、勢いよく閉じられ鍵もかけられた。呟きが聴こえた後、縄が外れ依乃の手は自由になる。

 両手を動かしている中、ドア越しから声が聞こえた。


「縄も外しておく。食事は三食運ばれるから安心しろ。だが、ここから逃げられると思うな。抵抗も無駄だと思え」


 足音が遠くへ向かう。部屋を見ると簡素なベッドと椅子にテーブル。黄色に近い家具や赤色のインテリアなど。壁には対になるような白い絵画や、白の花瓶などがある。洗面所とシャワー室がついている。清潔感がある部屋であり、思ったよりも待遇は良い。

 依乃は部屋を探索する。監視の式神や監視カメラがあるのは承知だ。監視の道具を探しているわけではなく、純粋に部屋を探索していたのだ。

 替えの服に下着にパジャマ。シャワー室のリンスとシャンプー。スキンケア用品と生理用品。髪を整えるものなど。食事も運ばれるとなりと普通に生活できるほどだ。だが、個人の死が代償となる為、ここにいたい人など希望者はほんの一部だけだろう。

 幸い荷物が取り上げられなかったのが救いだ。依乃はバッグをテーブルにおいて中身を確かめる。必要なものはあるが、感じがあるため護身用の札は使えない。中を弄って奥にしまう。携帯電話──スマホのアンテナを確認するが圏外。黄泉比良坂にいる故に、ネットが通じる環境ではないとわかっていた。

 行動からして落ち着いているように見えるが、内心は周章狼狽している。だが、作戦通りに事を進めなければ皆の迷惑になるとわかってる。

 依乃はバッグを閉じ、手にしてベッドに座った。自分のつけているネックレスの勾玉を手にする。

 この勾玉は互いをリンクする使用にあるが、外す方法は限られている。一つだけわかっているのは、二人同時に死ななくては外れないという条件だ。その条件を知らされた時は驚愕した。逆に言うと、片方が生きているならもう片方は死ぬことなく生き続けていることになる。

 勾玉から感じる異なる温もりは直文がまだ無事である証だ。


「……直文さんは……大丈夫」


 呟くとノックが聞こえた。背筋がざわつき、依乃は険しい顔をして顔をドアに向ける。ドアが開くと、土御門春章が現れた。相手は緑茶と菓子の乗ったぼんを持って部屋に入ってくる。彼女は立ち上がり、警戒心を顕にしてみせた。警戒心する少女に、土御門はただ微笑む。


「おや、元気そうじゃないか」


 声をかけられても彼女は黙る。煽りであることは間違いない。だが、土御門春章から感じる良くない気配に警戒心は抜けなかった。彼はテーブルにお茶を置く。


「勝手に連れてきてしまい。申し訳なかった。だが、こっちも果たしたい目的があったのだ。有里さん。共にお茶でもしながら話さないかい?」

「……話すなら」


 依乃の言葉に春章は笑った。


「はっはっ、そう警戒しなくても、菓子や茶に毒は入ってない」

「──では、呪いは?」


 その問に春章は目を見張って黙る。依乃は険しい顔のまま問う。


「その、お茶と菓子……いえ、器などに呪い、おまじないなどはかかってないなら、飲み食いはできるはず」


 先程の土御門春章単体からは普通の人間に近い雰囲気を感じた。だが、今は良くない気配だけを感じた。菓子と茶がテーブルに置かれ、土御門春章と離れたことで良くないものが菓子とお茶にかけられていると分かった。

 彼女の指摘を受け、春章はしてやられたといったように微笑む。


「……微量な呪いを入れただけのはずが、これだけでも気づくとは。革命派はとんでない残り物をしたな」

「……ティータイムは断るけど、話だけは聞きます。こちらもいつくか聞きたいことはあるので」


 依乃は怯えたいが堪える。本当は怖くて逃げたい。直文がいない故に、不安でしかない。だが、ここでここで一つでも綻びを見せれば、かつての友人や家族が巻き込まれてしまう可能性がある。彼女は僅かな震えを抑えて拳を握る。

 物怖じない姿勢に春章は拍手をした。


「いやはや、勇敢なお嬢さんだ。その姿勢に免じ聞きたいことには答えよう」


 逃してはならないチャンスに、依乃は恐る恐る問う。


「……貴方達は私達を依代として使うと言ってましたよね。依代に入れるもの……。それは、『儀式』シリーズの中核にいる神……じゃないですね?

何を入れて、何を呼び出したいのか。教えていただいても良いのではありませんか」


 質問に春章は唸らせた。

 依乃を餌に神を釣るというメールの内容があるからだ。中核にいる神は弄って自我がないならば、神は既に死しているようなもの。魂を取り入れ、『変生の法』を入れて何をするのか。

 核心とも言える質問に春章は感心する。


「ああ、そうだとも。有里依乃さん、貴方には知る権利がある。その姿勢に免じて教えよう。貴女に降ろしたい存在は鬼子母神だ」

「……鬼子母神……?」


 聞き覚えのない名に彼女は不思議そうに言う。


「鬼子母神。仏教を守護する天部……わかりやすく言うと神様の一柱だ」


 神を下ろす。確かに依乃であれば神の器として機能できるであろう。だが、多くの疑問が出る。神を下ろすことと変生の法。儀式シリーズの使用はなくても良いのではないか。一瞬だけ考えるが、彼女は聞くことを優先にする。


「……神をおろすなんて、できるのですか? その神様……死んでいるわけじゃないですよね?」

「そうだ。だが、呼び出し下ろすは分霊。その分霊は特殊でな。昔に死んでしまっているのだ」

「……?」


 依乃は小首を傾げる。言っている話がおかしく感じたからだ。神の分霊は本霊のもとに帰るイメージがある。祭られている限り、死ぬことはないはずだ。


「……神の分霊であってももそう簡単に死なないのでは?」


 疑問を口に出すと春章は静かに黙って微笑むだけ。その微笑みは気味が悪く、依乃は黙る。この質問は答えるつもりはない。もしくは、下手に聞けないのだろうと思い、依乃は予想ができる頼みをする。


「彼を開放して私達を帰してください」

「断る。あの麒麟は計画に邪魔だ。そして、有里さんは必要な存在だ。陰陽師のために、良き妖怪のために、犠牲になってもらいたい。と、言っても頼めないのは知っている。貴女の中にある厄介な力を取り除くための呪いの茶と菓子なのだが仕方無い」


 そう言い、無言になり微笑みながら近付く。無言の圧力とも言え、依乃は怖く感じ、下がる。しかし、後ろがベッドであることを忘れていた。依乃はそのままの後ろに倒れる。起きようとするも、顔の真横に両手が置かれる。

 依乃の視界にはただ微笑む春章がいた。気味悪く彼女は逃げようにも逃げられない。ベッドで依乃に覆いかぶされるように乗っており、彼女に手を伸ばす。


「手荒な真似をしたくなかったが──まあいいだろう」


 依乃は涙を浮かべながら、顔を横にそらすことしかできない。春章が彼女の服を脱がそうと服に手をかけたときだ。彼女から黒い物が発せられる。

 春章は目を丸くする前に、見えない何かに弾き飛ばされた。お茶と菓子が乗ったテーブルごと巻き込んで吹き飛び倒れた。

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