1 封じられた麒麟

 直文は強く依乃を抱きしめる。目付きを鋭くし、瞳を麒麟のものとし魚目で春章を見つめる。依乃はビクッと震えるしかなかった。彼は何かを放った気がする。そう彼女が考えたとき、ドサッと音がしていく。

 周囲の陰陽師が倒れていくのだ。春章以外の陰陽師は全員倒れていく。春章は直文を油断なく見据え、直文は敵意と殺気を向けていた。自分以外の陰陽師が倒れた事象に、春章はふぅと息をつく。


「……同じような殺気を随分昔に浴びてなければ倒れていたな」


 冷や汗を流しながらも答える。相手の反応に直文は納得する。


「そうか。やはり、今まで俺達に隠しているつもりはなかったか」

「そうだとも。組織の存在は知っていた。故に、誘き出していた」


 春章は語る。

 組織の存在を知るものは少ない。知るのは組織に関わりがある一族か、組織に関係している者。また関わりがある妖怪の一族や古い妖怪だけ。真に知るとしても、死者だけとなる。だが、死者が転生しても生まれ変わることで記憶はない。変生の法を受けた人間は転生した扱いを受け別人となる。だが、目の前にいる相手は知っていた。その答え合わせをしていく。


「俺の殺気はすぐに普通の人間は倒れる。そう、『変生の法』を受けているとしても普通の人間。このように倒れる。だが、お前は違う。元から違う。正しく、生まれ変わっているわけではない。故に、その記憶はあるのだろう?」


 直文の問に春章はうなずく。


「そうだ。私ともう一人。特別であるが故に違う」


 肯定することは、彼の予想すらも肯定することを意味する。直文はいい顔をせずに、息をつく。


「……まさかこうもあっさり認めるとは。土御門春章。いや、今世の『大嶽丸』よ」


 前に聞いたことのある名前に、依乃は土御門春章の顔を見る。優しげな風貌から荒荒しい逸話や話を持つ鬼を感じられない。言い当てられてことに関しても、土御門春章は嫌そうな顔をした。


「確かに『大嶽丸』ではあるが、その昔名はやめてほしい。今の私は土御門の家を担う者土御門春章だ」


 あっさりと認め、明確に別人であると告げた。一瞬だけ直文は目を丸くする。大嶽丸は実力はあるが、性格は最悪だ。目の前にいる春章はその『大嶽丸』と少々異なっている。すぐに直文は真顔となり、警戒心を強める。


「彼女を狙うことに何の目的がある」

「革命派が狙いそこねたものを保護するだけ──じゃないことも流石に気付くか」


 笑い、依乃に目を向ける。


「当然、依代だ」


 強い力のようなものを感じ、依乃と直文はハッとする。直文はすぐに彼女を抱えて立ち上がるが、春章はすでに刀印を組んでいた。法陣の線が浮き上がり、直文の腕と足を貫通する。


「っい……!?」

「っ直文さん!?」


 悲鳴に近い声で彼を呼ぶ。法陣からのダメージ。腕や足からは服の上からわずかに赤いものが滲み出ている。歯を食いしばりながら直文は春章を睨む。


「っ……! この法陣……まさか『儀式』シリーズから作り上げたもの……っ!?」


 創作の怪異から作り上げた法陣。依乃は中央にいる異様さに気付き、顔色を悪くする。足元近くにある法陣を見つめ眉間のシワを深くし、直文は食いかかるように問う。


「……こんな大掛かりといえど、特定の人物の呼び寄せる術式が攻撃なんぞできるはずない。お前たちはこの術式にどれだけ人間を取り込んだ? どれだけの人間を殺した!? どれだけ、術式の中核にいる神と怪異を弄くったんだ!?

そうでなければ、機能の付与なんぞできるわけない!」


 完成度を速めただけでなく、術式にある程度の攻撃性をもたせたのだ。しかし、直文が受けた攻撃は創作怪談の中には乗ってない事柄。春章は険しい顔をした直文を見つめ、不思議そうに話す。


「たかが数十人程度だ。中核にいる弱った神に自我はすでにないゆえに、弄っても問題なかろうよ」


 問題ないように発言した。命を蔑ろにし、更に妖怪までも禁じている禁忌まで犯したことは明確。直文が動こうとしたとき、春章は何かをつぶやく。法陣が光だし、貫通している腕と足に激痛が走ったのか直文は悲鳴を上げた。依乃は直文を助けようと動こうした一回瞬きした時、自身を抱きしめていた直文の姿を見ている。


「えっ……」

「っなっ……!?」


 驚いた彼女の声に気付き、直文は目を丸くした。彼は自身の両腕の中に依乃がいないとに確認する。また依乃も直文に守られていないと理解した。

 肩に手を置かれた。手のおいた人物を見上げると、春章が穏やかに微笑んでいる。

 いつの間にか、春章の元に手繰り寄せられていた。彼女は肩の手を強く払い、彼のもとに駆け寄ろうとする。

 直文は痛みをこらえながら、依乃の元に歩む。


「っ依乃!」

「っ直文さん!」


 彼女が近付いて、互いが手を伸ばそうでしていく最中。春章は印を組みながら、地面を踏んでいく。禹歩を踏み鳴らす。


「朱雀、玄武、白虎、勾陳、帝台、文王、三台、玉女、青龍。封」


 禹歩を踏み終えるドンっと音とともに、直文に法陣の多くの線が絡みつく。直文は表情を歪ませた。依乃は必死に直文へと手を伸ばしていくが、相手は無慈悲に九字を切り始めた。


「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、前、行、封。発動、急急如律令」


 手本とも言える九字が切られ、更に法陣の線が巻き付く。直文の手足、胴体、首、顔、全てに巻き付いた。法陣が光だし、直文が光る法陣の中に取り込まれていく。

 口を塞がれても声を上げ、直文は法陣から逃れようと足掻く。しかし、相手の方が上であった。彼女は直文の全身が法陣の中に取り込まれていく様を見届けてしまう。伸ばされた手は空振りとなり、彼女は息を呑んで取り込まれた法陣へと駆け寄る。


「直文さん! 直文さん……!」 


 しゃがんで法陣を叩くが、叩いても現れるわけではない。何度も叩いていると、手を掴まれる。依乃は顔を向けると、春章が首を横に振っていた。


「やめなさい。そうしても半妖は出てこない」

「っ! 放して!」


 手を振り払おうとするが、掴む力が強く振り払えなかった。依乃は抵抗をしようにも春章は大人。再び横に振り、相手は穏やかに接する。


「そうやっても半妖は出てこない。我々も手荒な真似はしたくないんだ。有里依乃さん」


 手荒な真似と聞き依乃は顔を顰め、緩んだ隙に手を振り払う。


「っ手荒な真似って……私達と関係ない人を巻き込んでる時点で真似してるでしょう!?

私だけじゃなくて、奈央ちゃんに味方の真弓ちゃんにもその真似を向けて手荒なことしている。貴方達は人の味方側じゃないの!?」


 怒りを示す彼女に、春章は頷く。


「ああ、人の味方だ。だが、多少人が減ったくらいでどうにでもなるだろう」


 問題ないかのように言い、依乃は目を丸くした。

 直文たちは異なる倫理観があった。だが、彼らは無関係な人を巻き込むなど、無関係な命を消費するなどの真似はあまりしない。目の前にいる陰陽師は人が減ってもどうにでもなると口に出した。人の味方とも思えない発言に、依乃は腑に落ちて目の前にいる春章を睨む。


「……貴方は人じゃない。鬼だ」

「何と言われようが構わないが、有里さんは自分の身の安全を考えた方がいい」


 言われた瞬間、背後に両手を回された。依乃は背後を見ると、両手にいつの間にか紐が固く結ばれている。手を動かそうにも自由が効かない。依乃は抵抗する術を防がれた。

 足を使うにも逃げられるわけなく、春章たちに勝てるわけがない。直文の殺気で倒れた陰陽師の一部が起き出す。

 起き出す陰陽師に春章が命を出した。


「残りは、ここの封印の警護を。そこの君は、この少女を丁重に部屋へご案内するように。無論、大切な依代だ。傷付けてはいけないぞ」


 陰陽師は命を聞く。依乃は微笑んでくる春章を睨むしかなかった。

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