3 コンコンな情報屋

 SFを見るのはいい。だが、奈央は安全の保証もなく体験したい人ではない。

 彼女は周囲を見る。

 建物も近代的ではなく、文化的。ないはずの過去の駿府城すんぷじょう。過去の静岡しずおかである駿府すんぷと確信は得ない。まずどうしようかと戸惑っていると、背後から声がかかった。


「おい、そこの女子。どうした」


 彼女は驚いて振り返る。

 黒いまゆを結い、立派な着物を着て提灯を手にした侍がいた。足袋に下駄げたこしには二つの刀。時代劇や大河ドラマにしか出てこなそうな侍の風貌ふうぼうに、彼女の混乱に拍車がかかる。提灯で照らされている侍の表情は、怪しいものを見るかのよう。

 黙って硬直こうちょくしている少女に、侍は声を大きくする。


「おい! そこの女子! どうした!?」

「は、はいぃぃ!?」


 声をあげて困る彼女に声がかかった。


「あー、いた。こんなとこにいたのか。探したぞー?」


 彼女の肩を掴むものがいる。奈央は驚いて背後にいる人物に振り返った。

 茶色に近い黒髪はふわふわしており、長い髪を束ねている男性。こしには刀を携え、着物を着崩すし羽織はおりを肩にかけて下駄げたを履いていた。整った顔立ちは悪戯いたずらっ子の微笑みが似合いそうである。侍より背が高く、当時の人からすると目立つ身長だ。

 奈央は彼と目が合い、微笑まれる。その男性はイケメンであり、彼女は顔を赤くした。侍は彼に目を丸くしている。


「八一ではないか」

町奉行まちぶぎょう様。こんばんは、今宵は良い月でございます。城代じょうだい様とお酒を酌み交わしながら会合かいごうですか?」


 気軽に話しかける彼に侍は明るく笑った。


「あっはっはっ! 流石は情報屋。話が早い」

「まさか、門から赤い顔をして出てくるのを偶然見かけたのでそう考えただけですよ。いやぁ、本当にすみません。うちの連れはここに来たたばかりで、道に慣れてないようなんです」


 たがいに明るく話し合う二人。顔をよく見なかったが奉行ぶぎょうと呼ばれる侍の顔は赤かった。侍はまじまじと奈央を見つめる。


「にしては、この女子は奇妙な姿であるな。八一」

「そうですかね? 酔ってそう見えているだけでは? ですが、奉行ぶぎょう様。急いで戻った方がよろしいかと。夜は幽霊が出やすいですし、最近は妖怪も闊歩かっぽしているとの噂。化かされる前にお帰りになられた方がよろしいかと思われますが」

「ふむ、確かに……では、またいつかそなたのもとにこよう」


 侍は簡単な挨拶あいさつをして、去っていく。侍の姿が闇の中に消えていくと、事なきを得たようで奈央はほっとした。

 彼女は感謝しようと顔を向けて、言葉を失う。

 見た彼の顔に笑顔はない。八一と呼ばれる彼は淡々たんたんと奈央を見ていた。

 彼は二本指を立て、刀印とういんを組む。


「転」


 その声を聞いてまばたたきをすると、周囲の風景は変わっていた。真っ暗な空間にいたが、一つの灯火が部屋の中で灯され一望が明らかになる。

 小さな部屋。玄関の近くには竈がある。二人で住むのに精一杯の広さ。おかれている物はその当時の生活必需品ぐらいだ。奈央は家の中の土間にたっており、八一は既に下駄げたを脱いで床に上がっていた。彼はこしをついてあぐらをかくと、彼女に冷ややかな目を向ける。


「ここにつれてきたのには理由がある。外に漏れぬように防音の術が張ってあり、逃げ出すことは不可能だ。お前に対話する気があるなら、履き物を脱いで上がれ」


 いきなり冷たい態度をとられて、彼女は抗議しようとする。が、背筋が凍った。鼓動が激しく胸が苦しい。冷や汗が止まらない相手の表情は変わらない。

 間違いなく相手から殺気とプレッシャーを放っている。奈央は味わったことがなく、涙腺るいせんも押さえきれずにボロボロと流してこしをつく。


「ううっ……ひぐっ……うぐっ……うわぁぁぁ!」


 泣き出した。平和しか知らぬ彼女にとって殺伐としたものは苦手だ。泣く様子を伺い、彼は圧力を放つのをやめる。泣く彼女を見つめて、八一は段々と目を丸くした。


「えっ、もしかして……普通の人間?」


 キョトンとする彼に大泣きをする彼女。八一は慌てて彼女の元に行く。しゃがんで目線を合わせて、驚愕してから懐から綺麗きれいな手拭いを出す。


「ああ、すまん……。私の勘違いだった。怖がらせてすまないっ……!」


 泣いている向日葵ひまわりの少女を八一は懸命に謝りながらなぐさめていた。



 ──奈央が泣き止んだのは小一時間ぐらい後であった。

 床に上がり、御座の上に座って手拭いで目を拭う。八一は湯飲みを用意して彼女にお茶をいれた。彼女の元におき、近くに座る。


「本当に申し訳ない。君を妖怪だと勘違いしてしまった」

「ううっ……ひぐっ……ひ、ひどい」

「本当に申し訳なかった。私のせいだな」


 奈央は鼻を啜って、涙を手拭いで拭う。彼はまた頭を下げて謝った。先程とうって変わって殺伐とした雰囲気ふんいきはない。普通の男性としての雰囲気ふんいきであり、自己紹介をし始める。


「私は八一。この辺りの情報屋をしている。君は?」

「田中……奈央」


 彼女の自己紹介に八一は不思議そうだ。


「田中? 姓を名乗ると言うことは君はそこそこの階級の武士の出なのか?」


 庶民や農家にも姓のようなものはあった。だが、昔は当時のきまりや庶民が上の身分に対する配慮もあり、名乗らなかった事情もあるらしい。庶民同士同士なら姓は名乗れたが、現代で言えばここは都会とも言える駿府すんぷだ。名乗るには気遣う場所であろう。

 奈央は首を横に振る。

 そもそも奈央は未来からやって来た人間だ。流行ったアニメ映画と長寿ちょうじゅアニメの道具を思い出して、彼女は息を吐く。過去を変えて未来を変えてはならない。変えた場合、彼女の大切な友人が消えてしまうかもしれないのだ。

 未来から来たといってはならないと、決意したとき。


「未来?」


 彼女はビクッと震える。

 八一の顔を見ると、いぶかしげに見つめてた。奈央の考えは口に出ていたらしい。だが、呟いたほどの声で普通の人には詳しく聞こえないはずだ。奈央はしまった口を閉じて、少し身を引く。

 少女の反応から八一は理解し、興味深く見つめる。


「へぇ、そっか、君は未来人か。……なるほど。なら、色々と不明な点が納得できるよ」

「不明?」


 勝手に納得する彼に聞き返すと、お守りの入っているポケットを指で指される。


「そこにあいつの力を感じるからだ。あいつがお守りを他者に渡すなんてしない。なんかしらの理由で渡されたんだろう」


 ポケットからお守りを出したあと、奈央は驚く。


「えっ、貴方あなたは久田さん。久田直文さんの知り合いなのですかっ!?」


 声を出して驚く。直文の名を耳にして、八一はまばたきをした。


「久田直文? ……ああ、そっか。それが未来でのあいつの名前か」


 言っている意味にわからず、奈央は混乱している。この八一と言う人と未来の直文が知り合いとはどういうことか。情報量が多く彼女の情報処理が追い付かない。少女の戸惑う反応を見て、彼は肩をすくめる。


「本当は打ち明けちゃあ不味いんだけど状況が状況だからなぁ。仕方ない、はっきりさせよう」


 奈央は八一の言葉に反応して顔を見て、声を出して驚いた。


「頭に耳……!?」


 男の頭には動物の耳が生えていた。明るい茶色で彼の後ろでは少し大きめの一本の尾が揺れる。人の耳はなく、動物の尾と耳。ひとみは別の色になっており、八一は片手で狐を作る。


「改めて、初めまして。未来から来たお嬢さん。私は人であり人でないものの八一。あの世の組織桜花に仕える半妖の一人にて狐の血を引く者。コンコぉーンとよろしくな」


 彼女は手拭いを床に落として、口をあんぐりと開けていた。

 人ではあり得ぬ動物の耳が映えているのだ。アニメや映画の中でしか見たことのない亜人あじんの姿を目の当たり。八一は彼女の反応を楽しそうに笑っていた。


「おっ、その反応いいね」

「え、え、ほんもの……?」


 狐の耳と尾を揺らして、八一はにこにこと笑う。


「ああ、断言しよう。本物だ。何なら、尻尾でも触ってみるか?」


 すると、奈央は遠慮なく耳を触った。普通の狐よりも大きな耳。優しく触り、奈央は口許を緩ませる。


「ふわぁ……もふもふ……」

「……おじょーさん。そこ触れと私はいってないぞ」


 極上の感触に浸っていたが、呼び掛けられて彼女は我にかえる。すぐに、御座の上で正座をして頭を下げた。


「ご、ごめんなさい! つ、つい、触りたくなって……」


 もふもふとし、ピコピコと動く耳は彼女にとっては魅力的であった。

 彼女の反応に彼は吹き出して笑う。


「あっはっは、いいって。けど、未来人はこんな私を見て驚かないやつ多いのか?」

「あ、いえ、奇妙な目で見られるかと……」


 素直に答えて八一は「そっか」と残念そうにいう。しばらくしたのち、彼女を真剣に見る。


「こうして私が普通ではない身の上を打ち明けたのには相応の理由がある。……それは、お嬢さんが身を持ってわかっているよな?」


 聞かれて少女はゆっくりと首を縦に振る。

 タイムスリップ。普通ではあり得ぬ現状を起きている。八一も普通ではないことを打ち明けたのだ。何かが起こっているのは当然である。少女の是の返答を見つめて、八一は口許を緩める。


「まあ、色々と状況の整理のためにたがいのことについて詳しく知ろう。情報はとっても大切だからな」

「は、はい!」


 危ない目に会うのかと奈央は思った。意外にも八一はいい人である。少し冷めたお茶を手にして、まず八一の詳しい話を聞いていった。


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