2 向日葵少女のタイムスリップ
連絡をすると、すぐ近くにいるらしい。
近くにある売店でアイスや飲み物を買う。少しした先の未来ではおでん屋を兼ねた駄菓子屋がオープンしている。ベンチで談笑しながら宿題をして待つと声がかかった。
「依乃、田中ちゃん。久しぶり」
「直文さん! お久しぶりです」
二人は顔をあげ、依乃は立ち上がって
「久田さん。こんにちは! お久しぶりです!」
「こんにちは。夏祭り以来かな。元気そうだね。田中ちゃん。さて、詳しい話を聞きたいから皆でベンチに座ろうか」
穏やかに微笑み、着席を促した。奈央と依乃が少しずれると、直文は依乃の隣に座る。直文は眉唾でない霊能力者だ。奈央は一度彼に助けられており、信頼できる。
今日見たこと二人に話していく。青白い狐に仮面の男。依乃は怪談かと身構えていたが、怖くない内容に
「……それは……『時駆け狐』か?」
「……『時駆け狐』?」
オカルト板を読み漁る奈央でも聞いたことがない。直文は腕を組み、顔をしかめる。
「昔に書かれた怪談。知っているのはマニアぐらいなマイナーなものだよ。インパクトはなかったからあまり知られてないし、怪異として現れるなんて滅多にない」
話の内容を教えてもらった。青白い狐に導かれたタイムトラパーの話。だが、稲荷の神社にお参りしたときからタイムスリップができなくなり、行方不明になったようだ。
ありふれた時空超越の話だが、行方不明の終わり方が気になる。奈央は自衛の方法を聞きたかった。
「……久田さん。自衛の方法は……?」
「……青白い狐の自衛は難しいかもしれない。でも、仮面の男に関しては俺のお守りを常に持って、近くの神社でお参りした方がいいだろう。近場で力があるのは
「奈央ちゃん大丈夫。直文さんのお守りは間違いないから」
依乃は自信を持っていう。
今まで依乃は怪奇現象に見舞われてきて、お守りのおかげで身も守れたのだ。お墨付きなので安心できる。奈央は明るい
家まで送ると依乃の申し出に、奈央は断りをいれた。友達に迷惑かけるわけにいかないと笑っていい、駅の方まで向かった。
去る友の背を見送ったあと、依乃は直文に慌てて話す。
「……直文さん。どうしましょう!? 奈央ちゃんが、奈央ちゃんがっ……!」
「落ち着いて……って言いたいけど……まさか大穴がくるとは。しかも俺自身だけの手じゃ負えない専門系だ」
落ち着かせようとするが、直文が頭を抱える辺り今回の件は厄介者らしい。
久田直文は人であり人でない者半妖。見た目より長生きである。半妖で構成されているあの世の組織『桜花』の一人であり、有里依乃も保護と言う形で仲間になっている。直文たちの組織の者は皆優秀だが、彼だけでも手に負えない理由が彼女は気になった。
「直文さんでも手に負えないこともあるのですか……?」
聞かれて、彼は申し訳なさそうに頷く。
「うん、ごめん。これは輪廻を邪魔する者じゃない。桜花も許容している。そもそも時駆け狐自体、元々は神使たる狐の嫁婿を探す
「神隠し……」
現代には削ぐわぬ言葉を聞いて、依乃は顔色を悪くする。彼女もかつては神隠し一歩手前の状況だったのだ。稲荷関係の物に近づくなと言ったのも、神隠しに関係している。彼は悩ましい顔をして、ポケットからスマホを出す。
「組織としては放置してもいいけど、俺個人としては自分の学校の生徒を嫌な目に遭わせたくない。……ちょっと仲間に連絡を取ってみるよ」
翌日の朝。
奈央は駅を出て歩いていく。帰る前に神社でお参りをしており、お守りを買った。駅から学校までは、自転車でいくものも多いが学校までは彼女は歩いていく。鍛える名目もあるが、町並みを眺める理由もある。
朝練もあるため、奈央は朝早く六時ほどに家を出ていた。彼女は区役所と県庁前の堀の近くの通りを歩いていく。水辺の涼しさと五月の朝の風を感じながら、十字路の横断歩道を歩いていた。
その中央に青白い狐が見える。
彼女は目を丸くした。稲荷関係には近づいておらず、お参りもしていない。お守りを意識しながら横断歩道を渡りきろうとしたとき、横断歩道のゴールに狐面の仮面の男がいた。
彼女は慌てて逃げ切ろうと横切ろうとしたが、手足に
狐面の男が手を伸ばす。だんだんとその手に近づいていく。お守りが熱くなるのを感じ、体の自由が出てくるのがわかる。奈央はその手を払い除けた。
「っ触らないで!」
ぱしんと音が響き、狐の鳴き声が響く。
周囲の風景が映像のように巻き戻る。横断歩道を渡っていく人々が振り返らずに後ろに戻っていき、朝日が沈んでいく。昔のテレビテープで巻き戻した映像を思いだした。
周囲は速度をあげて巻き戻っていき、光が周囲をおおっていき彼女を飲み込む。
あまりの
──静かなせせらぎが聞こえてくる。目が不自由な人の為の信号の音が聞こえない。車のエンジン音すらも聞こえず、多くの人の気配も感じない。流石におかしさを感じて、彼女は目を開ける。
空は暗くなっており、周囲は薄暗かった。先程まで朝だったのが、夜になっている。地面はしっとりと雨にうたれたかのように濡れている。
びっくりは多い。蛍光灯の照明はなく、信号機や道路もなくビルや近代的な建物はない。
周囲には、整備された水路と塀と塀の向こうにある木造の大きな建物。
「っここ、どこっ……!?」
見回してみると、どこか見覚えのある町並みが並ぶ。
大きな土塀と立派な門。門の向こう側には武家屋敷があるのだろう。その武家屋敷が堀の周囲にいくつかある。
月明かりがその
堀と真っ白な塀の向こうにある小高い建物。過去にあったとされ、未来ではもう現存されていない。彼女も話だけは聞いたことがあるが、実物を目にできるとは聞いてもない。
「うそ、あれもしかして
再度周囲を見回して、彼女は見覚えがある感覚の理由を思い出す。城の無い
「ってことはここは……」
時駆け狐の話を聞いて理解に
タイムスリップ。またはタイムトラベル。
田中奈央は狐によって、過去に飛ばされてしまった。
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