2 向日葵少女のタイムスリップ

 連絡をすると、すぐ近くにいるらしい。駿府城すんぷじょうの中にある公園で待ち合わせることとなった。

 近くにある売店でアイスや飲み物を買う。少しした先の未来ではおでん屋を兼ねた駄菓子屋がオープンしている。ベンチで談笑しながら宿題をして待つと声がかかった。


「依乃、田中ちゃん。久しぶり」

「直文さん! お久しぶりです」


 二人は顔をあげ、依乃は立ち上がってうれしそうに笑う。あでやかな長い黒髪を束ねた美丈夫びじょうふがやって来る。服装は春物の服でトレンドの雑誌に乗っていた。彼は久田直文。陰陽師のような仕事もしていて依乃の大切な人と奈央は認識している。奈央も立ち上がって頭を下げ挨拶あいさつをした。

 

「久田さん。こんにちは! お久しぶりです!」

「こんにちは。夏祭り以来かな。元気そうだね。田中ちゃん。さて、詳しい話を聞きたいから皆でベンチに座ろうか」


 穏やかに微笑み、着席を促した。奈央と依乃が少しずれると、直文は依乃の隣に座る。直文は眉唾でない霊能力者だ。奈央は一度彼に助けられており、信頼できる。

 今日見たこと二人に話していく。青白い狐に仮面の男。依乃は怪談かと身構えていたが、怖くない内容にまばたきをする。直文は考えて、難しそうな顔をする。

 

「……それは……『時駆け狐』か?」

「……『時駆け狐』?」


 オカルト板を読み漁る奈央でも聞いたことがない。直文は腕を組み、顔をしかめる。


「昔に書かれた怪談。知っているのはマニアぐらいなマイナーなものだよ。インパクトはなかったからあまり知られてないし、怪異として現れるなんて滅多にない」


 話の内容を教えてもらった。青白い狐に導かれたタイムトラパーの話。だが、稲荷の神社にお参りしたときからタイムスリップができなくなり、行方不明になったようだ。

 ありふれた時空超越の話だが、行方不明の終わり方が気になる。奈央は自衛の方法を聞きたかった。


「……久田さん。自衛の方法は……?」

「……青白い狐の自衛は難しいかもしれない。でも、仮面の男に関しては俺のお守りを常に持って、近くの神社でお参りした方がいいだろう。近場で力があるのは浅間神社せんげんじんじゃ小梳神社おぐしじんしゃだ。でも、出来る限り、稲荷社と稲荷関係の社には近付かない方がいい。仮面の男については俺の方で調査しておくよ」


 向日葵ひまわりの少女はバッグにある物を出す。直文から貰ったお守りだ。お守りの効力はあり、真夜中家の中を歩いても嫌な感じはしない。


「奈央ちゃん大丈夫。直文さんのお守りは間違いないから」


 依乃は自信を持っていう。

 今まで依乃は怪奇現象に見舞われてきて、お守りのおかげで身も守れたのだ。お墨付きなので安心できる。奈央は明るい向日葵ひまわりの笑顔を浮かべた。

 家まで送ると依乃の申し出に、奈央は断りをいれた。友達に迷惑かけるわけにいかないと笑っていい、駅の方まで向かった。





 去る友の背を見送ったあと、依乃は直文に慌てて話す。


「……直文さん。どうしましょう!? 奈央ちゃんが、奈央ちゃんがっ……!」

「落ち着いて……って言いたいけど……まさか大穴がくるとは。しかも俺自身だけの手じゃ負えない専門系だ」


 落ち着かせようとするが、直文が頭を抱える辺り今回の件は厄介者らしい。

 久田直文は人であり人でない者半妖。見た目より長生きである。半妖で構成されているあの世の組織『桜花』の一人であり、有里依乃も保護と言う形で仲間になっている。直文たちの組織の者は皆優秀だが、彼だけでも手に負えない理由が彼女は気になった。


「直文さんでも手に負えないこともあるのですか……?」


 聞かれて、彼は申し訳なさそうに頷く。


「うん、ごめん。これは輪廻を邪魔する者じゃない。桜花も許容している。そもそも時駆け狐自体、元々は神使たる狐の嫁婿を探す稲荷大明神いなりだいみょうじんの使い魔だ。使い魔は狐の妖怪と人関係なく、稲荷の神使の婿と嫁を探す。波動が合うもの。もしくは神使が気に入ったものを連れていく。有り体に言えば、神隠しだな」

「神隠し……」


 現代には削ぐわぬ言葉を聞いて、依乃は顔色を悪くする。彼女もかつては神隠し一歩手前の状況だったのだ。稲荷関係の物に近づくなと言ったのも、神隠しに関係している。彼は悩ましい顔をして、ポケットからスマホを出す。


「組織としては放置してもいいけど、俺個人としては自分の学校の生徒を嫌な目に遭わせたくない。……ちょっと仲間に連絡を取ってみるよ」


 文田和久ふみたかずひさという偽名で彼女の学校に潜入しており、数学を教えていた。彼の姿は眼鏡にかけている術で、他者には現代の冴えない先生に見えている。電話帳のアプリをタップして、直文は耳に当てた。




 翌日の朝。

 奈央は駅を出て歩いていく。帰る前に神社でお参りをしており、お守りを買った。駅から学校までは、自転車でいくものも多いが学校までは彼女は歩いていく。鍛える名目もあるが、町並みを眺める理由もある。

 朝練もあるため、奈央は朝早く六時ほどに家を出ていた。彼女は区役所と県庁前の堀の近くの通りを歩いていく。水辺の涼しさと五月の朝の風を感じながら、十字路の横断歩道を歩いていた。


 その中央に青白い狐が見える。


 彼女は目を丸くした。稲荷関係には近づいておらず、お参りもしていない。お守りを意識しながら横断歩道を渡りきろうとしたとき、横断歩道のゴールに狐面の仮面の男がいた。

 彼女は慌てて逃げ切ろうと横切ろうとしたが、手足にしびれを感じた。足が真っ直ぐと狐面の男に進んでいく。嫌だと首を横にふる。通る人に助けを求めようとするものの声がでない。

 狐面の男が手を伸ばす。だんだんとその手に近づいていく。お守りが熱くなるのを感じ、体の自由が出てくるのがわかる。奈央はその手を払い除けた。


「っ触らないで!」


 ぱしんと音が響き、狐の鳴き声が響く。

 周囲の風景が映像のように巻き戻る。横断歩道を渡っていく人々が振り返らずに後ろに戻っていき、朝日が沈んでいく。昔のテレビテープで巻き戻した映像を思いだした。

 周囲は速度をあげて巻き戻っていき、光が周囲をおおっていき彼女を飲み込む。

 あまりのまばゆさに奈央は目をつぶった。




 ──静かなせせらぎが聞こえてくる。目が不自由な人の為の信号の音が聞こえない。車のエンジン音すらも聞こえず、多くの人の気配も感じない。流石におかしさを感じて、彼女は目を開ける。

 

 空は暗くなっており、周囲は薄暗かった。先程まで朝だったのが、夜になっている。地面はしっとりと雨にうたれたかのように濡れている。

 びっくりは多い。蛍光灯の照明はなく、信号機や道路もなくビルや近代的な建物はない。

 周囲には、整備された水路と塀と塀の向こうにある木造の大きな建物。駿府すんぷ公園のお堀は途中まで再現されているが、彼女の目の前にあるのは完全な堀だ。


「っここ、どこっ……!?」


 見回してみると、どこか見覚えのある町並みが並ぶ。

 大きな土塀と立派な門。門の向こう側には武家屋敷があるのだろう。その武家屋敷が堀の周囲にいくつかある。駿府すんぷ公園のあるはずの場所を見て、口をあんぐりとさせた。遠くの門を照らす松明たいまつが風によって揺れる。


 月明かりがその全貌ぜんぼうを明かした。

 堀と真っ白な塀の向こうにある小高い建物。過去にあったとされ、未来ではもう現存されていない。彼女も話だけは聞いたことがあるが、実物を目にできるとは聞いてもない。


「うそ、あれもしかして駿府城すんぷじょう……!?」


 再度周囲を見回して、彼女は見覚えがある感覚の理由を思い出す。城の無い駿府すんぷの公園の中には資料館しりょうかんがあり、駿府城すんぷじょう下を再現したジオラマをみたことがあるのだ。町並みや建物のジオラマと多少異なっているが間違いはない。


「ってことはここは……」


 時駆け狐の話を聞いて理解にいたる。今彼女の身に起きていることは一つ。


 タイムスリップ。またはタイムトラベル。

 田中奈央は狐によって、過去に飛ばされてしまった。



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