1 向日葵少女奇妙な一日

 五月青々とした緑の季節。夏の気配を漂わせる季節だ。学校近くで、同じ学校に通う同級生に告白された。格好も冴えない男子生徒。身長は奈央より少し大きい。彼は頭を深々と下げて、耳を赤くし微かに震えていた。

 向日葵ひまわり少女はまばたきをして自分を指す。


「私……?」


 その青年は赤い顔をあげて、必死に話す。


「そ、そうですっ。僕、君を一目見たときから好きで……」

「は、はあ……」

「っご、ごめんなさいっ。俺は山野正哉やまのまさやって言います。へ、返事はいつでもいいので。それではっ!」


 恥ずかしがりながら、彼は学校の方へと走り出していく。奈央はまばたきをして、隣にいる依乃は声をかける。


「えっと……おめでとう?」


 恐る恐る言われるが、彼女は唐突に告白されたと言う状況把握ができていなかった。



 三時限目が終わった後は昼食。食堂で二人ともう一人を交えて三人は食事中なのだが。


「告白はイケメンに限るっ!」


 全国の男の非モテを喧嘩売る発言。サンドイッチを食べる友人の発言に依乃は呆れる。


「奈央ちゃんはまず男の人に謝るべきだと思うの」

「冗談だよー。はなびちゃん、本気にしないで」


 親友とも言える彼女はわかっていると微笑む。付き合いは五年ほどとなるが、奈央にとって大切な友人の一人。他にも友人はいるが、身近で大切にしたいのは依乃である。彼女を通して助けられたことがあるのだ。大切な友達として奈央は付き合いたい。


「奈央は本当にイケメンが好きだね。現実はそうじゃないんだからね?」


 声をかけたのは中性的な少女だ。髪は明るい黒色のショートヘア。紫陽花あじさいを思わせる少女二人の先輩の高校二年の高島澄たかしまとおる。澄は女子にも人気があり、密かに男子にも人気が出てきている。

 先輩の言葉に奈央は頷く。


「わかってます! でも、夢みたいですよ。乙女ゲームみたいなシチュエーションを味わいたいですよ。澄先輩!」

「そんなこと言って、四月の英語と理系関係の小テスト結果どうなんだ」

「う、うぐ……そ、それは」


 澄の指摘に奈央は黙った。頑張がんばって勉強してはいれたとはいえ、奈央は勉強が好きな方じゃない。ちなみに小テストはクラスの中で最下位である。奈央も自ら合掌するほどの有様だ。

 ちなみに依乃は上から三番目の順位である。奈央の得意科目は国語と社会。泣きそうになる後輩の反応を見て、澄はため息を吐く。


「この高校は割りと勉強できる人多いんだから、ちゃんとしないとダメだよ。休みの日、できないところを教えてあげるから頑張がんばろう」


 頭がよくて面倒見のいい先輩なんて絶滅危惧種と向日葵ひまわり少女は思っていた。相変わらず優しい先輩に奈央は涙目になる。


「澄先輩~……好きです。一生ついていきます……」


 奈央は涙目になり、先輩の愛を叫ぶ。澄はいつものことで慣れており、「はいはい」と笑う。奈央はちょろい部分はあるものの悪い子ではなく、いい子である。


「でも、奈央ちゃん。山野くんだっけ。告白の返事はどうするの?」


 依乃はたずね、表情を変えた。


「断るよ。山野くんには悪いけど断る。高校はちゃんと勉強一筋じゃないといけないなぁと思っているの。恋愛もしている場合じゃないと思うから」


 申し訳なさそうに言う。出来の悪さを理解しているが故に、ここ三年間は勉強に集中することを彼女は決めている。部活は中学から継続して陸上部に入っている。奈央の宣言に澄は感心していた。


「奈央は偉いなぁ。じゃあ、私も協力できることをするよ。わからないことがあるなら、勉強も教えてあげる。私も基礎を復習したいからね」

「ううっ、澄先輩は本当に絶滅危惧種なぐらいよい先輩です……。困ったときは話してくださいね。話は聞きます」

「……褒めているのかなそれ。まあでも、話ぐらいはさせてもらうよ」


 澄は苦笑して、感動している後輩の頭を撫でた。

 三人は食事を取り終えると、教室に戻っていく。清掃をして、四時限目にはいる。

 依乃と奈央は教材の準備をして、席をついた。日直が授業の準備で黒板を綺麗きれいにしていると予鈴が鳴る。戸から教科書を持った人物が入ってくる。

 革靴かわぐつを動かして、眼鏡をかけたフォーマルスーツの先生が入ってくる。数学を担当する文田和久ふみたかずひさ。新任で普通の先生だが、眼鏡をはずすと絶世のイケメンと噂されている。あくまで噂であり嘘だろうと考え、奈央は教師の声を聞く。


「全員席についたかな? では、授業を始めよう」


 穏やかないい声に眠くなるが、いけないと奈央は首を横に振って授業に集中した。



 六時限目の英語の授業を越えて放課後。

 彼女は部室にて着替えをする。髪型を二つの三つ編みから、ポニーテールに変える。ランニング専用の服を着て、くつもランニングシューズに履き替えた。

 陸上競技部。部活動で走り込みを行う。父親がランニングをしている影響で、走るのが好きになった。奈央にとって育った町を見るのは楽しいからだ。

 彼女が得意なのは長距離。体を動かして、彼女はグランドを走る。部活に入った一年生はそれなりにいる。彼女よりも優れている人いる。だが、奈央はただ走るのが好きなだけで優劣は気にしない。

 靴紐が結ばれているか確認して、ホイッスルの音ともに彼女は走り出す。石灰のラインでかかれた縦に長い円を走る。

 町中を走りたいなと思いつつ、彼女は無心になって体を動かしている。

 遠くで青白い犬のようなものを見つけた。

 脱走した犬かと思ったが、近付いて犬ではないとわかる。立った耳、太くて長くふわふわとした尾。町中では見かけない動物だ。

 きつね。

 と彼女は呟いたとき、鳴き声が響く。目の前に狐のお面をした着物の男性が現れた。

 奈央は目を丸くすると驚き、狐面の男性の手が伸びてくる。意識が遠退きそうになった。学校近くからバイクの音が聞こえ、彼女は我に返る。

 空を見つめていた。

 周囲には戸惑いと安心の表情をした生徒と先生がいる。覗きこむように見ており、顧問の先生に上半身を起こされていたようだ。

 先生は肩を下ろす。


「田中っ! ……よかった。急にたおれたんだぞ」

「えっ」


 思わず奈央は驚き、声を出す。

 彼女自身倒たおれていた理由がわからない。狐を見てから鳴き声が聞こえて意識が遠退きそうになった。道路からバイクの音が聞こえて、気づいたらたおれていた。彼女は間抜けた声を出す。


「……青白い狐……狐面の男の人。先生。私、青白い狐と狐面の男の人を見たような」

「……田中、寝不足か? それとも体調が悪いのか。熱中症ねっちゅうしょうじゃないよな。ここは町中だから青白い狐なんていないぞ。……今日はいい。保健室で休んでいけ。親御さんに連絡しておくから早く帰ろ。それでも体調が悪いなら医者にいくように」


 先生から注意を受けて、奈央はしぶしぶと指示に従う。体調が悪いわけではないが気分はよろしくない。オカルトは好きだが、生身で体験するのは好きではないのだ。

 保健室で少しの間休む。親と連絡を取ったあと、彼女は迎えは大丈夫だと断りをいれた。




 お空は夕焼け小焼け。奈央は徒歩で駿府城すんぷじょうのお堀の近くを歩く。

 地震で崩れた修復中の石垣を見て、溜め息を吐いた。大会の練習もあるため、運動部である彼女は休みたくなかった。先生や回りからも休むように強く言われれば、仕方なく休むしかない。

 後ろから声が聞こえてきた。


「奈央ちゃーん。まって!」

「えっ、はなびちゃん?」


 彼女は驚いて振り返る。依乃は走ってやってきて、息切れをして奈央の目の前に来た。顔をあげて友人は笑う。


「……はあ、はあ……さすが奈央ちゃん。足早いねー……」

「いや、そういうのじゃなくて……どうしたの? 依乃ちゃん」

たおれたって聞いたから……保健室に行ったんだけど……奈央ちゃんいなくて」

「あ、ああ……ごめんね。はなびちゃん。体調はそんなに悪い訳じゃないから自分で帰ることにしたんだ」


 心配してきてくれる友人に謝る。

 依乃に謝って、奈央は思い出す。今まで、依乃は名前がわからなかった。だが、唐突に名前が戻って口や目で認識できるようになった。その理由はわからなかったが、一つわかるのは彼女の元にやって来た男性のおかげなのだ。


「そうだ。久田さん!」


 思い出して、奈央は声をあげた。依乃はびっくりしていると、奈央に肩をつかまれる。


「はなびちゃん。久田さんに電話をしてくれる? 実はオカルト関係で相談したいことがあるの」

「……相談? もしかして、何かあったの?」


 友人はさっしてくれたらしい。彼女は真剣に何度も頷いた。


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