4 ショッピング日和の最中4
三人と別れたあとの五階のレストランフロア。ソファーのある休憩所。一人用のソファーとテーブルが並んでいた。啄木がソファースマホを片手に電話をしている。
驚いた様子で啄木は電話の主からの言葉を受け取る。
「じゃあ、あの怪談は重光が集めた訳じゃくて、怪談図書館に載掲してほしいと匿名のメールが来たから載せたのか?」
《はい。最初は怪しんだのですが、ウイルスとか仕込まれている様子はなかったです。ただ送祭りの長編を載せてほしいとリクエストと掲示板のURLだけが書き込まれていただけでした。送祭りについて検索して、大元と載せられたURLを見比べた結果、同じだったので載せたのです》
陰陽師であり、怪談図書館の管理主である土御門重光に『送祭り』について話を聞いていた。載せた経緯を聞き、啄木は疑問と驚きを口から出していた。
「……なぁ、投稿されてから間もない怪談を重光は取り扱うか?」
《……いえ、知名度あるものと許可取れたものだけです。普段は叔父と洒落怖を集めてますが、今回は掲載するようにリクエストが来たのです。しかも、メールを送ったのは怪談を作った張本人。掲載許可があっさり取れたので驚きですが……》
「……重光の叔父さんはこのことを知っているのか?」
《はい、叔父も一応サイトの関係者なので見せたら、険しい顔をしてこの怪談を載せるように言いました。……その後、叔父からは連絡はないですが……何をしているのか》
重光は怪談図書館に『送祭り』と連なる怪談を掲載した。
集めたものではなく、リクエストに応えたものだ。怪談を作った張本人からあっさりと掲載許可がきたのはおかしい。掲示板サイトからも引用と掲載の許可は降りたとしても、作った張本人から許可が簡単に降りるのもおかしい。
啄木は難しそうな顔をしていると、電話から不思議そうな声が響く。
《その怪談のお話がどうしました?》
「少し気になることがあってな。重光。この怪談は誕生、もしくは成立するのにどれほどかかると思う」
余所の意見も欲しく、電話をかけた。電話のスピーカーからは悩ましげな声が聞こえる。
《……そうですね。『送祭り』……儀式ともなると、恐らく年単位になるかと思います。早くても一年、長くて五年以上。これらの目安はSNSがあり、尚且つ認知度が高いのが前提です。ですが、中途半端かつ低いなら数十年、百年以上はかかるのではないかと思います》
「……だよな。もう一つ、怪談を作ってすぐに出来上がる可能性はありえないと思うか?」
《ええ、儀式や現象に近いものとなると成立するのに時間がいるかと思います。呪物や実体のあるものは、材料さえ用意すればできますからね》
重光の見解を聞き、啄木は直文の推理が当たってきていることに険しい顔をする。
「例えばの話だ。噂を流したり、本当にその現象を引き起こしたりする場合は成立する時期を早めることになると考えられるか?」
啄木の質問に重光は難しそうな声を上げる。
《……うーん、考えは、られます。成立時期を早めることにはなり得るでしょう。ですが、怪談の内容を現実に引き起こすなんて、俺たちのような陰陽師でも無理です。やれたとしても、力がある陰陽師によるもの。だとしても、労力と時間が必要になります。……それこそ、妖怪か零落した神が引き起こさないと難しいかと思われます》
「なるほど、わかった。あと、その送り主のアドレスとメールをこっちにも送ってくれないか? 少し気になることがあるんだ。……休みなのに、唐突に電話して悪かった。ありがとな」
《いえ、いつも啄木さんにはお世話になっております。このぐらいは構いませんよ》
重光の恩義に啄木は優しく笑って、別れの挨拶をして通話を切った。
「啄木さん。どうだった?」
近くのソファーに座っている真弓が聞いてくる。啄木はスマホをポケットに仕舞い話す。
「葛と真弓と同じ見解だった。けれど、怪談図書館にあるあの『送祭り』に関しては、重光が集めたものじゃない。怪談を作った張本人から掲載のリクエストとURLが送られたようだ。外部から送られたからか、誰なのかもわからない」
「それ……明らかにおかしいよ。リクエストとはいえ、作った本人がすぐに許可できるの? 掲示板の創作怪談って……載せる際は確か引用か参照をしなきゃならないってお兄ちゃんから聞いたけど、大半の洒落怖って著作権がグレーなんでしょう?」
真弓の指摘に、啄木は感嘆する。
「そこまで出るとはやるな。勉強教えた成果が出たな」
著作物のある怪談や怪異の話もある。
掲示板のものとなると著作権が曖昧であり、ほぼグレーゾーンのものとなるものも多い。正式に掲載する際の許可は本人か、掲示板のサイトを管理している管理人から許可を得る。引用か参照なども明記して、怪談を載せるべきであろう。大半の洒落怖は、創作者は判明していない。
今回の『送祭り』と付属の怪談については、張本人からの掲載リクエストと許可が同時に来た。これがおかしいのだ。事例はあるだろうが、疑問が湧き出る。オカルト体験の掲示板の日付とSNSで起きた祭囃子が聞こえた日についてだ。
この疑問を解消するには直文の推理が当てはまる。現在進行になろうとしていることだ。彼の推理力に啄木は感服した。
「まさに麒麟児。流石だよあいつは。直文の推理が筋が通るな」
「……久田さん。凄い……。確かに成立させようとしているとしか思えない」
真弓も同じような感想を吐くと、啄木は苦笑した。
「今回も有里さんが関わってる分、余計に冴え渡るんだろうな。あいつは、本当に有里さんが好きだからな」
「あっ、確かに久田さん。依乃ちゃんの見る目がとっても優しかった。わわっ、思い出すときゅんきゅんする!」
はわわと言いそうなぐらい顔を赤くし、啄木は笑う。
「あっはっはっ、確かに見ていてはずか」
ぴゅーひょろろーぴゅろろ……ぴゅーひょろぴゅーろろ……
ぽんぽん……ぽん……ぽ ぽん……ぽんぽん……ぽん
かん…… かん…… かん…… かんかっかん……
聞き慣れない祭囃子が聞きこえる。
外の方ではなく、下の階から囃子の音が聞こえてきた。啄木は言うのやめて目を丸くした。真弓はビクッと体を震わせて驚く。怪談の内容からして囃子は特定した人物しか聞けないはすだ。違和はあるが誰が聞いているのか、真弓でもわかる。彼女は立ち上がるが啄木は制した。
「やめろ。真弓。行っても無駄になるだけだ」
「っで、でも!」
行きたいという顔をしている。人助けの正義感から動くのはいいが、時と場合による。真弓に冷静を促す。
「真弓よりも確実に守れる直文がいる。それに、ここでお前も動いてみろ。下手にマークされる可能性がある。ここは大人しくしていろ」
「……っそうだったね。ごめんなさい」
真弓は座る。そわそわしている彼女を啄木は見ながら、囃子が聞こえなくなるのを待つ。笛と太鼓の音、当り鉦の音が遠のいて行く。囃子が消えると、啄木は息をついた。
「俺達にでも囃子が聞こえるって突貫工事すぎるだろう。同じように、あいつらも聞いているんだろう」
「……でも、誰が何のために……? 私達の派閥全体……というわけではないと思うけど……」
穏健派である真弓と葛と重光。もしくは、他の人間たちがこの祭囃子に関わっているわけではない。敵対派閥の復権派は、この祭囃子の件を知ったとなると、穏健派について調べるだろう。有里依乃を狙う暇も無くなる。
幾つかの想定をするが、啄木は首を横に振り立ち上がった。
「安易の決めつけも良くない。ここは後手に回っていたほうが利口だ。……本屋に行こう」
すぐに動かない様子に真弓は慌てて立ち上がり、意見を言う。
「で、でも、啄木さんたちにとっては先手を売ったほうがいいんじゃ──いてっ!」
啄木は真弓にデコピンをした。自分の置かれている状況を知らない彼女に一喝したかったのだ。額を押さえ、真弓は顔をうつむかせる。
渋い顔で啄木は叱った。
「お前は、何度俺にばかもんって言わせるだ。俺が先に動いても、真弓と葛と重光に迷惑がかかる可能性がある。危害だって加えられるかもしれない。お前にも立場がある。下手な動きを見せない方がいい」
「……はい」
兄や友人にも迷惑かかると聞いて、彼女は大人しくなる。あり得るからだ。啄木もあまり厳しいことは言いたくない。だが、彼女達が無事であるためにも気を引き締めなくてはならないからだ。
真弓も少し成長したことに啄木は微笑し、彼女に声をかける。
「じゃあ、本屋にいって入試の過去問とか買っていくか」
「いえ、やっぱり、依乃ちゃんと合流しよかなっ──なっ!?」
背を向けてさろうとする真弓の手を強く掴んで、啄木は近くにまで引っ張った。にこやかに笑いながら青筋を作る。
「真弓。俺は葛と重光と一緒に頭を抱えたくないんだよ。逃さねぇからな?」
「うっ、ううっ……」
啄木と真弓の元々の目的は、勉強するためである。嫌でも逃すつもりはなかった。
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