5 ショッピング日和の最中5

 直文は登っていくエスカレーターの取ってに腕を乗せて、うずくまっていた。エフェクトにどよんとしたものが漂っているようにも見える。

 般若顔の誤魔化しついてのダメ出し喰らって落ち込んでいる。相方から「誤魔化しきれてない」と言われ、澄から「その顔ではなびを怖がらせたら殴るからね?」など容赦ない言葉をもらった。

 落ち込む直文に依乃は励ましの言葉をかける。


「私のために怒ってくれているたのですよね。嬉しいですから、そう落ち込まないでください。直文さん」

「……ううん、反省させて。君を怖がらせてしまったの……凄く本意じゃないから……」


 地の底まで落ち込むような声を出す。直文はよろけないようにエスカレーターに乗り換えて、取ってに再び同じような体勢を取る。周囲の視線が直文たちに向けられることに依乃は顔を赤くし、何とか慰めようと直文の手を掴んで握る。


「でも、人の為に怒れる直文さんは凄く優しいですよ。直文さんの優しさはわかりますから!」


 直文は顔を上げて、涙目で依乃を見る。


「そう、かな? ……そうだったら嬉しいよ。慰めてくれてありがとう」


 優しく笑う彼に、依乃は照れくさくなった。握り返され花火の少女は驚くものの、二人は目的地のエスカレーターに降りる。

 五階にある本屋へと向かう。二人にはほしい本があったからだ。

 直文は今の流行を探るための雑誌。

 理由は先日茂吉からからかわれたからだ。旅行先に売ってるような中二病くすぐるキーホルダーを、男子の嗜みと思ってバッグでつけていたらしい。学校でもつけてたらしく、生徒にからかわれて知ったとのこと。

 キーホルダーは後に燃やされ、茂吉にクレームを言いに行ったようだ。因みに、依乃は趣味だと思っていたので、直文は若干ショックを受けた。趣味というのは誤解であると依乃は知っている。彼なりに雑誌とネットサーフィンをして勉強をするようだ。

 依乃は勉強の本だけでなく、ライトノベルや小説の漫画などを探している。勉強の本は見つけたが、ライトノベル系列のコーナーや漫画などの商品棚の前をぐるぐると回っていた。前はアニメ化したものを見ているが、最近は恋愛系を見ている。少女漫画などのタイトルを見ているが、めぼしいものはない。

 直文は興味深そうに漫画を見ているが、手にしていない。漫画には興味がないようだ。

 二人は通りに出ると、依乃は悩む。


「うーん、実用書とかエッセイのほうがいいのかな……」


 恋のステップや恋愛したあとの進め方をどうすればいいのか。ネットの知識やユーザーの経験談でもいいが、当てはまるかどうかは個々による。

 悩んでいる彼女に、直文が心配そうに声をかける。


「依乃。大丈夫? すごく悩んでいるけど……なにか悩みでもあるのかい?」

「っ! い、いえ……大したことはありません」


 誤魔化して笑うと、直文は不思議そうに見る。直文との進展の仕方について考えているだけであり、その本人に話せるものではない。問題集や参考書のある本棚の物陰から、見覚えある二人が出てくる。男のの話し声が厳しく、少女が泣きそうな声を出している。説教をされているようだ。


「テストでいい成績納めるのには繰り返しの復習が大切で問題をこなしていけば、わかるところもわかる。地頭はいいのに、なんでお前は逃げようとする。勉強に苦手意識があるのはわかるが、流石に成績不振は見逃せないぞ」

「ううっ」


 啄木と真弓であった。いつものお説教だと二人は察して笑い、直文は啄木に手を挙げる。


「おーい、啄木」

「ん? ……おっ、直文か! よっ」


 真弓の手を引きずりながら、啄木は直文の元に向かう。啄木の片手には積み上がった厚い本がある。聞くまでもないが、依乃は恐る恐る聞く。


「佐久山さん……それは一体……?」

「真弓の今季勉強するであろう問題集。葛と重光と協力して叩き込む」


 テスト期間であるため、真弓に教え込むようだ。真弓は涙目で依乃に助けを求める。


「よ、依乃ちゃん……助けて……! 私、勉強漬けになっちゃうよ……! 嫌だよ……!」


 泣き言を言う真弓に、啄木は渋い顔をして頭を抱える。


「あのな……俺も鬼じゃないって。でも……流石に今までの通知表を見せてもらって……体育以外のオール1はやばいだろ!? どれだけ、勉強をほおっておいたんだよ!」


 それを聞き、現在教職にある直文は鳩が豆鉄砲を食った顔をした。次第に悲しげな顔をする。あまりのヤバさを耳にし、依乃は言葉を失い両手で口を押さえていた。

 学校での素行は悪くないがある意味の問題児。真弓は正論を言われて何も言えないゆえに、誤魔化しに走る。


「た、たしかにかもだけど……オールワンって響きがいいと思わない……かな?」


 言葉だけがいいが、現実は無情である。真弓の誤魔化しの微笑みに、啄木はものすごく爽やかに微笑む。彼女の顔をガシッと掴んで、彼は口から怒りの吐息を出した。


「勉強宿題から逃げるな。逃げたら、本当ん地獄ば見せる」

「か、かんにんしてぇぇ……!」


 泣きそうな声では自業自得である。

 真弓の顔から手に替えて、啄木は真弓と共にレジへと連行していく。二人の背を見送りながら、直文と依乃はお互いに顔を見合わせて笑った。

 依乃と直文もレジで会計を済ませて本屋を出る。本の袋を手にして本屋を出ると、近くでは問題集の紙袋を持った真弓と啄木がいた。

 先程の説教ではなく、真剣な顔で話し合っている。二人が来たのに気付き、真弓は依乃に体を向けた。


「あっ、依乃ちゃん。欲しい物買えた?」

「うん、買えたけど、真弓ちゃん。佐久山さんと真剣に何か話してたけどどうしたの?」

「……ちょっと、協会絡みでね」


 真弓は表情を曇らせ、依乃は複雑そうな顔をする。協力者という立場は難しく苦しい。実質、裏切り者とも言えるからだ。啄木は真弓の荷物を持ち、二人に話していた内容を少しだけ打ち明ける。


「真弓たちの派閥全体に関わることなら、確実にまずいっていう話だ。向こうにとって怪しいと思う動きをした場合、真弓の立場が危うくもなる。真弓と有里さんとはあまり接触しないほうがいいかもしれないって話だ」

「あっ、なるほど。協会の方から……私の保護をするように言われてるか……ら……」


 依乃は一つだけ疑問が思い浮かんだ。


「あれ?」


 目を丸くした。

 協会から自分を探すように言われた。現在の真弓は協力者であるが、彼女は名前を聞いて見つけたという反応を示した。探しているのであれば、一部の個人情報を手にしていなければならない。

 彼女の反応に気付いて、三人が首を向ける。直文が声をかかった。


「依乃。どうした?」


 依乃は疑問を直文に向け吐く。


「……あの、真弓ちゃん達は私を保護したいなら、人相書きとか写真とか特徴あるもの、もしくは特定でいるような個人情報を持つはずですよね。私の名前だけで、人探しはなんとかなるのですか? ……陰陽師とか術を使う人は名前さえわかっていれば……姿とかわかるのですか? 直文さん」

「……同姓同名でも姿がわかるし、その人物から感じる霊力の差や質で特定はできる。千里眼や天眼通に近い術なら可能だ。悪いが、干渉せぬよう俺たちの方で防いでる。占われても結果が出ない」


 一度啄木を占ったことがある真弓は納得した。


「あっ、あれって、そういうことだったの!?」


 啄木は頷き、苦笑する。


「名前は有力な情報のようなものだし、基本的には干渉しないよう防いでる。縁を辿ってもできないんだ。有里さんにわかりやすく言うと『トロイの木馬』というウイルスをセキュリティソフトで防いでるようなものだな」


 トロイの木馬とは世界史にも出てくるが、ここではコンピューターウイルスの『トロイの木馬』の名を上げる。

 コンピューターやスマホなどに感染するウイルスの一種。この『トロイの木馬』入り込めば、そのコンピューターやスマホなどに入っている個人情報などが流出するのだ。ウイルスやサイバー攻撃などで対応するのが、セキュリティソフトだ。

 今の依乃の近い状態は、ウイルスを防いでいる強力なセキュリティソフトに守られているような状態だ。セキュリティソフトとは、直文や直文から貰ったお守りのことだ。

 啄木は真弓に声をかける。


「真弓。お前も含めて、葛と重光は遠見の術か似たような術は使った?」


 聞かれて、真弓は首を横に振る。


「重光さんのおじさんから名前を聞いてから一度だけあったけど成果は全然なかった……あれ?」


 今度は真弓が目を丸くし、疑問を口に出す。


「……冬弥さん。優秀な陰陽師なのに、何で私達に探すように言ったの?

名前を知ってるなら、術を試して結果わかってるはず……。もしだめだったら、冬弥さんのことだから依乃ちゃんの特徴とかわかるようなものを渡すはずだけど」


 彼女の疑問に依乃は引っかかりを覚えた。もし真弓の言っている疑問が本当であるならば、いくつかの疑問が生まれる。


「冬弥さん……まさかわざと私達に名前だけをいった……?」


 ぴゅーひょろろーぴゅろろ。ぴゅーひょろぴゅーろろ。

 ぽんぽん。ぽん。ぽぽん。ぽんぽん。ぽん。

 かん。かん。かん。かんかっかん。


 真弓の疑問とともに、祭囃子が聞こえた。

 直文が手を伸ばし、依乃をすぐに片腕の中に閉じ込めた。真弓はすぐに印を組み、呪文をつぶやく。周囲の人は何事だと目線を送る前に、啄木は袋を腕に通し言霊を吐く。


「避渉っ」


 言霊とともに、階層から店や店員が去っていく。巻き込まれないよう術を放ったのだ。祭囃子は段々と大きくなっていく。

 恐らく、留囃子。直文は祭囃子に負けぬよう、麒麟としての鳴き声を響かせていく。祭囃子の声が麒麟の鳴き声に紛れて消えていく。

 少しずつ聞こえなくなっていく中、彼女は瞬きをすると遠くに誰かが立っていた。童であった。平安時代か鎌倉時代の童が切るような着物。楽しげに笑って手招きをし、依乃が再び瞬きをすると、目の前にいた。


《おーいでおいで おいでおいで》

「え……」


 目のない童と目が合う。


「依乃! 見るな!」


 直文の焦った声が響くが、童は真弓にも目を向け、視線を合わせる。


《おーいでおいで おいでおいで》

「っ!?」

「なっ……!?」


 啄木が焦りを見せると、その場から少女の二人は消えていた。

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