6 ショッピング日和の最中6

 二人が消えた姿を目の当たりにし、直文は空いた自分の両手を見る。依乃が消えた。まじまじと手を見つめていくうちに、彼は胸の奥から燃え盛るものが湧き上がっていく。

 啄木は仕打ちをし、落ちた荷物を拾う。


「っ見境なく連れてくなっ。……今、避渉の術を解いた。直文、今安吾が茂吉に連絡を」


 直文に首を向けた途端、啄木はビクッと体を震わせる。

 目を丸くし、じっと空いている両手を見つめていた。能面と言えるほどに、表情筋が動かない。怒りを孕んでいる雰囲気で間違いないが、温度差は熱いものではない。

 ただただ静か。しかし、感情は読み取れないほどの無の表情がそこにある。

 周囲の人々は顔を見たものは足を止めて、顔色を真っ青にする。凍えてヒリヒリとする雰囲気を抜け出そうと本屋に逃げ込むもの。エスカレーターから急いで別の階層に行こうとするものなど。


「依乃が消えた」


 淡々と呟く。


「依乃を守れなかった」


 顔を上げ、強く拳を握る。瞳を黄金の色に変え、殺気を生み出す。


「依乃を狙う奴を殺す」

「おいこら待て!」


 勝手に行こうとする仲間を、啄木が肩を掴んで慌てて止める。顔を向け、直文は静かに問う。


「なんだ」

「なんだ。じゃない、下手に動こうとするな!」

「助けに行くだけだ」

「今の言葉を信じられるか! 今のお前は過激なんだよ!」


 言われても直文は動こうとし、啄木が力を込めて押し止める。前科がある以上、啄木は動きを止めたかったのだ。すると、直文の荷物と啄木の手にしている荷物を取るものがいる。


「──冷たっ!?」


 頬に冷たいものが当たり、直文は首を横に向けた。


「大切な人が取られたから、怒るのはわかる。でも、感情のコントローラーを放棄しちゃ駄目だ。直文。頭を冷やせ」


 茂吉だ。真剣な表情で手には小さな水のペットボトルがある。再び頬に押し付けられ、直文は表情を崩してうっとおしそうに相方に叱る。


「っ! やめろって、茂吉っ!」

「なおくんの頭冷えるまでやーだ☆ えいえい♪ おこったかな?」

「っ……怒るに決まっ……冷たっ!」

「そこは、可愛く「怒ってないよ♡」だろー。ほい、あげる♪」


 茂吉は明るく笑った後、直文にペットボトルを渡す。ペットボトルの冷たさは手から伝わる。茂吉は蓋を指差し、自身の頭を指す。


「未開封だから飲んで頭冷やしておきなよ。安吾から大体は聞いた。荷物は俺と澄で持ってるから、啄木と一緒に助けに行きなよ」


 言われて、直文は怒りの炎が小さくなる。

 ここで怒り行動を急いでも仕方ない。我を忘れて、確実に助けられるとは思わない。相方の言葉とやり取りがだいぶ効いた。直文は息を吐いて、ペットボトルの蓋を開ける。

 口にした途端に、勢いよく水を飲み始めた。ゴクゴクと音が出るほどの勢い。ペットボトルがすぐに空になり、蓋を閉めた。袖で口を拭い、感謝を口にする。


「ありがとう。少し落ち着いた」

「はいはい、お礼は爽やかでげんこつなハンバーグでね」

「それ、人気の店のメニューじゃないか。……わかった。あと、八一に根回しを頼む」

「了解」


 茂吉に空のペットボトルをわたす。相方の頼みに茂吉はスマホを出して操作する。

 啄木とアイコンタクトを取ると二人は駆け出した。

 レストランのフロアを抜ける。イタリアンレストランのちかく外に出て、静岡の街を一部展望できる場所がある。自動ドアを開けて二人は外に出た途端に、仮面を手に出す。

 顔に被せ、空に向かって言葉通りに跳び上がった。




 商業ビルや施設のビルに囲まれた小梳神社。歴史ある神社に八一と奈央はシューズを買いに行った後だ。神社の社務所近く、巫女姿をしている男性と女性に奈央は話しかけていた。


「やっぱり、お祭りなんてしてませんよね……?」

「ええ、してません」


 きっぱりといい、男性は話す。


「稲荷のものも、我ら小梳の神使も、縁日や行事として行う祭り以外は知りません」


 後に続いて、女性も頷くが真剣な顔をする。


「ですが、我ら稲荷の分社から話は日本全国各地から話を聞きます。話は神社の前でもなく、縁日以外でも祭囃子を聞くと。黄泉比良坂……妖怪の住まう世界ではあまり聞きません。……近くの新しくできたあそこから祭囃子は聞こえてきましたが……」


 男性は小梳の、女性は分社の稲荷の神使のようだ。八一の声かけと素性を明かすと、人の姿に化けて現れてくれたのだ。

 神社と施設にある駅からは距離は離れているが、人ではない神使には聞こえるのだろう。二体の神使から聞いた話に、八一は質問をした。


「その祭囃子を聞いているなら、話が早いです。所感でも感想でもよろしいのですが、その祭囃子を聞いてどんな風に感じました?」


 八一の質問に男性は嫌そうな顔をした。


「……はっきりいって、気持ちが悪い。追い払いたくなる」


 女性は怯えるように両手を握る。


「……よろしくありません。あれは、祭囃子として機能していない……」


 神使からもよろしくない判定のものらしい。聞いて八一は考え、二人に頼み事をする。


「ありがとうございます。……不躾で申し訳ないのですが、この旨をこの地域の妖怪たちにも呼びかけてください。あの祭囃子に危害を加えようとするもの。あちらの世界に連れてこられてしまえば確実にまずい。見つけたら戻すようにと」


 八一の頼みに小梳の神使は目を見張る。


「まさか……我ら側にも危害が?」

「ありえます。これは、陰陽師界隈のよろしくない噂の関連ですしね」


 肯定され、小梳の神使は難しい顔をする。稲荷の神使は真剣な顔で首肯した。


「わかりました。私がすぐに知らせていきます」


 稲荷の神使は風景の中に溶けて消える。稲荷社は多くあり、すぐに伝えられるだろう。すると、八一のバッグからバイブの音が響く。バッグのチャックを開いて八一はスマホを手にする。


「失礼。仲間から連絡のようです。すみません。電話させていただきますね」


 二人から離れて、八一は操作して耳に当てる。電話のようだ。


「はい、もしもし? もっきーどうし──……なんだって。……ああ、わかった。ちょうどいるから申し出ておく。了解。じゃあ、そっちはよろしくな」


 通話を切ると、小梳の神使に八一は向き合う。


「申し訳ありません。緊急事態となりました。早速、協力してくれませんか?」


 小梳の神使は目を丸くする。不安が込み上げたのだろう。奈央は息を呑み心苦しそうな顔で鳥居の外を見る。


「はなびちゃん……っ」


 巻き込まれた親友の愛称を口にする。

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