7 招かれた花火と白椿

 依乃と真弓が気付いたときは、周囲は鬱蒼とした雰囲気漂う店内であった。本屋のない本屋。客の入らないレストラン街に動かないエスカレーター。人の声がなくやけに静かだ。人のいない店の中におり、依乃は首を回して先程の童を探す。

 先程の子がいない。手にしていた荷物とバッグが消えている。ポケットの中を見るとお守りは見事に縦に裂けていた。それを見て依乃は戸惑う。


「お守りが……裂けてるっ……今の子はいない。まさか、妖怪……?」


 真弓は首を横に振る。


「私は見覚えがないっ。もしかしたら怪談の怪異かも……」

「陰陽師は妖怪を操ることはできるの?」

「使役する契約交わして式神化させるならわかるけど、操るなんて邪法!

……っともかく、ここがどこなのかわからないから……外に出みよう」


 真弓の意見は正しく二人は動かないエスカレーターを下っていく。カツカツとエスカレーターの階段を降りていく中、童の声が聞こえてくる。


《おーいで おいで おーいで おいで》

「っあのね! この声に返事しない方がいいし、あの子供の妖怪を見つけない方がいい。多分、反応したりするとアウト! 依乃ちゃん。気をつけて!」

「うん!」


 子供の声を遮るように声を上げる真弓。依乃は頷き、一階へと向かう。商品や飾りや広告のない商業施設。建物だけが完成しており、店や機材が入っていない状態だ。

 自動ドアは開いておらず、スタッフの専用の入口は開かない。どうしようかと考えていると、真弓が札を自動ドアのガラスに貼り付ける。


「依乃ちゃん、下がってよう」

「へっ? あっ、うん」


 二人一緒に下がる。フロアの中央の方まで下がると真弓が印を組む。


「爆、急急如律令!」


 札が光だし、弾けた。自動ドアの入口が爆発に飲まれる。


「っきゃ!?」


 振動が地面にも伝わり、依乃はしゃがみ目を瞑って頭を手で抑える。揺れが治まった頃、頭を上げて依乃は恐る恐る自動ドアの方を見る。店の自動ドアは完膚無きまで破壊され、穴ができ開通した。

 外から漏れる風を浴び、依乃は目にしている有様を引き攣った表情で見ていた。やった本人は、清々しく笑う。


「よし!」

「よし、じゃないよ……! 建物の一部を破壊するなんて危険だし良くないよ……!?」


 困惑しながら依乃はツッコミをして立ち上がる。ツッコミに真弓は「大丈夫!」と自信満々に告げた。


「ここは黄泉比良坂だから現実に影響はないよ。それに、緊急事態なんだから大丈夫だよっ!」

「……そっ、そうだよね。仕方ないよね。……ところで、現実でもこんな乱暴な手段取ったことあるの?」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………ぁった…………けど、大丈夫!」

「長い間と今の小声何っ!? 大丈夫って本当!?」


 過去にやらかしたことがあるようだ。真弓は人が救えるなら、建物の破壊も厭わない。啄木の話していた彼女の兄とその親友の苦労を目に見て知り、同情をする。

 長居は危険。背後からは童の声が聞こえている。「もういーかい?」と楽しげに、かくれんぼをするような声掛けをした。

 不安を抱えながらも依乃は真弓と共に商業施設の外に出た。

 外に散らばったガラス片と自動ドアの枠。器物損壊、業務営業妨害、後片付け、弁償や賠償など諸々現実的なことが依乃の頭によぎる。

 二人は外に出て、店の通りを抜けていきY字路となっている横断歩道の道路へと出る。


 周囲にはホテルや薬局。

 全国に展開している服屋やアパレルショップなどがある特徴的な商業ビル。ファーストフードのチェーン店。文房具屋や携帯ショップなど。

 彼女たちが住まう地区より、物が充実している。清水区の一部の人間は葵区をお街と呼ぶ。ある程度都会であり、名古屋や東京などの大都会には及ばない。

 横断歩道を歩いていると、強い風が吹き出す。真弓は印を組み、素早く呪文をつぶやく。

 九字の印を組みながら、流れるように禹歩を行い刀印を切る。二人を呑み込むように球体のような結界が現れた。

 結界は風を弾き、硬い音をした。風からかすかに薬のような匂いがし、上から残念そうな声が聞こえる。


[なぁー、転ばなかった!]

[切り傷も作れなかった!]

[新調した傷薬も濡れなかった!]


 やいのやいのと騒ぐ声に、依乃は首を上に向けると三匹の鼬が不服そうに見ていた。

 鎌鼬。つむじ風に乗って現れて人を傷つける。傷つけた箇所からは痛みもなく出血がないと言われる。真弓は気付いたように三匹に怒って声をかける。


「って、君ら。その会話聞く限り、妖怪薬屋の一員だね。ちゃんと店主の許可得て、傷つけてるの!?」


 彼女の声に反応し、一匹が薬壺を離して二人の近くに落とす。パリィンと音がし、薬の匂いが当たりに漂う。依乃はビクッとし見上げた。三匹は身を寄せ合って怯えている。


[あっ、あの子。陰陽師……!?]

[や、やばいやばい]

[操られる殺される!]


 鎌鼬達の言葉を聞き、真弓は驚く。


[[[逃げろ逃げろ逃げろ!]]]


 ただならぬ反応だ。二人は呆然とし逃げていく鎌鼬たちを見ている。操られるというのは、依乃は復権派のことで覚えがある。しかし、殺されるまではわからなかった。


「真弓ちゃん。……復権派の人って妖怪操ってたよね?」


 復権派について詳しいであろう真弓に聞く。彼女は眉間にしわを寄せて、渋々と頷いていた。


「うん、でも、殺すっていうのがわからない。妖怪側からすると陰陽師って、怖いかもとは聞いた。でもね、あそこまでの怯え方は初めて見たよ」


 真弓ははっとして空を見る。


「……もしかして、復権派は妖怪を殺してその魂を依代となる肉体に『変生の法』で入れた? ……じゃないと、あの反応に説得力ない!」


 ナナシが倒れる前は、人を行方不明にさせてたように魂を入れるために妖怪を殺していた可能性もある。妖怪にも家族や家族に似た関係もあるはずだ。


「……ひどい」


 依乃はつぶやき、ギュッと強く拳を作る。何ができるわけでもないが、怒るしかなかった。

 遠くからゾワッとする寒気を感じ、花火の少女は目を見張る。よろしくない何かが近づいてくる。嫌な予感しかせず、真弓に声をかける。


「──真弓ちゃん。近くの小梳神社に行こう! ここに何かくる!!」

「っ……わかった!」


 依乃に頷き、結界を解いて真弓は共に二人は神社へと向かう。

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