8 囃子と童と麒麟
少女たちは急いで神社へと向かった。鳥居を潜り、二人は息を吐いた。荒い息を吐きながら、二人は息を整える。整えた後は、手慣れたように手水舎作法通りに手と口を清めた。
お金を入れ、鈴を鳴らしてからの二礼二拍手一礼。依乃は口を開いた。
「小梳の祭神さま……どうか、身を守るために神社にいることをお許しください」
[構いません]
声が響き、二人が驚いて振り返ると大きな白い犬がいた。普通の犬ではなく、神社で参拝者を迎える石像そのままを、二人の背後に現れたのだ。真弓はびくっとして驚き、声を上げる。
「狛犬……! もしかしてこの小梳神社の神使さんですか?」
[如何にも。話は現世にいる貴方のお仲間から聞いおります。貴方が陰陽師であり、協力者である旨も知っております]
「こ、これはご丁寧に……!」
真弓は頭を下げる。八一と奈央が現世で小梳神社の神使に手を回してくれたのだろう。
お礼を考えつつ、依乃は真弓と共に社殿の前から去る。狛犬の近くに来ると、真弓は顔を赤くして、目を輝かせながら狛犬の周りをぐるぐるとしてみていた。見られている狛犬は反応に困っている。仰々しい反応に依乃は恐る恐る聞く。
「あの……真弓ちゃんは、神使さんたちとの交流とかないの?」
「少ない方だよ! 会長とか実力とかある陰陽師なら多いよ。でも、私のような末席の陰陽師は本当に少ないの。大きな神社とかなら接触はあるけど、交流は少ない。特に、地域の神社での姿を現してくれるなんて珍しい方だよ。下や見習いでも滅多に姿を表してくれない。本当に『桜花』って……凄いねっ!」
興奮気味に話す真弓はキラキラとした目で狛犬を見る。
陰陽師は妖怪を退治する生業として、御祭神や神使との接触は多い方かと思いきや一部の人間だけらしい。陰陽師の少女の反応に、狛犬は複雑そうに話す。
[必要ならば姿を現します。ですが、ここ数十年陰陽師の方面でいい話は聞きませんゆえにあまり姿を出したくないのです]
数十年の陰陽師の良くない話とは、ナナシ関連である。しかし、ナナシは倒され復権派の殆どは直文が葬って機能していないなずだ。ならば、先程の鎌鼬の異常な怯えの理由が分からない。依乃の疑問は真弓も抱いていており、狛犬に聞き出していた。
「っそれです。過激な派閥はもう機能してなくて。怖がる理由はないはずなのです。先程、鎌鼬の三匹に遭遇して怖がられたのですが、私達の仲間がなにかしてますか……!?」
真弓の反応に狛犬は驚愕を示した。
[……よもや、ご存知ないとは……。そういう方もいらっしゃるのですね。一月前ほど、陰陽師が生み出した創作の怪異が妖怪達に被害をあたえているのです。我々でも容易に倒せますが数が多く困っています]
「「……えっ!?」」
少女二人は驚愕する。
創作の怪異を生み出す。創作の怪談には生み出すには条件を知る必要がある。陰陽師たちが容易に生み出せるとは思えない。人の命などを使う復権派ならともかく、穏健派が危害を加えるような真似の想像はできない。だが、どこの所属がわからない陰陽師が学生に怪談を生み出す降霊術を行わせたと聞いた。
まだ不明なことが多い。聞き逃がせない話に真弓は聞く。
「あ、あの、生み出したとはどういうことですか……!? 創作の怪異を生み出すのは簡単ではありませんよ。条件とか、材料とか、多くものが必要になります!」
[知っています。ですが、生み出す材料のならば、手短にあるのを使えばいい。それは、人間に限ったことではない]
「手短って……えっ……」
真弓は目を丸くする。手短かというと一つしかない。生きているのは人間だけではないのだ。依乃は想像できるだけの材料となるものを口にしていく。
「………鳥や虫、動物や植物……細菌。でも、一番いいのは、力があって知能がある。……そんな適した素材を持つのは人だけじゃない。……妖怪ですよね?」
狛犬は頷く。真弓は苦しげな顔をする。鎌鼬が怯えていた理由は判明した。見ただけでは、妖怪を材料としたものとわからない。
[梅雨に入る前に、近くの化け狸の一族から行方不明のものが出た。ここ最近は、近場の座敷わらしの数人が行方不明になった]
「座敷わらし?」
真弓が不思議そうに聞く。座敷わらしとは、人の家に住まう幸福の象徴。または家の守り主。精霊とも言える。その童の存在に依乃は思い当たった。
「童って、さっきの……」
先程のおいでと二人を招き入れた童の妖怪だ。狛犬は二人を守るように移動し、威嚇をしだす。グルルと威嚇する声に、真弓と依乃は戸惑っていると。
ぴゅーひょろろーぴゅろろ ぴゅーひょろぴゅーろろ
ぽんぽん ぽん ぽぽん ぽんぽん ぽん
かん かん かん かんかっかん
[おーいでおいで おねえちゃん たち こっちにおいで]
遠くから聞こえてくる祭囃子と共に声が外から響く。ばんっ、ばんっっとガラスの壁を叩く音が聞こえる。鳥居の前で目のない童が見えない壁を叩いているのだ。境内に入りたがるようだが、神社がよろしくないものの侵入を許していない。
真弓は印を組み、依乃は聞こえてくる祭囃子に耳を押さえて縮こまる。
祭囃子は一体何処から聞こえるのか。発生源はどこなのか。疑問は尽きないとしても、今の狙われている状況下では冷静な判断などできない。
出来るだけ、祭囃子と子供の声を聞かぬようにしている中。
遠くから笛の音が聞こえる。演奏しているような歌っている声色。聞き覚えのある声に、耳を外す。子供の声と祭囃子の音も入るが、笛の音に依乃は立ち上がって聴き入る。
ぴゅーひょろろーぴゅろろ ぴゅーひょろぴゅーろろ
ぽんぽん ぽん ぽぽん ぽんぽん ぽん
かん かん かん かんかっかん
[おーいでおいで おねえちゃん こっちに来て! 遊ぼう! 遊ぼう!]
子供と祭囃子の音量が強くなり、壁を叩く力も強くなる。この2つより、依乃は笛の音が聞こえる空へと手を伸ばす。
「……直文さん! 私は、ここにいます!」
大声で言い、瞬きをすると目の前に直文が浮かんでいた。変化した姿で依乃の伸ばした手に指を絡める。
「聞こえたよ。依乃」
優しく安心したように彼も手を伸ばし、地面に足をつけて依乃を抱きしめた。
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