9 送祭りの材料
包むように抱き締められ、依乃はほっとするのも束の間。すぐに顔を赤くして、直文の背中を叩く。
「な、直文さん。直文さん! 大丈夫。大丈夫です。ぎゅってしなくて、大丈夫です!」
「嫌だ。離したくない」
「うぇ!?」
「依乃。……よかった。いた」
彼女の肩に顔を埋めて、グリグリと擦る。動物で言えば、マーキング。大胆な求愛行動とも言えよう。真弓には刺激が強いのか、顔を赤くして両手で顔を隠そうとしているが指の間から覗いている。彼女の隣に人が降り立ち、真弓の頭を人差し指で小突く。
「なーに、見てるんだよ」
「てっ!? だ、誰っ!?」
「俺だ。大丈夫か? 真弓」
振り返ると変化した啄木がいた。
「啄木さん!? えっ、あっ、助けに来てくれたの……!?」
いることに、真弓は驚いた。口にしてある仮面を外して宙に仕舞い、啄木は呆れる。
「当然だ。そう驚くことか。協力者の立場でもお前を守るのは俺の役割だ。俺の目的のために放棄するつもりはないぞ」
勘違いするようなことを毅然として言われ、真弓は頬を赤くする。
「……そういうの、ずるいと思う!」
「ずるいかどうかは、個人次第だろう」
依乃は真弓と啄木の関係性を知っている故に難儀だと思って、見つめている。真弓の恋は叶うかどうかも心配だ。
啄木は両手をだすと。
「災祓」
言霊とともに、柏手を打つ。パン、パンっと響く音とともに白い波面が広がり、祭囃子が遠くなっていく。童が波紋に当たって姿が消えた。童の居た箇所には白い蛍がおり、空へと登っていく。
啄木は童のいた場所を見つめ、考えるように腕を組む。
「一応、祓って見たけど……あれ見た感じ洒落怖の怪異だな」
「……佐久山さん。洒落怖の怪異ってそう簡単に操れるものなのですか?」
ナナシの事件の際は人の体を利用していた。ナナシの力もあって、妖怪を操れていた部分もある。依乃の問に、啄木は首を横にふる。
「まさか、怪異といえど操ることは邪法だ。できるはずなどない。だが、現状操っているようにしか思えないよな」
「その操る方法……もしくは従える方法はありますか?」
彼女の質問に思い当たることはあるのか、目を丸くし考えこむ。
「従える……式神ならありえるが……生まれて間もない頃なら済ませられるだろう。けど……妙なんだよな。さっきの祭囃子と怪異が同じ性質なのに、何故怪異によって連れ去られたのか」
妙とは、不思議なことを表す。どこか妙なのか。祭囃子で相手を招くという性質はずか、怪異によって招かれたのだ。
童の怪異がどんなものなのかは不明であるが、招く性質があるのは間違いない。
しかし、『送祭り』の中で書かれている『留囃子』のあとに、影がとられて『送囃子』が鳴る。依乃の影が取られていない点で『留囃子』なのは間違いない。怪異の利用の点において、多くの疑問がまた生まれてくる。
何故真弓も連れてこられたのか、など。二人の話を聞き、真弓は悩ましい顔をする。
「つまり『送祭り』はまだ作っている最中……ってこと?」
「……むしろ、この出来事さえ制作過程なのかもしれないぞ。創作怪談は多くの人間に認知されることで生まれてくる。トイレの花子さん、口裂け女、人面犬とか」
難しそうに啄木は考え、直文に声をかける。
「直文、さっきの童知っているか?」
聞かれ、直文は依乃を抱きしめながら頷く。
「ああ、知ってる。あれは恐らく『おまねき童』……」
口にして、直文は目を丸くする。
「──いや、待て。啄木。掲示板とかSNSで子供の姿を見て、声を聞いたんだよな」
「ん? そう──まさか……!」
啄木も目を丸くしていく。
狛犬の話を少女たちは思い出す。近場の座敷わらしが何人か、いなくなったと。怪異は一体だけではない。数体いる。
啄木は鞘に納めた太刀を出す。四方からよろしくない気配が近付いてくる。
複数の足音に無邪気な笑い声。おいでと何度か招こうとする。依乃はびくっと震えて直文に抱きついた。真弓も気付き、印を組み始める。直文は依乃を抱き上げ、啄木と真弓に目を向けた。
「二人とも! 俺は彼女と共に上空へ逃げて、浅間神社へと避難する。悪いが怪異を追い払ってほしい! 頼む!」
「追い払う……ああ、なるほどな。わかった」
真弓に目を向け、啄木は注意をする。
「真弓、追い払うだ。退治するなよ!」
「えっ、あっ、はい!」
啄木と真弓は返事をし、直文は狛犬に一礼した。
「彼女の保護の協力、感謝いたします。……巻き込んでしまい、申し訳ありません」
[いえ、構いません。それに、我々に出来ることは少ないです。できるだけの協力はいたしましょう]
「感謝します。……では、現世の仲間にこの旨を伝えてはくれませんか?
『おまねき童』の誕生地を清めてほしいと」
[承知いたしました]
狛犬が消えると、直文は足に力を込めて空に向けて飛び上がった。屋根を超え、ビルの高さを声、静岡の街を一望できる上空に場が移る。直文は彼女を抱えながら、悔しげにため息をつく。
「……っ! 怪異の発生源までは探れなかったなっ……!」
「えっと、どういうことですか……!?」
短時間の間、何があったのか。依乃に直文は説明をする。
「『おまねき童』は招く性質を持つ。あの童が作られたのは『送祭り』を再現の材料にする為だ。
創作怪談は認知されたとしても、見合う条件がなくては生まれない。恐らく倒してしまえば、より創作怪異の力が集まるようになっている。こうして怪異が活動している間もその怪異の力を集めている可能性がある。
ならば、怪異となった発生源を浄化をし、座敷わらしを元に戻す。幸い、生成りしている最中で日が経っている様子はないようだ」
「……あっ、座敷わらしは家の幸福の象徴でもあるから、倒しちゃいけないのもあるのですね!」
依乃に直文は頷く。
座敷わらしとは、家の守護者。福の神ともされており、座敷わらしが出ていった家は、栄えなくなるとされている。罪なき妖怪、福の象徴ともされる精霊ならば救わなくてはならない。
直文は依乃に指示を出す。
「依乃。俺のポケットに携帯がある。八一にスピーカーでの電話を頼む。ロック解除の番号は0801だ」
「えっ、あっ、はい!」
言われた通りにスマホを出して操作し、その通りに打ち込んでいく。異界の黄泉比良坂であるはずが、電波が通じている。依乃は不思議に思いつつ、画面がアプリに切り替わるのを見る。電話帳をタップし、八一に電話をかける。
スピーカーを押して、直文にも話せるようにした。通話の音が切れ、声が聞こえる。
《もしもし? 直文か》
八一の声が聞こえ、直文が声をかける。
「ああ、今依乃のとともに上空にいてスピーカーで話しかけている。話は聞いたか?」
《当然、狛犬さんから話は聞いたよ。中々、そっちも厄介になってるじゃないか》
「悪い、頼む。『おまねき童』の発生源を見つけ次第浄化してくれ。そうすれば、今回の件は落ち着く」
《了解、数は把握しているのか?》
「さっき、一体倒した。四方からそれぞれ一体ずつの気配を感じた。倒したものを除いて、発生源は四つ。いけるか?」
直文の頼みに、楽しげな声が聞こえた。
《あのな、直文。イケるんじゃなくてやるんだよ。私達に任せなよ》
「っ、ありがとう! 後で大道芸の時の田中ちゃんとのデートプラン、一緒に考えてやるからな!」
《それ、本人がいる横で打ち明けんなよっ! っ奈央。有里さんに言うことあるなら言って》
嬉しそうな直文からの礼に、怒りながら八一はツッコミを入れた。隣に奈央がいることを知り、依乃は電話から声を聞く。
《はなびちゃん。ううん、依乃ちゃん。絶対に浄化して、助かるようにするから。待ってて!》
奈央の必死な声を聞き、依乃の不安は何処かに飛ぶ。頷き、真剣な表情で友人に返事をする。
「……っうん! 信じてるよ! ありがとう、奈央ちゃん!」
《っうん! 任せて! じゃあ……!》
奈央は通話を切った。いい友人の奈央に感謝しかない。依乃はスマホを抱きしめて、直文のポケットにしまう。
「直文さん。ありがとうございます……。いつも守られてばかりで……すみません」
「俺がしたくてしてるんだ。気にしないで。俺は君が生きているだけで、救われているんだから」
優しく穏やかにどストレートとも言える愛の言葉を吐く。
素で吐いているからこそ厄介。直文の言葉を真正面から受け止めるほどの耐性を依乃はまだついてない。空の上におり、赤い顔を隠すように肩に顔を埋めて強く抱きしめるしかない。少女の行動の理由は把握してないのか、直文は背中を撫でて優しく声をかける。
「大丈夫。怖くないよ。俺がいるからね」
そうだけど、そうじゃない。この乙ゲーイケメン天然をどうにかしろ。
尚更、向けられている愛を自覚しているからか、依乃は抱きしめる力を強くし何度も頷くしかなかった。
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