3 ショッピング日和の最中3

 ぴゅーひょろろーぴゅろろ ぴゅーひょろぴゅーろろ

  ぽんぽん ぽん ぽぽん ぽんぽん ぽん

   かん  かん  かん   かんかっかん


 遠くから聞こえる祭囃子に、依乃は名前を取られたあの日を思い出す。あの日から奪われ、何も変わった日常を思い出す。依乃は顔面を蒼白させ、動けなくなる。

 バッグの方からお守りの熱さを感じた。祭囃子のなにかに抗っている。引っ張られるように振り返ろうとした。が、物理的に誰かに引っ張られ、顔に硬いものが当たる。

 気付いて顔をあげると、険しい顔をした直文がいた。

 依乃を守るように抱き締めている。直文の温もりを感じ、内から湧き上がる恐怖が消えた。囃子が聞こえる方向を睨んでおり、囃子は一分も立たないうちに聞こえなくなった。


「──もういいよ。依乃」


 直文は依乃を解放する。八一と奈央が駆け寄り、二人の近くに来る。


「はなびちゃん! 大丈夫!?」


 奈央が近くに行き、彼女の両手を掴む。依乃は頷いて、微笑む。


「うん、大丈夫。ありがとう。奈央ちゃん。直文さんのお陰で助かったから……」

「……祭囃子、聞こえたよ。神通力を発動させて少し聞いた」


 奈央は神使の狐憑きであり、神通力を与えられている。神通力により、心霊現象の見聞きはできる。奈央は聞こえた方を見つめ、気難しげに見た。


「あのね、麹葉さんがおかしいって言うの」

「おかしい……?」


 依乃は聞くと、八一は答える。


「麹葉さんは稲荷の神使だ。祭囃子とかよく聞いてるから違和感があるんだろう。今の私は京都の出身だ。祇園祭の囃子とか近所の祭囃子はよく聞いていたほうだ。彼女の言う違和感はよくわかる」


 八一から教えられ、直文は考えるように祭囃子が聞こえた方に目を向けた。


「確かに、あの祭囃子からは心地がいいものは感じなかった。祭囃子というのは乱声らんじゃう。いわゆる神を迎えるための音楽の一種という説ある。祭囃子は祭りを賑わせる役目もあるだろうが、あの祭囃子には乱声と祭りを賑わせる役目がない。ただ何かを含んでいるよろしくない音楽だ」


 それぞれの地域に土着した祭囃子には、祭りを賑わせるや乱声の役割がある。

 依乃も聞こた祭囃子から連想したものは、名前を取られたあの夏祭りの日だ。地元の祭りやテレビから流れる祭囃子は、楽しげな雰囲気と心地よいものが伝わる。

 先程聞こえてきたものは、不気味な印象を受けて背筋に何かが這う感覚がしてくる。依乃は震えて、直文の袖を摑んだ。彼女の恐怖心を察したのか、直文は依乃の手を添えて握る。握る力は強いが、痛くはない。彼の優しさに依乃は緊張がほぐれ、ほっと吐き顔を見て感謝する。


「……直文さん。ありがとうございます」

「ううん、俺が離れちゃってごめん。俺も気をつける。だから、依乃。手を放さないで」


 穏やか微笑んで言うが、声に少しだけ怯えがある。自分が居なくなることを恐れているようにも思えた。依乃は強く手を握り、握った手を見せる。


「放しませんよ。絶対に」

「……うん」


 彼は一瞬だけ目を丸くし、嬉しそうに笑った。




 四人は場所を変えて、地下の食品コーナーへと向かう。少女二人は目を輝かせて、スイーツコーナーを見ている。

 奈央は洋菓子コーナーに、依乃は和菓子のコーナーでもなかと饅頭を見ている。あんこが入っているお菓子を手にし、どちらを買おうか依乃は悩ましげに見ていた。あまりに険しい顔をしている彼女に、直文は心配そうに聞く。


「……依乃。大丈夫?」

「……大丈夫じゃ……ありません……! ここ最近、体重が増えてしまったんです……。ダンスだけで体重がやせるものではないので間食を少しでも減らしたいのですが……っ!」

「そうかな? 二つ買ってもいいと思うよ。俺は今の君が好きだけど、幸せそうに食べる依乃も好きだなぁ」

「………………やっぱり、もなか一個だけにします!」


 にこやかに話す直文に依乃は顔を赤くして、一個だけ手にして籠を掴み、家族の分のお菓子も買う。直文の天然発言のお陰で、彼女の中の雑念が一気にはじき出された。買うときも迷うのあるだろうが、直文の直情的な発言を浴び続けているがゆえに羞恥心が勝り雑念が捨てられる。


 買い物に戻り、直文の元に戻る。


 二人で地下の食べ物や惣菜コーナー。パン屋を見た後に、奈央と八一は地下の出口で別れることになった。


「はなびちゃん! 私達、ちょっと呉服町通りまで行ってくるね」

「呉服町通りということは、別のお店に行くの?」


 聞くと、八一が代わりに答える。


「実はシューズ探しのついでの聞き込みなんだ。あの辺りには小櫛神社があるから、祭神さんとか神使に祭囃子について聞く。こういう神社関連の怪談系は神社にいる彼らが詳しいし、多分少しは妖怪もいるだろうから聞き込みするんだ」


 依乃は去年を思い出して納得した。

 草薙神社と久能山東照宮の祭神に茂吉がアポを取り、名前を失った元凶とも言える神の討伐の協力を願った。

 神社ならば、確かに安全ではある。納得して、八一と奈央の二人と別れた。


 人騒ぎの中から聞き覚えのない祭囃子が掠れて聞こえてくるが、直文が笛の音の声を鼻歌のように歌っているため遠退いていく。

 地下一階から上がる。エスカレーターに乗る時、直文と手を繋いでいるのが目視でよくわかる。ふっとしたときに目線が来るが中には生暖かい目線が送られ、依乃は顔を俯かせた。赤い顔を誤魔化そうとしているのだ。


「あ、あの……冷たいのを……食べるか、飲んでもいいですか……?

ちょっと頭を冷やしたいです」

「えっ? 熱でもあるのかい?」

「ち、違います。冷たくて甘いものを食べたいのです!」

「なるほどね。じゃあなにか冷たいものを売ってないか見に行こう」


 エスカレーターで三階に降り、二人はフードコートに行く。

 二人はフードコートの席を探すも、商業施設が開店して間もない故に人が多い。喧騒も聞こえており、店にも人が並んでいる。店は見覚えのあるチェーン店などがいくつもあった。席を探していると、二人に向けて手をふるヘアバンドの男性がいた。

 直文は微笑み、依乃は先輩を見つけて近くに来る。近付いてきた相方に茂吉は微笑んだ。


「四人席、取っといてよかったよ。なおくんと有里ちゃん、同席いかが?」

「よろしいのですか?」


 依乃は聞くと狸の二人は同時に頷き、澄は後輩に笑う。


「よろしいのさ。誰か来たときの四人席だしね。ねっ、茂吉くん」

「まあね、俺ってば気が利くー☆ なんてね、ハグっ」


 ふざけてみせ、茂吉はてりやきのハンバーガーを食べた。買ったばかりらしく、いくつものバーガーとセットの数々がテーブルに並んでいる。直文は甘く冷たいアイスを買い、依乃に渡した。

 依乃はミックスで、直文はバニラだ。二人は席について座る。茂吉はジュースをストローで飲んでいるが、ストローから口を放して直文に目を向ける。


「さて、直文。俺から一つ報告。祭囃子、聞こえたよ。どこで聞いた?」

「二階の廊下。エスカレーター近くの廊下から」

「俺達はフードコート。音楽の聞こえてきた方向は下からだけど、外から聞こえた様子はないよ。……フードコートから距離離れてるね……」

「…………やはりその囃子は怪談じゃないか」


 話を聞き、直文は複雑そうにバニラをプラスチックのスプーンで崩して食べていく。茂吉は呆れながらポテトを摘む。


「聞こえるにしても範囲が広すぎ。怪談の囃子は、対象じゃなきゃ聞こえない仕様のはず。急に拵えたようにしか思えないよ。そもそも、陰陽術や他の術で怪談の再現は難しい」


 怪談となるには、期間が少しかかると聞いた。

 作られて数週間経っているか、怪談を怪談として成立させるのにどれほどの時間がかかるのか。依乃は自分の先輩に聞く。


「澄先輩は、怪談が生まれる期間は把握しているのですか?」

「実感はしてないけど、資料では把握しているよ。

総括して十年から五年はかかる。儀式系はものによるが、平均して三十年か十年はかかるかな。怪談の認知度によっては早く生まれる場合がある。

でも、はなびは知っているだろう? 創作の怪談が生まれるには条件がある。しかも、個々によって違うと」


 先輩に問われ、頷く。

 彼女は生まれた『さみしんぼの柘植矢さん』の誕生の仕方を偶然にも聞いた。

 奈央が八一に話しかけたときに、怪談の生まれ方として『さみしんぼの柘植矢さん』が出てきた。『さみしんぼの柘植矢さん』は生前に悪評あった老年期に死んだ男の魂が元になるらしい。瘴気を多量に受けて、田んぼに留まり続けるとなるという。

 基本は語られて生まれるが、生まれるにも材料と条件が必要なのだと。

 名前が出てきたときにはビクッとしたが、生まれ方を初めて聞いた。依乃は不安げに直文に聞く。


「……直文さん達は私とは違うので聞こえますが……三階まで祭囃子って響きますか……?」

「普通の祭囃子なら響くだろう。でも、今回の怪談を模した囃子は怪談通りに依乃の周囲に響くようにしならなきゃならない」


 答え、直文はアイスをスプーンですくう。


「いくら普通の人間に聞こえないとはいえ……三階まで響くとは。滅茶苦茶だな。相手側はよほど彼女がほしいのか」


 直文に茂吉は答える。


「ほしいんじゃないかな」


 ぱきっと直文のスプーンが折れた。わかりやすく音がたった為、依乃は二度見をする。澄と茂吉は目を丸くして彼を見ていた。

 直文は三人の目線にはっとして、申し訳無さそうに笑う。


「ご、ごめん。力を入れすぎちゃった。ははっ」


 誤魔化して笑う。先程の般若のごとく怒りの顔は三人の目に焼き付いた故、誤魔化しは無用であった。

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