17 狸のヒーローがいても構わないだろ?

 奈央が逃げ出している間、力を使用していた澄は刀印を組むの辞めた。周囲の眩い光は消えていく。脱力感に襲われ膝を地面に突き、肩を上下させて荒々しく息を吐く。


「っ……はぁ……はぁ……」


 頭を垂れて呼吸をしていると、上から鬼の声が降ってくる。


[力尽きたか?]


 見知らぬ鬼の声に澄は顔をあげた。子供姿のガワが剥がれたようだ。絵に書いたような鬼の姿が現れ、姿は大きい。『影とり鬼』の本性と言えるであろう。澄は苦笑をし、顔を上げて頷いた。


「ああ、うん、無理しすぎたみたいだ」

[逃がすために力を使い切るとは……ああ、いや、なるほど今気付いた。お前半妖か。なら、その疲れようは仕方あるまい]


 普通の半妖は普通に妖怪の力を奮える訳では無い。同時に、妖怪の力を完全に受け継いでいるわけではない。しかし、組織の半妖は別格である。だが、今の澄は体が力に追いついてないのもあり、消耗がはげしいのだ。

 鬼はにやりと笑い、澄に手を伸ばしていく。


[隙を見せたな。半妖]


 鬼の言葉に澄は息を整えながら微笑む。


「考えないんだね。半妖とわかっていながら、こんなに力を使う理由なんて」

[は──]


 意味がわからないと鬼が言葉を出す前に、空から黒い影が鋼色の鈍い光とともに落ちてくる。

 黒い影が落ちる共に、鋼色の一つの線が鬼の巨体を縦に描き硬い音が強くあたりに響く。鋼色の一瞬で消える。鬼は訳がわからないといった顔であった。縦半分に別れ倒れる。鬼を割ったのは、コンクリートに深々と刺さった大きな斧だ。鬼の体は道路に溶けて消える。その斧を軽々と担いで、相手は彼女の元に歩み寄る。


「力の発生源で居場所を判明させようとしたのは褒めるよ」


 足音は力強く声色には怒気が孕んでいた。


「けど、無茶をするなといったよな? 力の出力の調整、まだできてるわけじゃないんだからさ」


 澄は無茶をしたと自覚しており、その人物に顔を上げて謝罪をした。


「茂吉くん。ごめん。心配かけさせちゃった。迷惑もかけたね」


 変化済みの茂吉が彼女の目の前にいる。近くに斧を突き刺し、しゃがんで手を差し伸べる。彼は息をつき、首を横に振る。


「迷惑はかけてない。澄の居場所の詳細がわかったから、これ以上は叱らないよ。……異変にすぐ気付かなかった自分に苛立ってるだけだ」


 悔しげに言う茂吉の手を澄はとる。一緒に立ち上がり、紫陽花の花言葉のように微笑む。


「でも、私なりのSOSに気付いてくれたのは嬉しかったな。応えてくれてありがとう」


 感謝を真っ直ぐ送ると、茂吉は斧の柄を掴む。


「まー、澄に求められるの、弱いからね。俺」


 自分で調子者のように笑う彼は背を向けた。澄は茂吉の耳が赤いことに気づき、微笑みをこぼした。茂吉は荒々しく斧を抜いて担ぐと、厄介そうに鬼の消えた位置を見る。澄も『影とり鬼』の消えた場所を見つめた。

 さあ、『影とり鬼』を倒して終わり、ではない。そもそも怪談の怪異とは、怪談そのものが本体である。また奈央たちを襲った黒い獣たちについてもまだ解決していない。


「さて、澄。問題だ。『影とり鬼』は倒されたかな?」

「まさか、『影とり鬼』の一体が倒されただけ。多分、鬼門と裏鬼門にあるなにかしないないと『影とり鬼』については解決しない。それに、あの黒い獣は『偽神使』だろう。……ただで鬼門に近寄らせてくれるとは思えないな」

「完璧な正答だよ。では、倒すべきか、倒さないべきか?

恐らく、さっきの光で『偽神使』の一部を倒したから多分術に取り込まれてるけど」

「残念ながら倒すべだろうね。茂吉くん。相手は確実に『送祭り』の完成度を上げている。それだけじゃない。もう『儀式』シリーズ自体が……試験段階に入ってきてる可能性もある」


 創作怪談を依乃に使った故に出てきた可能性だ。澄の指摘に茂吉は楽しげに笑っていた。


「ははっ、それは最悪だ!」


 斧を軽く振うとに木の葉が舞い、斧の形を崩していく。彼の手には斧ではなく錫杖が握られていた。茂吉は錫杖の先を鬼のいた場所に向けると、舞っていた木の葉が導かれ道路に張り付く。


「封」


 茂吉は言霊を吐くと、木の葉が一瞬だけ光る。張り付いた場所が盛り上がっていくが盛り上がるだけだ。新たな『影とり鬼』が生まれようとしているのだ。木の葉に宿った封印の力によって抑えられており。出ようにも出れないのだ。

 その様子を見て微笑みながら、数珠を出し片手で合掌を作る。


「さて、寺生まれのTさんの仕事といたしましょう」


 茂吉は笑みを消し、深呼吸をして唇を動かす。


「オン コウシンデイ コウシンデイ マイタリ マイタリ ソワカ」


 流れるように真言を唱え、彼を中心に波紋が広がり始める。


「青面金剛明王よ 我は奉る 我は信を誓う

塞の神、同一視されし猿田彦大神よ

陰は陽に克たず、陽は陰に克たず

比和し、境界を安寧を願いたもう

オン コウシンデイ コウシンデイ マイタリ マイタリ ソワカ

オン コウシンデイ コウシンデイ マイタリ マイタリ ソワカ

境界の安寧を、一時の、鬼の道を封じ願う」


 錫杖を強く叩くと、音ともに大きな波紋が広がっていく。静岡の葵地区全体に広がって行く。木の葉により封じられ、盛り上がっていた『影とり鬼』誕生は防がれたらしく地面にそのまま押し戻されていく。

 強く錫杖を鳴らすと、木の葉が消えた。『影とり鬼』の気配が僅かに少なくなった。息をつく茂吉に、澄は彼が理解し聞く。


「……鬼門と裏鬼門の間にある鬼の道を封じたのかい?」

「一時、ね。倒すことはただのイタチごっこだし、相手側にも有利になり得る。今は封じて対処するしかない。そして、鬼門と裏鬼門にある何かを現世にいる直文たちに任せた方がいい。……それに、俺たちがまずしなきゃいけないのは……」


 茂吉は周囲に目線を移す。澄も察しており、周囲には黒い獣たちが集まってきていた。澄も同じように数珠を出し、印を組む。


「私もTさんになるときかな?」

「相手にお経が聞くかどうかもわからないのに一緒にやるのかい?」

「足止めにはなるよ。それに、おびき寄せる役目もあるんだよね。ここにいる以上は足手まといにはなりたくないよ」


 襲いかかってくる黒い獣たち──『偽神使』たち。そのさなかでも二人は余裕そうであり、茂吉は笑う。


「じゃあ、ついてこれるかな? とーる」

「ついてくるんじゃなくて、ついていくんだよ」

「……無茶はしないように」


 真剣な声に澄は「うん」と返事をし、茂吉が錫杖を鳴らすとともに二人同時に経を唱え始めた。

 襲いかかろうした『偽神使』たちは、地に伏せる。一部の『偽神使』は狙いを外し、勢い仲間の群れに突っ込む。

 重なる二つの声。男性特有の低声と女性特有の高音による経の唱えは早く、噛まず滑舌良く経が響く。

 お経が効いている。普通の神使には経など効かず、妖怪に聞くのは一部のだけとなる。創作の怪談なども効くが、特に『偽神使』は効いており中には獣の姿を保てずに倒れ消えるものもいる。

 経に効き目があること、これは『偽神使』が創作怪談になる前の正体をあらわす。経を途切れることなく、二人は数珠を強く握り経を唱えていく。茂吉は更に錫杖を鳴らし、『偽神使』達をビクッと体を震わせた。それを合図に二人は経を唱えるのをやめる。

 茂吉は澄を片手で抱え、その場から飛んで駿府城の坤櫓の上へと降り立つ。『偽神使』たちは自由になったに気付き、顔を上げて茂吉たちのいる方を見る。その『偽神使』たちを見つめ、茂吉は口を動かす。


「あんごー、聞こえる?」

《ええ、聴覚良好ですよ。伝言ですか?》


 安吾の声が耳元で響き、茂吉は頷く。


「まあね、あんごーの相方とうちのなおくんに駿府の鬼門と裏鬼門の上になにか仕掛けられてないか、調べてくれない? まあ、俺の相方はとっくに動いていると思うけどさ」

《ふふっ、察しよいですね。ええ、動いてますよ》


 肯定する安吾に茂吉は切なげに謝る。


「……安吾。伝言、ありがとう。ごめん」

《気になさらず、僕の意志ですから》


 声が消え、安吾の気配も遠のく。話を聞いていた澄は間をおいてから謝る。


「……ごめん。手間をかけさせたね。茂吉くん」

「気にしない。とりあえず……俺たちは『偽神使』の動きを押さえる仕事をしよう」


 恋人の言葉に頷き、向かってくる『偽神使』たちに向けて澄は数珠を握った。

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