18 鬼門へ降り立つ麒麟

 茂吉の指摘通り。直文は依乃を抱えて、夜空を飛ぶ。身隠しの面をしており、二人はある山の上にいた。その山は谷津山と言われ、その山には愛宕山城。長沼塁、茶臼山砦とも言われている山城があったとされる。

 そこは駿府の鬼門。徳川家康が駿府を鬼門から守るためにおいたとされる愛宕神社。愛宕神社の祭神は火之迦具土神である。

 鬼門除けとして機能しているのか、愛宕神社の周囲に卑しい気配はない。一つならば、何処が悪いのか鬼門と裏鬼門の間にある鬼の道。道の上にある何かを浄化すればいい。彼女を落とさぬよう直文は強く抱えながら鬼の道の上を探している。

 依乃は鬼の道の上を通っているのか、胸やけするような感覚があった。

 すると、直文が止まり、何かを見続ける。胸やけする感覚が強くなり依乃は気付いて、直文の目線の方向に首を向ける。彼女もある学校のグラウンドに目がついた。


「……っ!?」


 グラウンドには一面の呪術らしき法陣が書かれていた。逆五芒星に何やら文字がか書かれている。白と赤の色で書かれている。二人は離れたところに降りる。二人はゆっくりとその法陣に近づく。


「っ……うっ!」


 近づく前に吐き気を催し、依乃は口を押さえる。法陣からは霊障。悪しきものを発しているようで霊媒体質の彼女にきつい。直文はすぐに彼女を抱えて少し離れる。気持ち悪さが少しずつではあるが無くなり、彼女は深呼吸をした。


「……ぅ、すみません。直文さん」

「ううん、俺こそごめん。ここまで酷いとは思わなかった…」


 謝った後、描かれているものを見る。


「けど、あの法陣。俺達のような目が効く人間じゃないと見れない上に、下手に消えないようにしてあるな」

「……学校が格好の儀式になりやすいのはわかるのですが、まさかここの学校が鬼の道の上にあるとは……」

「依乃の言葉もそうなんだけど、ここは人が集う『学校』だからね。いいことばかり起きているわけじゃない。負の思いや呪いの元となる瘴気も溜まる。……ここも他の『学校』のよう同じ事が起きている。それだけだ」

「……それは、そうですね」


 直文の言いたいことはわかる。学校は生徒だけではなく、先生もいる。結局彼等が人である限り、なくなるものも無くならない。

 直文は仮面を少し外し、鼻を見せる。風が吹くと、依乃は鉄の錆びた匂いを感じ周囲を見回す。

 グラウンドのゴールポストやサッカーなどで使う器具ではない。法陣から漂うものであり、直文は唇を動かしていた。


「……土の気配と金の気配……だが使われているのは石灰……水の気と僅かに炎の気を感じさせる。石灰岩による消石灰によるラインパウダー。しかし、問題は金の気配……まさか赤いやつは──まさか、辰砂か!? ……なんで、こんな場所で撒いてるんだ!?」

 直文は血相を変えたように驚き、依乃は目を丸くした。


「しんしゃ? ……えっ? えっ!? 辰砂ってあの硫化鉱物の一つの辰砂ですか……!?」


 依乃は目を丸くして聞き、直文は頷く。

 中国では漢方薬として使われる辰砂。絵の具に使われている材料といえばわかる人もいよう。しかし、この辰砂は水銀を含むゆえに基本は口にしてはいけない。体内に取り入れてはいけないタイプの絵の具に使われている。無論、他のものにも使われている。

 直文は腕を組み、厄介そうに話す。


「……パウダー状……粉末とも言えるね。俺の見立てでは風に舞うことはないだろう。分散させないように石灰石の方にも術を敷いてあるのが救いか。……これがおそらく『影とり鬼』を作り出すの一つだろう」

「……でも、なんで、辰砂と消石灰がこんな場所に……?」


 依乃の疑問に直文は教えた。


「五行思想だ。古い中国の自然哲学の一つ。五つの属性は影響を与えあって、それらの生滅盛衰により天地と万物が変化して循環する。またこれに結合したもの、この法陣は陰陽五行思想をもとにしているんだ」


 教えられた説明に、依乃は彼女なりに考え法陣をおそるおそる見る。


「……この法陣からできている辰砂と消石灰が、鬼門に悪い影響を与えているということですよね?」

「ああ、その通り。五行思想には相生、相剋、比和、相乗、相侮という性質がある」


 直文はそれぞれの性質について依乃に教えた。

 相生とは陽。順送りに相手を生み出して行く。

 相剋とは陰。相手を打ち滅ぼして行く。

 比和は同じ気が重なり、さらに気を増していく。結果が良ければさらに良く、悪ければ悪くなる。

 相乗とは相剋の効果が行き過ぎたもの。

 相侮とは相剋の反対であり、反剋する関係である。

 話を聞き、依乃は興味深そうに話す。


「すごい、科学に通ずるところがあるのですね!」

「まあ、古代の科学という側面もあるだろうね。でも、問題は……この法陣はあえて相生と相剋させ相乗し、比和させている。複数の性質をかけあわせて作られている。……無闇に法陣を壊せないようにしてあるのさ。恐らく、法陣を消そうとすれば、辰砂や消石灰が吹き飛ぶ仕組みだろう」


 消石灰。特に辰砂などは街にばらまかせてはいけない。水銀を含み人体や生物に害があるゆえに、住宅街の中にばら撒くと最悪だ。

 直文は印を組み、何かをつぶやく。これで何とかなるのかと依乃は息をつこうとし、背筋が寒くなる感覚にビクッとする。確実によろしくないものであり、直文は詠唱を止めた。

 鳴き声が聞こえてくる。鳥と犬と猫などのの声が重なっている。闇の奥から黒い鳥と犬、猫が現れてくる。彼が攻撃する前に依乃はすぐに通学バッグから数札を出し、一枚掲げた。


「妖魔退散! 急々如律令!」


 札が強く光りだす。黒い獣たちは光に当てられて消える。依乃は退魔の札を使用し、獣たちのいた場所から魂が現れ天に昇っていく。だが、嫌な気配はまだこちらに向かってくる。間違いなく法陣を消そうとする妨害であろう。

 直文は依乃の行動に叱ろうと声を出す。


「っ! 依乃! 君はなんで」

「なんでじゃないです! 直文さん!」


 声を遮り、依乃は布を上げて真剣な顔を見せる。


「無茶なのは承知です。でも、今は法陣を消すことに集中してください。それは、直文さんしかできません。囃子が途中で聞こえるかもですが……直文さんのお守りを何とか身代わりにします。

あの獣は創作怪談だと思いますが、恐らく私を真っ先に狙うはずです。

囮になって時間を稼ぎます。……早く、法陣を!」


 周囲から嫌な気配が出てくる。四方から数匹ほどの怪異の気配がやってきていた。依乃は彼に背を向けて、結界の札を使用して結界を張る。直文は拳を握り、印を組み、高速で唱え始めた。

 あまりにも早く何を言っているのかは依乃はわからない。やって来る獣に対処するしかない。黒い鳥は依乃の張った結界に弾かれ、犬や猫も弾かれる。

 獣たちの悲痛の声が耳に入り、依乃は罪悪感を抱く。

 法陣を消そうとする直文に向かわず、霊媒体質である依乃へと向かう。餌である彼女を狙いにやってきているのだ。依乃は退魔の札を二枚ほど両手で広げるように掲げる。


「っ……退散! 急々如律令!」


 札が光ると、獣たちの悲鳴が響いて獣たちは消えていく。下唇を噛み、依乃は札を新たに出す。本当は倒さないほうがいいと依乃は理解している。だが、状況がそう許さない。依乃は直文を一瞥すると、彼の髪の色が金色に染まっていた。赤い色の線から辰砂が集まると彼の目の前で集まり、玉の形をなしていく。同じように白色の線から消石灰が集まり、玉の形をなしていく。

 法陣には様々な性質が絡み合っているのであろう。詠唱を唱えて終えてもなお、彼は印を組み続けて辰砂と消石灰を集めている。直文はそれぞれに見合う性質の力を利用し全力で法陣を解こうとしている。

 複数の性質を同時に使うのは簡単ではない。直文だからこそできる芸当でもある。依乃は破れつつある結界を再び札で貼り直す。札で獣たちを倒しては祓って、魂を天に返していく。

 数回繰り返し、硬い音が下から聞こえる。依乃は音がする報告に目を向けると、大きな法陣は消え直文の足元には赤い玉と白い玉が落ちていた。

 終えたのだろう。直文はぱんっと両手を叩く。


「光輝」


 更に、彼は言霊とともに手を叩くと黄金の波紋が広がり、依乃に向かい来る黒い獣たちを消す。

 蛍の光のような存在となって天へと昇っていった。嫌な気配が消える。直文が残りの獣を一層したようだ。感じていた悪寒そのものが消え、依乃は力が抜けて膝を突こうとした。

 直文はすぐに駆け寄り、彼女の抱き寄せる。


「依乃……! 大丈夫か……!?」

「だ、大丈夫です……! ちょっと力が抜けただけで……」


 獣たちの口の中や、鋭い牙と爪。襲いかかる表情。どれもが命の危機を感じるものであったが、何とか対処できた。少しでも囮役ができたのであれば、本望ではあるが直文は嫌そうに話す。


「……無茶をするからだ。……俺が一気に仕留めても良かったんだよ……」

「っでも、……陰陽師もいると思って……」


 前のように陰陽師がおり妨害するかと思っていた。しかし、直文は首を横に振る。


「……陰陽師らしき人の気配はないよ。そして、監視の式神はいない」

「そうなのですか……あれ?」


 彼の話を聞き、依乃は違和感を覚えた。監視の式神がいない。依乃は狙われている自覚はあり、式神は彼女の行動を把握するのに常に飛ばしている。駿府城公園でのときや今まで依乃の近くや範囲には、式神らしき擬態した生き物などもいた。

 今回の件でサンプルにするならば人の目は必要だ。依乃は思わず直文に勢いよく体を向けた。


「待ってください……? 式神がいないって……私達の動向を見張っているのではないのですか……!?」

「いや、動向は見張っているだろう。けど、それはとある術を通して見ているんだ」


 直文は厄介そうに答え、その概要を話す。


「怪談の中核にいるのが弱小の神が力をつければ、ライブカメラのような芸当もできるだろう。ただし、その神に自我があるのかは不明だ」

「……待ってください。やっぱり……もしかして……」


 依乃は驚愕し、直文はいい顔をせずに頷く。

 零落した弱った神を利用している話は聞いた。しかし、ナナシのように表に出てきてはいない。もしそれすらもできる意志すら奪われているならば。

 いくら零落した神であろうと、人であろうと、魂を擦り減らすことは罪だ。

 現在の穏健派は名ばかりであり。真弓のような穏健派はあまりいないことになる。陰陽師側は何を企んているのか。考えるのは今ではない。法陣の元となる玉を二つ回収し、二人は学校の運動場から去っていった。

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